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199 魔闘士ギルドの本部長

 品定めするように厳しく見据えるその視線。隣に立つ少年が小さな子どもに見えてしまうほどの立派過ぎる体格。そして荒々しさを感じずにはいられない熊の特徴そのままの顔立ち。全てが勇ましく、ただそこに立っているだけでも圧がすごい。


 間違いなく本部長は彼だろう。一緒に組手でもしていたと思われる少年は、トライズさんと同じく補佐か何かかな? あるいはあの若さからすると新入りとかで、本部長自らが薫陶を授けていたって線もあるな。バトルマニアだというのが本当ならそういうことも喜んでするだろう。


「失礼、勇者様方。まずは靴を脱いでもらえますでしょうか」


 トライズさんが先んじで足袋みたいな履き物を脱いで私たちにそう言った。ああ、よく見ると舞台上の二人も裸足だ。ここは土足禁止なのね。ドワーフタウンの体育館にそういうルールはなかったけど、こっちは幾分か厳格なようだ。彼らの着用しているものといい佇まいといい道場っぽさをめっちゃ感じる……う、妹との特訓じごくを思い出して一瞬吐き気が。


「紹介いたします。本部長のシュリトウと、私と同じく本部長補佐のグレンです」


 私たちが靴箱に靴を預けて敷居を跨ぐ間に舞台上から降りていた二人。彼らが何者であるかをトライズさんが教えてくれた、が。あれ? 今、紹介しながら向けた手がおかしくなかった?


「えっと? こちらが本部長のシュリトウさんで、こちらが補佐のグレンさん?」

 と、まず大きな熊さん、次ににこにこ顔の少年を指して私が訊ねれば。


「いえ、右がシュリトウ。左がグレンです」

 と、トライズさんは少年、熊さんの順番でそう答えた。


 えー?


「こっちが本部長!?」

「こら、ハルコさん! それは失礼が過ぎる物言いですよ!」


 ぴしゃりと叱られてうっとなる私。確かに今のはあまりに失礼だった。気を悪くさせてしまったかと相手の様子を窺うが──不安に反して場には「あっはっは!」と軽い笑い声が響く。


「いやいや、気にしないでいい。そりゃあこの図体の横にいれば誰も俺が本部長などとは思うまい。改めて名乗らせてもらおう、勇者一行よ。俺はシュリトウ、いやしくも魔闘士ギルドの本部長を担っている者だ。そしてこいつはグレン」

「どうも……」


 ぺこり、と言葉少なに頭を下げるグレンさん。見かけ通りに低くて迫力のある声をしているけど、あまり喋るタイプではなさそうだ。


「そこのトライズ同様に補佐役だが、こいつは俺とギルド入りの時期も近い直接の後輩でもある。もう二十年来の付き合いになるか……腹心ってやつだな」


 という追加の紹介をされてグレンさんは照れ臭そうに頭を掻く。腹心と言われたのが嬉しかったようだ。この人、熊の獣人だけあって見かけは厳ついけど、実は中身はそうでもないな? どっちかというと内向的でシャイな人に思える。


「ご苦労だったなトライズ。あとのことは俺が引き継ごう」

「はい。……本部長、くれぐれも自重の心を持ってくださいね」

「それはもう耳にタコができるほど聞いた。お前、俺が信じられないのか?」

「はい」

「力強く断言しやがって」


 しっしっ、と鬱陶しそうに手を払って横へ下がるようにシュリトウさんが指示し、それに思うところもなさそうにトライズさんんは素直に従う。うーむ今のやり取り。上司と部下にしてはずいぶんと気安いが、信頼関係は確かにありそうだな。それにシュリトウさんはやはり労ったり命じたりするのに慣れているようだ。そういう姿を見ているとただの少年にしか見えなかったのが一変し、彼から貫禄のようなものが感じられる気もしてくる。


