20 王都へ
「海を挟んだ向こうの第四大陸、俗に魔境と呼ばれる不毛の地に魔族はいる。あのザリークって奴を見りゃわかるだろうが、連中に人間らしい感性はない。仲間意識も薄く、極端な個人主義者の集まりと思えばいい。種族としてまとまってこそいても結託はしていない。もしも連中に徒党を組む『弱さ』があればあたしら人間はとっくに滅んでいただろうね」
魔族が人間に比べて圧倒的に強くて、自信満々なおかげで、人間は代々の戦いに勝ってきたのだとバロッサさんは言う。
弱いから生き延びてきたと聞くとなんだか不思議にも思えるけど、コマレちゃんなんかはこれも一種の適者生存だとかなんとか難しいことを言って納得していた。
けどバロッサさんの本題はここからで。
「魔境に通じる海に接した沿岸部には砦が建てられていて常に見張りもいる。が、何も馬鹿正直に真正面から海を渡ってくるだけがこの第三大陸に乗り込む手段じゃない。砦も大規模な侵攻がもしも起きた場合の備えみたいなもので、個人単位での魔族の侵入を阻むためのものじゃないのさ。そっちは端から止めようがないから諦めていると言ってもいい。だから、魔王期に入って活発化した魔族がふらりと入り込んでくることは珍しい事例ってわけでもない……が、今回の件はちと訳が違う」
「? 何が違うのかよくわかんねっす」
「教えたはずだよ、魔族には人間らしからぬ特徴がある。森人に細い体躯と長い耳、堀人に短い手足と長い髭。大まかな形こそ似通っていても種族特有のそれと一目でわかる特徴があるように、魔族にだってどこかしら人間にはない特徴的な部分ってもんが必ずある。ありがちなのが漆黒の角や尻尾、それに爪や牙といった武器にもなり得る部位が存在していたり異様に発達している例かね」
ああ、そうだったそうだった。確かに前にそう教えてもらったんだった。
ってことは……むむ、どういうことだ? 話が繋がってこないんだけど。
「魔族は一目で判別できる。侵入こそ止めようがなくても、人の目につくところに現れたらすぐにその存在が明るみになる」
「そういうこった。そして連中はプライド故か姿を偽るってことを絶対にしない。だから本来ならあり得ないんだよ。ザリークが誰にも見つからずこの第三大陸の中央にまでやってきた、あまつさえ勇者の居場所にまで辿りついたってのはね」
「なるほど? 確かにザリークには人間ぽくない部分なんてどこにもなかった……え、じゃあアレって魔族を名乗ってるだけの人間なんすか?」
「いや、あの魔力量に特異な術。それに物言いからしてもアレを頭のおかしな子どもで片付けるには無理があるってもんだ。おそらく、ズボンの中にでも尻尾を隠していたんだろうとは思うが……魔族の性質からするとそれも充分におかしなことなのが引っ掛かると言えば引っ掛かる」
そこでバロッサさんは考え込むように目線を下にやったが、すぐに気を取り直したようで。
「ま、なんにせよ奴がレイクにかけた術が時間の経過で解ける類いのものでよかったよ。質が悪いモノの中には術者当人に解術させなけりゃならんのもあるからね」
「レイクさんの様子がおかしくなっていたのも、やはりザリークによるものなんでしょうか?」
「奴は単独だろうし、十中八九そうと見ていい。精神に作用する系統の術は属性と同じく適性に大きく依存するものなんだが、ザリークはその使い手だってことだ。効果時間こそ限られているとはいえ解けるまでは知人の呼びかけにも一切反応を示さない深度を持つ術。言わずもがな厄介だよ、次に出くわした時は気を付けることだ」
私たちは慎重に頷いた。
バロッサさんの言わんとしていることはわかる。もしもザリークによって私たちの内の誰か一人でも操られて、手駒にされてしまったら、相当にマズいことになる。
