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203 なんなんだ

 魔闘士ギルド本部の演武館と呼称されているその建物は、自身のよく知る道場と似通った雰囲気をハルコが感じ取った通り、まさに武芸者たちが日々技を磨き体を鍛え心を打つための場所。その空間に満ちるものはまさしくハルコが知るそれに同じ。だから自ずと、彼女のスイッチも入っていた。


「…………」


 促されるままに上がった舞台の上でハルコは足元の感触を確かめる。せり上がっているそこは盛り土によって作られたものだった。よく固められているが元が土だけに石床のような硬さはなく、また滑りにくい。裸足との相性が良くこれなら存分に動けそうだった。


 演武館の中央にて一人と一人が対峙する。そして先ほど互いに共有されたこの試合のルールが今一度、本部長補佐であるトライズによって復唱と確認がなされる。


「あくまで試合であり模擬戦です。格付けでもなければ殺し合いでもない。その点を重要とし、どちらかが大きな怪我を負った時点で勝負は中断。即刻に治療を施します。双方それでよろしいですね?」


「うん」

「異存なし」


 猫の獣人らしい顔付きに真剣な色を浮かべているトライズは両者の返事に大きく頷きを返して。


「また、術や異能の類いは禁止とします。肉体に備わった技と力、そして魔力強化のみで戦うこと。この禁が破られた場合も勝負を中断させます」


 今でこそ冷静な二人も、戦いが始まればどうなるかわからない。安全を第一とする「やりすぎない」ためのルールだが、熱くなればそんなものは頭から容易く消え去ってしまうだろう。特にシュリトウはその懸念が強い。なので禁止事項への抵触によって試合が終わるのは充分に起こり得ることだとトライズは認識していた。


 双方がこれにも共に受諾を示し、トライズは最後の確認を行う。


「怪我の大小、そして肉体技能の範疇かの判断については審判を務める私を始め、この場の全員で行います。誰か一人でも『やめさせるべきだ』と判断した場合においてもそれに従ってもらいますので、悪しからず」


 事前に決めた一連のルールに、ハルコもシュリトウも再びの了解を態度で表す。二人はトライズを見ておらず、他の何も一顧だにしていない。互いが互いだけを静かに見合っている。少しずつ張り詰めていく空気、高まっていく両者間の緊張感に思わずトライズは唾を飲み込んだ。


「……中断がなければ勝負の決着はどちらかの『参った』のみ。降参宣言によってなされるものとします。それでは──はじめ!」


 舞台上の雰囲気に押されるように戦いの幕を開けたトライズ。その号令に従ってシュリトウは、そしてハルコも動いていた。舞台の端から中心へ。およそ七メートル半ほどの距離が瞬く間にゼロとなり──。


 拳閃の瞬き。接近の勢いを殺さず放った互いの拳がぶつかり合った、かと思えば一瞬で手形を変えたシュリトウの手がハルコの腕を絡め取り、内へ。肘打を胸骨の位置へと叩き込んだ。


「ウッ、ぐ」

「……!」


 共に表情が変わる。片や顔をしかめて苦しげに、片や瞠目して驚きを露わに。

 しかし開かれた目もすぐに細まって、シュリトウの頭部が沈む。その真上を縦拳が貫いていった。


 カウンター気味に入った胸への強打に止まらず、即座の反撃とは。シュリトウは少女の勇者らしいタフさに得も言われぬ悦びを感じながら低い姿勢のまま体軸を回し足払いを仕掛ける。打ち込んだ姿勢の終わりに重心を戻すその一瞬を狙い撃たれたハルコは面白いように足を狩られて引っ繰り返った──が、地から離れた両足の内、右側が弾けるように動いてまるで吸着するように接地。その不自然な挙動に思わず追撃の手を止めたところに浮いたままの左足による前蹴りが顔の高さに飛んできた。


