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201 彼の憧れは長い

 表現というか視点というか、そこはちょっと違うけれども、カザリちゃんの意見は私が唱えた人類側の不和の発生に対する不安。それと懸念を同じくするものだと思う。なので、血も涙もない(と言ってはあれだけど)彼女の「断固拒否」姿勢には賛同できる。


 一方で純粋な優しさ、シュリトウさんへの思いやりによってそのお願いを「聞き入れたい」姿勢を取るナゴミちゃんの意見も、わかるっちゃわかる。シュリトウさんが本気で勇者との戦いを渇望していることは重々に伝わってきたし、何よりも、それを叶えるために私たちを脅迫しようとはしなかったこと。やろうと思えばできる立場にいるのに、どうしても私たちがイヤだと言えば引くつもりでいるという点も大きい。


 言っていること、頼んでいる内容は確かに滅茶苦茶で、呆れるほかにないけれども。シュリトウさんは最後の一線は守った。私が「どうしようもない人」だと見下して見限るところまでは行き着かなかった──一欠片くらいの大きさとはいえちゃんと残されているその良識に対して、こちらも報いたい気持ちだって確かにある。……かと言って私はナゴミちゃんほど他人に優しくはないからして、全面的に彼の言うがままというのもちょっとなぁとは忌避感があるんだけど。


「ざっとでいいから多数決取りたいな。カザリちゃんは拒否派、ナゴミちゃんは承諾派として、他は?」

 と私が水を向ければ。


「コマレは、言ったように拒否派ですかね……ナゴミさんの仰りたいこともわかりますが、やはりリスクのほうが大きいと思うので」

「わ、わたしは……シュリトウさんと戦ってあげたいと思う人がいるなら、いいと思います。なので、しょ、承認派……です」

「あ、自分もっすか!? えーと、それじゃ拒否派に一票入れさせてもらうっす。自分はやっぱり皆さんを無事に王都へ送ることが第一っすから」


 無用なリスクを背負わせたくない、ということだろう。まーね。シズキちゃんもそれを恐れているみたいけど、確かに模擬戦ったってまったくもって安全ってわけじゃあないからね。事故・・の危険性はどうしたって付きまとう。それはシュリトウさんが模擬戦の形式をどういったものにしたって変わらないリスクだ。負う必要もないそれをわざわざ、たった一人のために負ってどうするのか。そう思う気持ちだって理解できる。


「それで、ハルコさんはどうなんです? まだ自分の意見を述べていませんが」

「私は……ま、どっちかってーと承認派ってことになるのかな」


 そうなんですか、と少しだけ意外そうにしたコマレちゃんは一同を見回して言った。


「困りましたね。拒否派と承認派で三対三。意見が完全に二分されてしまっています。これでは多数決で決められませんよ」


 うーむ、と場が唸る。全員が言いたいことを言い終わっているためにこれ以上議論が発展する余地もない。両派閥共に相手の意見を聞いたからといって自分の意見を変えようという人物はいないようだし、このままだと一生ここで輪を作ったまま唸り続けるしかなくなってしまう。


 それはご免なので、また小さく挙手。


「どうしたの、ハルコ」

「いやさ。シュリトウさんもトーリスさんとかルールスさんに並ぶこの時代の代表者の一人。すごい人なわけじゃん? そんな人の夢をすげなく潰しちゃうのもそれはそれで、小さくはない不和リスクなんじゃないかって」


「では、その不和リスクを回避するために可能性としてはより大きな部類に入る怪我リスクを取るというのですか? それでは結局、カザリさんの述べていたもうひとつの甘さリスクも負うことになってあまり褒められたものではないとコマレは思いますが……」

「怪我のほうはまあ、るってんならもうどうしようもないね。飲み込むしかないけど。でも勇者が一人の我儘のためになんでもするのは良くない、っていうほうのリスクに関しては避けられるでしょ」