私たちはそれを解く術を持たない。そうなると操られた子を倒さないといけなくなって、こちら側の戦力は減でザリーク側の戦力は増。それも迂闊に傷付けるわけにはいかないというめちゃくちゃ不利な条件で戦わなくてはいけなくなる。
普通にヤバすぎるって、そんな状況。
「あ、でもザリークの野郎は私のことを特別だと思い込んでるはずだから、まず誰を操るかってなると真っ先に私を選ぶ可能性が大じゃない? それなら戦力的に大した問題にならないからなんとかなりそう」
「明るい顔で言うことじゃないと思いますよそれ……」
「にゃは。ハルっちらしいけどね~」
「まず操られない努力をしろと言ってんだよ、あたしは」
次々に言われて返す言葉がなかったので、とりあえずお茶目に舌を出しててへぺろしてみたんだけど、それには誰からも反応が返ってこなかった。
バロッサさんがしれっと話を続ける。
「とにかく、事情が変わっちまった。魔族に居場所を知られたとあっちゃ呑気に修行を続けるわけにもいかないからね。予定を早めてあんたらを『王都』へ連れていくことにした」
そう、ザリークの襲撃があったのが昨日のこと。あれからログハウスを簡単に(ひとまず穴を塞ぐだけ、という意味で)直したバロッサさんは、意識を取り戻したレイクさんに何か言伝を頼んで近くにあるという人里へと帰らせた。
つまり、その人里っていうのが王都……王様のいる街? ってことか。出発前に「のんびり歩いてもそう時間はかからずつく」と言っていたし。
「……? この道って」
二手に分かれる岐路を前にしてコマレちゃんが首を傾げた。
何を不思議そうにしているのか最初はわからなかったけど、あの日のこと……バロッサさんのログハウスに辿り着くまでの道のりのことを思い出して、私もその違和感に気付くことができた。
それは皆も同じだったみたいで。
「こんな分かれ道は、なかったはず」
「あ〜、やっぱりぃ? そうだよね、池からバロッサさんのおうちまで一本道だったもんね~」
「そうそう、だから私たちも迷わずに済んだわけで」
見ればシズキちゃんもこくこくと首を縦に動かしている。全員が全員、記憶を一致させている。あるいはこの分岐のことを覚えていないとなればこれはもう偶然じゃない。
五人ともたまたまもうひとつの道に気付かずにいたなんて、それも「お告げ」で私たちの面倒を見るべく待っていたバロッサさんのいる正解を選べたなんて、こんなの出来すぎだ。
「あんたらが通る時だけ一本道になっていた、か。そりゃあ女神様の御加護に違いない。お告げだけでなくそういう形での導きもあるのか……感謝を忘れないようにするんだよ」
感謝だぁ? あのインチキ女神に? むしろこっちが感謝されたいくらいなんだけど。なんて言ったらバロッサさん怒るかな。怒るだろうな。普通に女神のこと信仰してるっぽいし。
あれのどこに信仰できる要素があるんだ? なんて、攫われた挙句に過酷な役目を背負わされた身の私からすると意味不明なんだけど、この世界の人たちにとっては勇者を送って何度も世界を守った救世主。まさに女神。そりゃ絶大な指示も得ますわな。そこが余計に腹立つ。
そんな偉くて徳のある神さまなら勇者の扱いは一律にしろってんだい。ぷんすかぷん。
「ほら、見えたよ。あれが王都だ」
「お~」
森を抜けて一気に見晴らしがよくなったそこからは大きな街が眼下に一望できた。なるほど王都。高くて立派な塀に囲まれたそれは、その名に恥じない迫力がある。中心ら辺にあるでっかい建物が王城かしら。なんだかヨーロッパあたりの景観って感じ。
それにしても──。
「王都で何するんです? ショッピング?」
それとも、これは考えたくないことだが……ログハウスの庭よりも充実した設備での、更なる厳しい修行の開始とか?
恐る恐る訊ねた私に、バロッサさんはこともなげに言った。
「あんたらをこの国の王に会わせる」




