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200 希望も絶望もすぐそこに

 ──とは、言ってもだ。

 無茶苦茶なことをやられて素直に受け入れるのも馬鹿らしい。特にこの人は無茶苦茶だと自覚した上で何ひとつ悪びれていないのだからとんでもなくタチが悪い。それで何故こちらが一方的に泣きを見なければいけないのか、という話だ。


 アンチエイジングの秘訣について本当に知っているのならその情報代として戦ってもいい、というのは嘘偽りない私の本心ではあるけれど。しかしそういう打算なんて取っ払ってでもここはちゃんと確かめておくべきだろうな。


 魔闘士ギルドの本部長、シュリトウの人間性ってものを。


「返答の前にこっちからも質問、いいですか」


 軽く手を挙げてそう言えば、私たち全員を隈なく眺めていたシュリトウさんの視線が私だけに注がれた。


「何かな? 模擬戦の形式について? それとも勝敗の条件について?」

「えぇ……いや、そーいうんじゃなくって」


 こっちがノリノリでそんなことを訊ねると本気で思っているのならこの人、ちょっとどころじゃなく相当おかしいぞ……と思ったけど、シュリトウさんがおかしな人(これでもだいぶマイルドな表現だ)であるというのはもうとっくに充分な裏の取れている既知の事実でしかなかった。


 気を取り直して私は続ける。


「断らないでくれとシュリトウさんは言いますけど、私たちは儀巡を完遂させるためにここにいるんです。そしてそのためにはシュリトウさんへの挨拶が行われたということを、他ならぬシュリトウさんに認めてもらわなくちゃいけない……この時点で私たちに拒否権なんてないようなものじゃないですか」


 昨晩からそれを問題としているように、全てはシュリトウの胸先三寸。私たちがお断りを申し出ることで彼が拗ねて顔合わせの儀式(?)を認知してくれなければ、事は前に進まない。いつまでも儀巡は終わらないのだ。


 これではいけない。儀巡なんていう効果の程も実証されていないわけわからん伝統なんざどうでもいいぜ、と言い切れるような不良勇者ならばともかくとして、私たちは至極真面目で清く正しい誰憚ることもない正道を行く勇者であるからして。ルーキン王やバロッサさんを始め連合国の皆が大切にしている、儀の巡礼という魔王期を乗り越えるための儀式を蔑ろになんてできやしない。


 その清廉さに付け込んで駄々をこねると言うのであればシュリトウさんは──いくら勇者と拳を交えることが彼の人生の悲願だったとしても──はっきり言ってひとつの組織の長として失格。どころか、人間としてもどうかと思うレベルだ。それくらいに私は見下すし、その場合は出るとこに出ようとも思う。   

 どこに打って出るかについてはまだ考えていないけれど、これは単にシュリトウさんに腹が立っているってだけじゃない。儀巡を済ませるためだからとこんな横暴をなあなあにしてしまうようでは、回り回って連合国のためにならない。いつか結束に不和を生むのではないか、と予感するから。国の、そして四人種の一致団結こそが武器である人類側にとってそれは致命傷になりかねない……そういう嫌な臭いを振り払っておくためにも、私たちも頑とした姿勢を見せるべきだろう。


「模擬戦の申し出を受けないなら、儀巡を終わらせない。そう言うつもりなんですよね」

「いいや。そんな真似はしない」

「!」


 試す思いで訊ねてみれば、シュリトウさんは思いの外にあっさりと否定した。それはさっきまでの異常な熱量も鳴りを潜めた、とても静かな言葉だった。


「試合うことができないのは惜しい。耐え難いほどに惜しいが、俺の立場を盾に君たちを脅すような卑怯な行いはできないな。かの勇者にそんな無礼は働けない。それにこれでも俺は多くの者の上に立っているんだ。ギルドの仲間たちに恥じるような姿は見せられんよ」


