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191 思い出の味

 最初に中華まんチックなものに出会ったから中華街みたいにそっち系の食べ物屋が多いのかと思いきや、見て行けば色んなテイストのお店があった。お団子(チックなもの)やケバブ(チックなもの)やパニーニ(チックなもの)まで、まさに土地柄問わずのごった煮状態。これだけ賑わう繁華街に相応しい坩堝っぷりだ。


 中でもやっぱり店先で直接料理しているお店は強くて、目や鼻で釣られてふらっと立ち寄る人たちの多いこと多いこと。かくいう私たちも既にモーテントウっていう細長いクレープとチキンの焼き串を追加で食べている。どれも一個を三人で分け合ってね。おかげでまだまだお腹には余裕がある。もっと色々と食べられるぞ。


 いいね、楽しい。食べ歩きってのはこうでなきゃね。


「しかし全部うんまいね。名店しかないのかしらこの繁華街」

「バーミンちゃんがオススメするくらいの場所だからね~。連合国でも有名なお店が集まってるんじゃないかな~」


 なるほどー。飲食店に限らずこれだけの数のお店が固まっているんだもんな。ここが本拠地っていう店もあればどこかに本店がありつつここにも出店しているって例もあるだろう。そしてそのいずれもが、この競争激しい繁華街エリアで生き残れている強豪たちってわけだ。自然淘汰で出来上がった最高の娯楽市場。こりゃ思う存分に味わい尽くさなきゃ損ってもんだぜ。


「……、」

「ん、どったのシズキちゃん」


 どこかを見つめる彼女の視線を追ってみれば、そこには掘っ立て小屋みたいな屋台とテントの庇で作られた簡単なお店があった。庇の端にぶら下げられている写真付きのメニューにはソーメンみたいな何かが載っている。


「アレが食べたいの? ソーメンとはちょっと違う雰囲気だけど」

「あ、いえ……カノムジーンに似ているな、と思って」

「カノムジーンって~?」


 ナゴミちゃんが小首を傾げて訊ねる。私も初耳の単語だ。説明を待てば、シズキちゃんはちょっと照れ臭そうに頬を染めながら。


「あ、えっと……タイの料理、なんですけど。コシのないソーメンみたいな麺を、スパイスの利いた味付けで食べるんです」

「へー、タイ料理ね。それに似てるって?」

「は、はい」


 それに注目するってことは好物なのかな、と思って訊いてみたらそういうわけでもなくて、ただ昔を思い出したのだとシズキちゃんは言う。


「お父さんが仕事でよく東南アジアに行っていたんです。それで、タイに行くときだけはたまに連れて行ってもらっていて……そこで何度か食べたんです、カノムジーン。まだわたしがとっても小さいころ、なんですけど」


 今でもシズキちゃんは小さいでしょ、なんて口をついて出かけた言葉をパンと自分の顔を叩いて止める。それにシズキちゃんもナゴミちゃんもびっくりしていたけど、私はスルーして言う。


「思い出の味ってわけだ」

「そうなるん、でしょうか?」

「なるなる。じゃあせっかくだし食べよっか」

「え、でも……」


 私たちは果たして食べたいのか、と目で訊ねてくるシズキちゃんに私はサムズアップ。


「興味出たからさ、食べときたいよね。ナゴミちゃんはどう?」

「ウチも食べてみた~い」

「ってさ。シズキちゃんはどうしたい?」

「わ、わたしは……」


 メニューの写真をもう一度ちらりと見て、シズキちゃんはちょっとだけ考えた。たぶん、昔を振り返っているんだろう。それから彼女はこくりと頷いた。


「はい。わたしも、食べてみたいです」

「決まり! おっちゃーん! カノムジーン三つ!」


「カノム……なんだい?」

「おっとそうか名前は違うか。この……トウクウメンを三つくださいな」

「あいよトウクウメン三杯──っと、嬢ちゃんたちだけか。うちのは量が多いけど大丈夫かい?」

「あ、そうなんだ? んー、じゃあとりあえず一杯! 分けて食べます」

「ああそうしな、トウクウメン一杯入ったよー!」


 あいよートウクウメン! とキッチン担当と思われる人の威勢のいい返事を背中におっちゃんが金額を告げ、私は言われた通りのリラを払う。麺料理ひとつにしてはちょいとお高めな値段だったがボリュームたっぷりだと思えば逆に安いくらいかな。


