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193 楽しい時間

「て、手合わせですか……!? そ、それがどうかしましたか……!??」


 うおっ。思ったよりもずっと強い反応でちょいビックリ。シズキちゃんはシズキちゃんで何故か腰が引け気味だし、私は驚きから仰け反っているしで、なんだか変な感じになってしまった。それを見かねてか「おほん~」と間延びした咳払いがひとつ。ナゴミちゃんだ。どうやらコマレちゃんがよくやる癖を真似たらしい。


「まーまー二人とも、深呼吸深呼吸。吸ってー、吐いてー?」


 すー、はー。とナゴミちゃんに言われるがまま私たちは息を深く吸って深く吐き出す……ん? 吐くほうに深くとは言わないか? まあなんでもいいけど、とにかく大量の酸素と二酸化炭素の交換を果たして、そのおかげで多少は冷静になれた。


「じゃあ、はい。ハルっちのお話をどーぞ」


 そのままナゴミちゃんが司会進行役を担ってくれるようなので、ありがたくお世話になる。


「えーっと。シズキちゃんにちゃんと謝っとこうと思って」

「謝る、ですか? 何を……?」


 シズキちゃんはとても不思議そうな顔で私を見つめる。ありゃ、わかんないのか。手合わせの件で私が詫びを入れなきゃいけないとなったら、それの意味するところはひとつしかない。当然シズキちゃんもすぐに察すると思ったけど……そうか、そもそもの認識の違いかな、これは。


「ほら、手合わせが無駄になっちゃったじゃない。どっちがエオリグを持つかを賭けてバトルしたっていうのに、結局はなし崩しで私が最後の一個を持つ、っていうか合体しちゃってさ」


 要はお互いの意思に関係のないところで賭けの決着がついてしまったことに、その原因となった私が謝罪するのは筋だってこと。まあ、賭けの内容的にどっちがエオリグを持つかじゃなくて正しくは「どっちが相手に押し付けるか」の勝負だったわけだから、なし崩しの結果で装備者になってしまった私のほうが謝るのも奇妙と言えば奇妙なんだけども。一応、コマレちゃんとしては要望が通ったわけだからね。


 だから彼女も私が何に対して謝ろうとしているのかわからなかったんだろう。とはいえ、二人ともに本気も本気で挑んだ手合わせの意味を丸っきり失くしてしまったことへの謝意は示しておくべきだ。あのとき、私たちはお互いを想い合って紛れもなく真剣だったんだから。


「そんな、ハルコさん。それを言ったらわたしこそ……ハルコさんの意思に関係なく、エオリグを装備させて手合わせの意味をなくさせた、張本人じゃないですか。謝らなくちゃいけないのはわたしのほうだと、思います」


 おっとっと、そういう思考になっちゃう? なっちゃうか、シズキちゃんなら。さっきの大袈裟な反応も、どうやら怒られるのだと勘違いしたせいのようだ。つまりシズキちゃんの独断によってエオリグの行き先が決まってしまったことに、今更ながら私が不服だか不満だかを申し上げようとしているのだと。


 いやーそれこそ独断を迫らせた私の側がねちねちと責められやしないでしょ、とは思うが、これは私の意見。シズキちゃんからすればいつそのことに関して改めて注意されるかずっとビクビクしていたようなので、私の話題の切り出しを受けて「ついに来たか……!」と身構えるのも仕方ないと言えば仕方ないことだった。そんな勘違いをされて私としちゃちょびっとだけやるせないけどね。


 だって私だぜ? そりゃ、平等とかルールを重んじるコマレちゃんあたりなら、自分が助けられたことには感謝をしつつもそれはそれとして、ちくりと言うべきところは言ったりもするだろうけど。私はそういう部分を思っきし混ぜこぜにする女だ。公私混同もまったく辞さないタイプ。恩があるなら忖度しまくりである……なんてのは間違っても胸を張ってしていい主張ではないんだろうけど、とにかく私とはそういう人間なのだ。


