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2 どっせい!

「どっせい!」


 妹仕込みの渾身の蹴りが炸裂した。はずだったんだけど、手応えならぬ足応えがない。


 あれ? と思えばそこにいたはずの女神を名乗る不審者の姿がなかった。はっ? どこ行った? てか今のを避けるのは無理でしょ! 命中の直前まですまし顔で余裕ぶっこいてたんだよあの不審者。


「まあ。女神を足蹴にしようとは」


「!!」


 背後から聞こえた声に私は飛び退いて反転。まさかと思えばそのまさか、自称女神がそこにはいた。変わらないすまし顔で私のことを見ている。


 こ、こいつ……避けたばかりか後ろに回りこんでいただって? あの一瞬で、私の目にまったく映らずに? やっぱどう考えても無理。おかしいよこの人。


 見れば他の四人も唖然としている。寝てた子もいつの間にか起きてたのね。

 だったらぼーっとしてないで加勢くらいしてほしいものだけど、固まってしまうのも無理はない。こんなマジックみたいに出たり消えたりする怪しい女を目の前にしたら誰だってそうなる。


 かくいう私も正直、恐怖ってものに飲まれかけだ。呼吸が荒くなってきているし手が震え出している。これは良くないぞ。


「んん……!」


 ぐうっと全身に力を込めて、そして脱力。強制的に体をリラックスさせる。そうすると脳まで騙されて「今は焦ったり怖がったりするような場面じゃない」と思い込む、とかなんとか。これも妹からの聞きかじりでしかないけど、さっすが私の自慢のシスター。効果はてきめん。


 息が整ったし、動かなくなりかけていた手足も問題なく動かせそうだ。


 ならもう一丁!


「どっせ──」

「おいたが過ぎますよ」


 手を翳した。女がやったのはそれだけ。それだけで、私は止められた。駆け出そうとする意思に反して体は硬直し、まるで銅像にでもなったみたいに指先ひとつ動かない。


 な、なんじゃこら。金縛り? 超能力? こんなことまでやれちゃうの? 

 これじゃいくらなんでも勝ち目がないじゃん。


「どうぞ落ち着いてください。今から事情をお話します。なぜ、あなた方がここへ呼ばれたのか。そして何をするべきなのか、その全てを」


 さあ四人ともこちらへ、と促す自称女神に従ってツインテちゃんを始めとする他の女子たちも私の傍へとやってきた。律義に皆が一列に並ぼうとしている間、その端っこで私は口さえ開くこともできずに同じポーズのまま。


 あのー、一歩踏み出そうとしている姿勢のまま固まってるの恥ずかしいんすけど。そろそろ解除してくれないっすかね女神さま。もう蹴ったりしませんから。この通り!


 と、目だけで真摯に訴えてみたけど女神さまはニコリと笑って。


「ダメです。私に嘘は通じませんよ?」


 すげなく却下された。ちっ、金縛りが解けた瞬間に今度はドロップキックをお見舞いしてやろうと計画していたのに、バレたか。なかなか勘の鋭いやつめ。


 どうしようもなさそうなので大人しく展開を待つことにする。話の最中に見えない拘束(?)が緩むようならその時改めて奇襲をかけよう。とにかく、女神の言う事情とやらがどんなものかをまず知っておくかな。


 整列が終わり、聞く態勢ができたことに女神は満足そうに頷いた。いや、私の体勢はとんでもないことになってるけどね。気が散るのか長髪のちっちゃい子やぱっつんちゃんはチラチラと横目で私のことを見てくる。文句ならそこの女神さんに言ってね。


 ちなみにツインテちゃんはやっぱり一番冷静で女神にだけ視線を注いでいて、まだ寝ぼけ眼っぽい短髪ちゃんは今頃になって真っ白空間を興味深そうに見渡している。やー、あんたら大物になるわ。


「あなた方は選ばれたのです。ひとつの世界の危機を救う勇者、その誉れ高い称号を頂く者として」


 んで、これですよ。勇者ときた。世界の危機ときた。私たち五人がそうだっての? どこをどう見ればそうなるのよ。


「困惑も当然。あなた方は高い素質を持つからこそ選ばれましたが、それが才能として花開くのはこれから。わたくしの手によって今この場で勇者となるのです。無論、真の完成に至るには才能を十全に操れるようになり、戦う者としての心構えが出来上がらねばなりません。そうして救世の希望となってもらいます」


 すっと手が挙がった。前髪ぱっつんちゃんだ。女神から向けられた目に「質問、よろしいでしょうか」と震えた声で彼女は訊ねる。発言にいちいち許可を求めるとは。さてはこの子育ちがいいな?