 財布を仕舞って庇の下にあるテーブルのひとつに適当に座れば、ナゴミちゃんとシズキちゃんがセルフサービスのお水を私の分まで持ってきてくれた。ありがとさん、と受け取る私に二人は少し笑って。


「ハルっちってば物怖じとは無縁の人だよねぇ」

「へ、物怖じ?」

「は、はい。わたしだったらちょっと……頼むのに勇気がいるかも、です」


 どうもおっちゃんの顔が厳つめなのと暇そうに仏頂面していたことから頼みにくさがあったみたいだけど……まったく感じなかったな、そんなの。空いててラッキーくらいにしか思わなかったわ。でも言われてみれば、まだお昼時には早いとはいえこれだけ人が行き交っている繁華街で他にお客がいないっていうのは少し怪しいか? もしかしたら味的には外れのお店かもしれない。


 でもさすがにクソ不味いってこともないだろうし、なんなら競争に敗れて店を畳む前に食べられて良かったよね。そうじゃなきゃカノムジーン(チックなもの)なんて次にどこで出会えるかもわかんないし。


「トウクウメンお待ち!」

「わっ、もう出来たんだ」


 料理も受付で貰って自分で席まで運ぶスタイルみたい。トレーに置かれた大きめのどんぶりにはソーメンと挽き肉っぽい薬味がてんこ盛りで、ちょっとだけどスープも入っている。いや、スープっていうより出汁が溜まってる感じ? そしてその全部が薄っすらと赤い。つんと香るスパイスはカレーのそれに似ていて、まるでまだ何も食べていないみたいにお腹の虫を刺激してくる。これはもう、口にする前から美味だってわかるぞ。


「さ、まずはシズキちゃんからどうぞ」


 トレーを目の前に置いてついでに割りばしも割ってあげる。シズキちゃんは恐縮したようにもごもごと口の中で何か言いながら私とナゴミちゃんを交互に見てくるけど、いやいや遠慮なんてしないで。シズキちゃん発端で食べるってんだからファーストコンタクトはシズキちゃんの権利だ。


 私たちがどうぞどうぞと強引に勧めると(それくらいじゃないとシズキちゃんは自分を優先してくれないのだ)、恐る恐るといった様子でシズキちゃんは箸を持ち、ソーメンを掴み、口に入れた。そこまでは明らかに食べること以上に私たちの視線を気にしている雰囲気がアリアリだったけど、一口食べた瞬間に彼女の意識は完全に料理へと移った。


「お……おいしい、です。これ、すごく」

「本場で食べたカノムジーンにも負けない?」

「は、はい!」


 いい笑顔だ。こんなに屈託のないシズキちゃんの笑顔は滅多に見られない。やるじゃないの、おっちゃん。いや作ったのはおっちゃんじゃなくて奥のキッチン担当の人なんだけどさ。


 他に客がいないからって疑ってごめんよ、と思いつつナゴミちゃんも絶賛するトウクウメンなるカノムジーンのそっくりさんを私も食べてみる。これは……うん、やっぱうめぇ! スパイスの豊かな風味とやわっこい麺が絡まり合って、一口でドカンとくる。ピリ辛なのもいい、ただ辛いだけじゃなくてしっかりと旨味のある辛さに箸が止まらなくなる。


「これがシズキちゃんの思い出の味かぁ」

「はい。とっても懐かしい……」


 薬味と汁を掻き混ぜた状態で二週目。シズキちゃんは昔を懐かしむ顔付きでちゅるちゅると一、二本(一、二本!)麺を啜っていく。……シズキちゃん、どうやら元の世界では色々あったみたいなんだよな。カノムジーンはもしかしたらその色々が起こる前の幸せな頃の象徴みたいなもの、なのかもしれない。


 心から美味しそうに食べているシズキちゃんに、私はナゴミちゃんと見合ってそっと笑った。なんだか一気にお腹いっぱいな気分だ。



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