 少年らしいあどけない顔立ちに重々しい苦渋を浮かべてシュリトウさんはため息を吐く。耐え難いほどに惜しい、というのは本音のようだ。だけど、その耐え難きに耐えてでも我慢するつもりがあるっていうのも、この様子からして間違いないだろう。私たちがどうしてもイヤだと断固拒否をすれば、この人は夢にまで見た勇者とのバトルを諦めるのだ。


「拒否権がないなどとんでもない。決定権を持つのは君たちだ、勇者様。俺はそれに従うことしかできない。希望も絶望もすぐそこにある。無罪放免か死刑かの岐路に迫られる罪人のような心地だ」


 自らを称して罪人などと例えにするからには、やはり彼の中でも勇者と戦おうとするのがどれだけの無茶かは理解できているに違いない。それでもどうしても戦いたい、と。ふんふむ。


「……どうしましょうか」


 シュリトウさんは腕を組んで黙った。私たちから下される沙汰を待つモードに入っている。コマレちゃんは困っているのを隠さずに続けた。


「一応、本部長としての責務を果たす気ではいるようです。ここはきっぱりお断りするのもアリではありますよね」

「えー、断っちゃうのぉ? シュリトウさんの夢を叶えてあげてもいいんじゃないかな~……だってウチらが断ると、もう二度と夢を叶えるチャンスなんてないよね?」


 そうなるだろうなぁ。勇者は魔王期に合わせて来訪する。不規則に前後するが魔王期はおおよそ百年から二百年周期。今回なんかはかなり早く始まっているみたいだけど、基本的に勇者がこの世界へやってくるのは平均換算、百五十年に一度だ。長命なエルフでもない限り──それこそ魔王期を三度も体験しているルールスさんみたいなね──勇者と対面するなんて普通は一生に一度経験するかどうかっていうレベルの出来事だ。


 シュリトウさんも異常な若さだけど、仮にこれが何かしら仕組みのあるガチのアンチエイジング法に基づく成果だったとしても、次に勇者と巡り合えるのはどんなに早くても百年後となれば、さすがに実現の目は小さいと言わざるを得ない。ほぼないと言い切ってもいいくらいだろう。


 ましてや彼は会いたいんじゃなく「戦いたい」のだ。そのためには本人も言ったように現役の間に、自身が衰えて実力を落としてしまう前でないといけないわけで……仮に百年後にシュリトウさんが存命だったとしても、そのときにはよぼよぼのおじいちゃんになっている。とてもじゃないが勇者と模擬戦なんてできっこない。何かしらで勝負するにしてもとかが限度になるだろう。そして当然、それじゃ彼の悲願が達成されたことにはならない。


 要するに、ここで私たちがNOを返すのは即ち、シュリトウさんの夢を永遠に叶わなくさせることに等しいのだ。優しいナゴミちゃんはそれを気の毒に思っている。が、それとは運泥の厳しさを持つカザリちゃんの意見はまったく違っていて。


「私たちが配慮しなければいけない理由はない。彼の提案に応じると不利益しか生じないのだから、断るべき。違う?」

「ん~……違わないけどぉ。でも、あんなに必死にお願いしてるから~」

「熱意だけで思い通りになるほど世の中は甘くないでしょう。魔族との戦争の最中にあるこの世界の情勢を踏まえれば、余計に。つけあがらせてはいけない。それに、勇者が頼めばなんでもしてくれるなんて思わせたくもない」


 カザリちゃんの意見も、よくわかる。これまでに出会ってきた誰もが、私たちを勇者と知りながらもその力や名声を私利私欲のために利用しようとなんて一切してこなかった。その前提があるだけに、連合国の全員が暗黙の内に守っているであろうそのルールというか心構えを初めて破ろうとしている、モロに私欲のために勇者を利用しようとしているシュリトウさんはなおさら異質に感じるし、ほいほいとその言うことを聞いてしまっていいものかと悩ましい。


 さて、そろそろ結論を出さないとだが……。



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