 そんな私が、ましてや常日頃から最も可愛がっているシズキちゃんに対して──何度も言うが彼女は私より年上である。けれどもはやそんなことは関係ない──厳しく冷たく嫌味な態度を取るだろうか? いや、取らない。取るはずもないではないか。私はシズキちゃんのことをもう一人の妹のように思っているんだよ? 目に入れたって痛くないってね。


 ……と、そんなことを言ったらさすがに怖がられそうだから本人には言わないけどさ。怖がられた上にキモがられたりしたら目も当てられないよ。想像してごらんよ、シズキちゃんの口から「キモい」なんてワードが出てくるところを。それを面と向かってぶつけられるところを。想像だけでも立ち直れないよ私は。ましてやそんなシーンが現実になったりしたら……おお、くわばらくわばら。なので、この姉心はマジモンの本心だがふかーく胸に仕舞っておくのだ。


「エオリグに関して私たちは揃って自分に落ち度があると思ってたんだね」

「そ、そうみたい……ですね」


 妙な以心伝心もあったもんだと可笑しくなった私たちは小さく笑い合う。そこへナゴミちゃんが。


「じゃーお互いに落ち度を謝り合ったんだから、これで解決だよね? もうハルっちもシズっちも何も気にしなくて良くなったんだ」


 そう強引だけどいい方向へと話をまとめてくれた。


 そもそもエオリグの所有権についての話し合い(というかどつき合い?)がうやむやになってしまったのは魔族のせい。キャンディとイレイズが下っ端を引き連れて襲撃してきたせいであって、私のせいでもなければシズキちゃんのせいでもないのだ。私たちに責任はないし、瑕疵もない。悪いのは魔族であって、結果として私とエオリグが切り離せない状態になったのはまさになし崩しの、どうしようもないことだった。とするならナゴミちゃんの総括通り、自分で自分に思う至らなさを謝り合ったからにはもうわだかまりなんてどこにもないわけで。この話はここでお終いとしておくのがいいだろう。


 私はシズキちゃんにエオリグを持たせられなかったことをこれ以上悔やまない。シズキちゃんも、意識のない私へエオリグを強制的に装備させたことを負い目に思わない。そうすっきりさっぱりと気になる部分は流してしまおう。


「改めて言っとくけど、私はシズキちゃんに助けてもらって感謝しかないからね。それはエオリグを使ってくれたことも含めての感謝だから、そこんところは誤解してほしくないな」

「ハルコさん……」


 シズキちゃんはぐっと胸の前で手を握り締めて。


「わ、わたしも。ハルコさんがわたしにエオリグを譲ってくれようとしていたこと、とても嬉しく思っています。だからこそ……わたしはどうしても、ハルコさんにエオリグを持ってほしかったんです」

「そっか。優しいよね、シズキちゃんは」

「それは、ハルコさんが優しいからです」


 シズキちゃんが微笑んでそう言った。そうか、私がシズキちゃんに優しいから、その優しさが返ってきているわけか。情けは人の為ならず、ってやつだね。


「にゃは。手合わせの意味が丸っとなくなったって言うけど、そうでもないんじゃないかな~? だって前よりもっと二人とも仲良くなってるもん」

「ふふ、そうかもね」

「は、はい」


 シズキちゃんも照れることなく、素直にそう認めてくれるのがなんだか私は無性に嬉しかった。仲良くなった、か。意見と拳をぶつけ合わせて親しくなるとは、少年漫画チックだな。でも嫌いじゃない。実際、こっちの世界に来る前にもそういう経験は何回かしてきているしね。


 三人で笑い合いながらまた食べ歩きに戻る。楽しい。本当に楽しい時間だ。いつまでもこんな時間を過ごしていたい。そう切に願うくらいに心も体も休まるひと時で──。


 だけど結局これが、魔族との戦いにおける私たちが自由を謳歌できる最後の「楽しい時間」になった。



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