「いいですよ。疑問があるならなんなりと」

「その……いくつかお聞きしたいんですが。まずひとつ、拒否権はありますか」

「ありません」

「…………」

「というより、ここにいる時点であなたは、横のお三方も、既に『受諾している』のです。自ら乗り掛かった舟。もはや航路の最中、どうして降りることができましょうか」


 受諾、と擦れた声で繰り返したぱっつんちゃんに女神は微笑みかけながら「心当たりがないとは言いませんね」と追い打ちのように告げた。かーっ、性格の悪さがひしひしと伝ってきますな。言葉遣いだけは丁寧だけど、それも慇懃無礼って感じしかしない。やっぱろくでもない女で確定だねこの人。


 つーか受諾しただのなんだの、私は心当たりとかまったくないんだけど。皆は何か思い当たるような顔をしてるけどさ……聞き間違いでなければこの女神、「お三方も」って言ったよね。ぱっつんちゃん以外の三人もってことでしょそれ。


 ぱっつんちゃんを除けば、この場にいるうら若き乙女は四人。

 どうも一人仲間外れがいるっぽいが、それってもしかしなくても私のことじゃない? 私だけなんか違う理屈で連れてこられてない?


「ご理解いただけたようですね。他にも質問があるのでしょう、どうぞ遠慮なく」


 おいおい話を進める気だわ女神こいつ。私の全力のメンチにも気付いていながら完全スルーだ。何も理解いただけてねーっつーの。それに姿勢がヤバすぎてあっちもこっちも筋肉が吊りそうで死にそうなんだけど。


 いい加減起立の体勢くらいは取らせろって。あっ、こっち見ながら明らかに笑いやがったこの女神アマ。後で覚えとけよマジで。


「そ、それでは……救世とは何か。勇者としてコマレたちが何をしなくてはいけないのかを、できるだけ具体的に教えてください」

「勇者に求められる役目と言えば、ただひとつ。魔王を討ち取ることに他なりません」

「ま──魔王」

「世界を脅かす悪にして黒の因子。それをあなた方の手によって滅し滅ぼすのです。さすれば、相応の望みが叶うことでしょう」


 望みが叶うだぁ? やっぱ胡散臭いな。勇者と来たら魔王、っていうのは理解できるけどね。でも勇者になって魔王を倒せー、なんてリアルに求められてもはあ? としかならんのよ。


 これに関しては他の子たちも同じだったようで、特にぱっつんちゃんは明らかに乗り気じゃない。


「あの、それって。やっぱり危険なこと、なんですよね」

「当然危険ですよ。命の奪い合いを、こまれ。あなたが危険なことだと認識しないのであればその限りではありませんが」


 うざい返しをされてぱっつんちゃんはとうとう押し黙ってしまう。他にも訊きたいことはまだまだあるんじゃなかろうか、と思うんだけど質問する気力が尽きたようだ。てか女神が狙ってそうさせてるよね。ホントあくどいわ。


「ウチも質問いいですか~?」


 ぱっつんちゃんに代わって挙手したのは、未だ眠けまなこな短髪ちゃんだ。急な参戦だけど女神はさも彼女が口を開くとわかっていましたと言わんばかりに偉そうに頷いた。


「構いませんよ、なごみ」

「ありがとうございまぁす。えっと、相応って仰ってましたけどぉ、それってどれくらいの望みなんでしょうか? 例えばちょー大金持ちになりたい、とか言ったりしても叶うんですかー?」

「相応は、相応ですよ。救世という偉業を成し遂げたならばそれに見合うだけの対価が得られる、ということです。人が望む程度のことであればなんであれ叶いますでしょう。そちらについても、心当たりがおありのはずですよ」


 そう言われて短髪ちゃんはちょっと難しい顔をして黙った。

 なんだなんだ、大金持ちってのは本当にただの例えでしかなくて叶えたい本命が他にあるってこと? って、考えてみたらそりゃそうじゃん。


 なんでも望みが叶うなんて言っても、私たちの望むことは決まってる。「家に帰して」だ。短髪ちゃんの本当の望みももちろんこれだろう。


 こんなのズルじゃん。命懸けで世界を救ってもそのリターンが解放って、なんにもならない。実質タダ働きと一緒だ。タダでする苦労ほど馬鹿らしいことはない。自慢じゃないが私は物心つく前から親の手伝いを無償では決してやらなかった筋金入りの銭ゲバ……もとい、貯蓄家かつ雇用契約に厳密なデキる女。


 こんな不当な労働搾取を認めるわけにはいかん!


 と言っても、今のままじゃなんも口出しできないんすけどねー。


「よくわからない……けど、要するに殺し合いをするってことでしょう。それも人間じゃない相手と。私たちにそんな真似ができて、しかも勝てると思っているのなら、正気じゃない」


 ぼそりと言ったのはツインテちゃんだ。至極真っ当なその言葉に、ここまで一言も発していない長髪ちゃんもこくこくと連続で首を動かして同意している。仕草まで小動物めいた子だなぁ。


「いいえ、かざり。それにしずきも、大変な思い違いをしています。己を正しく評価できていない。ですからそのように消極的にもなるのです。安寧の女神たるわたくしが保証いたしましょう──あなた方の素質は得難く、そして失い難いもの。それを輝かせぬことこそが正気の沙汰ではないと」


 女神がすっと、腹立たしいことに見惚れるほど流麗な仕草で手を伸ばす。その向かう先は、私と反対側の端に立つぱっつんちゃんだ。


「これより『祝福』を与えます。そうしてあなた方は素質に相応しい、勇者の肩書きに見合うだけの才を開花させるのです。さすれば尽く変わりましょう。意識も、認識も、その常識さえも」



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