「それは、どうやって?」

「こっちからも条件を突き付けてやればいい。それをシュリトウさんが飲むなら、何もかも言いなりってわけじゃなくなる。対等なやり取りになるでしょ?」


 一人一人と視線を合わせながらそう言えば、皆は驚いたり悩んだりと様々な反応を返してくれて、最後に目を合わせたカザリちゃんは鋭い眼差しで訊いてきた。


「その通り、と頷けるかはこちらが出す条件次第。あなたは彼に何を要求するつもり?」

「私の実験に付き合ってくれないかな、って」



◇◇◇



 シュリトウは黙したままに。腕を組んで仁王立つ姿勢のままに不動で待ち続ける。勇者一行が出す結論、その着地がどうなるか、ただじっと待ち焦がれる。


 輪になってひそひそと話し続ける彼女たちの議論はどうやら喧々諤々の様相を呈しているようだったが、それを盗み聞くのもどうかとシュリトウはあえて漏れ聞こえる会話の詳細を聞き取ってしまわぬよう、努めて耳を閉ざしていた。


 そうする理由の全てが誠実さによるものだと言えば誇張になるだろう。自由が服を着て歩いているような人物、とは部下であるトライズの評であり、シュリトウ自身も己が身勝手な人間であるという自覚を──あえて言うならそれは自負でもあった──疑いようもなく持っていたが、豪放磊落を地で行くような彼であっても弱気センチになる場面がないわけではない。


 彼の憧れは長い。幼い頃、それこそ物心がついた時点で彼の頭と心の中を占めていたのはその憧れだった。訳もなく無性に強さというものに惹かれていた。強さにも様々な種類があるが彼にとってのそれは戦闘力。個人が推し量れる絶対であるところの一騎の戦力としての強度にこそシュリトウは魅了されていた──本当にこれといった切っ掛けも出来事もなく、気付けばそればかりを追い求めるようになっていた。


 だから必然だったのだ。個の強さで頂きと称される存在。空の王者であるドラゴンや陸の覇者である巨人タイタン、あるいは海中の竜とも呼ばれる巨大魚レインクロインや水蛇ヒュドラなど、魔物の中でも特級(手出し無用)の危険度が設定されている種族はまさしく、個として最強の座を争うに相応しい怪物たちだ。しかし、それらにも勝るとされているのが──即ち真実たる世界最強が、魔王。復活し、己が力の全てを取り戻した魔王はドラゴンだろうがタイタンだろうが海洋の巨大生物だろうが薙ぎ払う。それだけの絶対的な力を持つとされており。


 そんな魔王にも勝るのが。幾度となく復活を繰り返す魔王をその度に討ち果たしているのが、勇者。幼少よりシュリトウが焦がれて止まない伝説であった。


 無論、彼とてわかっている。魔王がドラゴンやタイタンを鎧袖一触に捻じ伏せるシーンなど誰もその目にしたことはないと。分別のついていなかった子ども時代ならばともかく、これはただ魔王の恐ろしさを伝聞するための大仰な例え話に過ぎないのだと、きちんと理解できている。


 いくら魔族が人類にとっての脅威であり天敵だと言っても、いかにその頭目たる魔王が強大な力を有していると言っても──だからとて危険度の上限に位置する魔物を雑魚扱いできるほど隔絶した強者ではないだろう。翻ってその魔王に「勝利する者」である勇者とてまた、ドラゴンやタイタンを超越する強者というわけではない。そんなことは、わかっている。わかっているのだ。


 故に理屈ではない。現実と物語の区別もつかない頃から温められ育てられ積もり積もった憧れはもはや、そんなものでは抑えが利かなくなっていた。


 勇者こそが最強。その最強に、挑みたい。あわよくば勝ちたい。勝てずとも認められたい──原初に抱いた願いはもはやシュリトウという一個人の土台となって切っても切り離せないものとなっていた。


 彼が魔闘士ギルドに所属し、やがて本部長にまで至ったのは、偏にこの願い。燃え盛る熱に突き動かされた結果なのだから。



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