 迂闊に攻撃を続けようとしていればなす術もなく食らっていただろうが、咄嗟に取り止めたのが良かった。組んだ腕で前蹴り(というよりも術理もクソもない所謂ヤクザキックだが)を受けたシュリトウは生じた衝撃を殺すようにごろりと背中から一回転。そして淀みなく立ち上がってみせた。


 その時にはもうハルコも体勢を正し、両の足で舞台を踏み締めて構えていた。その姿に今一度シュリトウの目が細まる。よく視る。


 今の攻防は相当に奇妙だった。打ち込んだ肘に返ってきた感触もそうだが、あれだけ見事にすっ転びかけておいてこちらの追撃を許さずに立て直すとは、尋常ではない。その立役者となったのは言うまでもなく右足。まるで足そのものに自我がある別の生き物かのように地面を掴み直したアレがなければ、致命とは言わずともハルコは痛手を負うことになっていたはずだ。


(辛うじて足がついている、というだけの姿勢から出た蹴りが思いの外に強力だったのも気にはなるが……やはり奇妙の肝は肉体そのものにあるらしい)


 蹴りの出来は鍛錬の賜物だろう。また半ば押し蹴りの形になっていたことも力が入っていた理由のひとつ。それよりも着目すべきは少女に蹴撃を出させた原因のほうであるのは間違いない。


 ──何かが違う。伝説の勇者と言えど一応は人間種であるはずだが、どうもこの少女を前にしていると人間と戦っているような気がしない。


 シュリトウの武にのみ特化した観察眼と洞察力も依然として、いや、先ほどよりも克明に少女から異常を見出していた。


「君は……なんなんだ?」


 応じるように構えを取り直しながら、訊ねる。そのあまりに曖昧な質問に少女は少しだけきょとんとしてから、しかし明るく答えた。


「どーも、勇者のハルコです。以後お見知りおきを」


 ハルコ。名は知っている。勇者一行全員分。写真機によって撮られた関係各所にのみ出回っている顔写真とセットでとうに覚えている。だから彼女たちの自己紹介も必要なかった。聞きたいのはそういうことじゃない。……だが、その返答でハルコが何を言いたいのかはよくわかった。


「勝負の最中につまらないことを訊ねてしまった。どうか忘れてほしい」

「もう覚えてないや」


 ふ、とシュリトウは小さく笑い、すぐにそれを消す。無となった彼から何かを予見したのか、ハルコはダッキング。攻撃が見えない内から行なったそれは功を奏し、疾風のような勢いで突き抜けた拳をなんとか躱すことができた。視線の交錯。弾かれたように互いが動き、フック状に打たれたハルコのボディブローが折り畳まれた肘の外側でブロックされる。


 ミシリと受けた肘が鳴る。打ち方と魔力の乗りから推察される威力を大幅に超えた打撃力。それにシュリトウは反応ひとつも見せずに膝をかち上げる。顎を狙ったそれはしかし、至近距離が故に体重の移りで察するのが容易だったのだろう。先のダッキングよりも随分と余裕を持ってハルコは上体を逃がして回避した。少しの距離が開く。それを二人は共に踏み込みで潰した。


「しっ──」


 どちらともなく漏れる鋭い呼気。歯の隙間から奏でられたそれが宙に消えていくよりも先に三合の打ち合いが果たされた。攻撃と防御を兼任する打撃の応酬。ハルコの拳打は蹴りに比べれば拙かったが、素人のそれではない。決して短くない時間を捧げた者の拳だった。その彼女が全力全開で行う打ち込みをシュリトウは悠々と上回る。


 ハルコの打力は重い。その一点のみがシュリトウの目がもたらす精度の高い予測を覆しており、それによって辛うじて打ち合いが成立してはいるものの、本当に辛うじてだ。一打も貰わずに全てを捌きながら押し込んでいくシュリトウに対してハルコはじりじりと下がりながらなんとか食らいついているだけ。技量の差は歴然としていた。


 パン、と渇いた軽い音が響く。攻防の隙間を華麗に潜り抜けたシュリトウの一打が、ハルコの鼻っ柱を弾いた音だった。


 血の雫が舞台上に舞う。



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