 というかこの人、いったい何歳なんだ? グレンさんが二十年来の付き合いの後輩だってことは、少なくとも二十五くらいはいってるよね。ギルドに入った年頃がわからないとなんとも言えなくはあるけど……しかし最低ラインの二十五でも充分におかしい。だって外見年齢で言えば私たちとそう変わらない程度。つまり十四、五歳としか思えない若々しさなんだから。


 ゴドリスさんとお友達だってことで私は三十近くから四十までの間で本部長の年齢を想像していたんだけど、もしそれが間違っていなかったとしたら。こらとんでもないことだぞ。


 エルフタウンの長老ルールスさんも高齢者とは思えないハリとツヤのある人だったけど、年代的に言えば私がまず参考にすべきはシュリトウさんなのではなかろうか。このすごいの言葉では済まないスーパーアンチエイジングの秘訣を聞きたくてしょうがない。


 百五十歳まで元気に生きることを人生の目標にしている身としては冗談ではなく、是非とも教えてもらいたいところだ。


「さて、勇者様方」


 若さに驚いて(というよりも様々な面において各々の想像と違ったからだろうけど)ともすれば不躾なくらいにジロジロと眺めているのは私だけでなく、バーミンちゃんまで含めた全員なんだけど、その視線を意にも介さずシュリトウさんは飄々と言う。


「儀巡で顔を合わせるべき相手は俺で最後、らしいじゃないか? 後回しにされてしまったのは悲しいがそれでも喜びが勝つね。よくぞ、本当によくぞ来てくれた。現役の内にこうして会えたことを心から嬉しく思う。大袈裟ではなく俺は感激している──これが勇者、これが魔王を討つ者たち。慈母の女神の加護と定めを背負いし強者たち……実に美しい」


 見かけの上では舐められる……と言うと語弊があるけど、まあ強くは見られない私たちだ。ただの女子集団でしかないからね。ドワーフタウンでは頭領会の人たちにこんなナリで本当に戦えるのかと心配されたくらいで、そして私自身としてもそのリアクションは実に真っ当なものだと思っている。


 はっきりと言葉や態度に示されたわけではなかったけど、あのゴドリスさんとナゴミちゃんの模擬戦だってぱっと見では私たちがてんで強そうに見えなかったからこその提案だったんだろう。実力を兵士の前で披露する必要があった。仮に私たちが見るだに強さの伝わる──それこそグレンさんみたいに見た目だけでプレッシャーを与えられるくらいの──模範的な強者然とした外見をしていれば、もしかしたらゴドリスさんも模擬戦なんて望まなかったかもしれない。


 とにかく、今代の勇者であるという事前情報がなければとても戦えるようには思われないはずの私たちであり、なんならその事前情報があっても疑わしく思われて当然な出で立ちであることも否定はできない。コマレちゃんとカザリちゃんの魔術にしろ、ナゴミちゃんの身体能力にしろ、シズキちゃんの異能力ユニークにしろ。それらは全て実際に戦ってみて初めて詳らかになるものだ。普段の様子から窺えるものではない……と、思うんだけど。


 けれどシュリトウさんはまったくそう思っていないようだった。彼にはしっかりと私たちが「視えている」。こうして相対しているだけでは見抜けないはずのものを見抜き、感じ取れないはずのものを感じ取っている。それがよくわかる瞳で私たちのことを見つめている。その眼差しにはグレンさんから受けたプレッシャーとは比にもならないほどの圧が──期待という名の燃えるような熱が宿っていた。


「夢にまで見た。それが今、現実になっている。これほど昂ることが他にあるか? いや、ない。俺は絶頂にいる! 人生の頂点が今だ……! 今朝方に了承の返事は頂いている。卓袱台返し(ドタキャン)はしないでくれよ、勇者様。どうか俺と一度! 一戦だけでもいいから拳を交えてくれ!」


 彼の言葉にもまた凄まじいまでの熱量が込められていた。メラメラのギラギラだ。興奮度が見るからに有頂天。これは確かに、トライズさんの言う通り。どうあってもこの人の意思は曲げられそうにないな。



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