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19 特別な勇者ちゃん

「おばあちゃんさあ、彼女だけを特別に守ってるよね。それだけ他の子よりも大切だってことでしょう? つまり、その子が勇者なんだ」


 ピエロ少年の値踏みするような目付きは、はっきり言ってきしょい。寒くもないのにサブイボが立っちゃうくらい。

 いやこれ、マジで魔族っぽいな。どんだけイカれてたってただの子どもがこんな異様な雰囲気を放つなんて無理だ無理。人間じゃないよ絶対。


「……勇者の情報を掴む手段があるようだけど、あんたも残念だったね。的外れだよ」

「あれ、違った? じゃあ他の四人の中に勇者がいたのか」

「いんや、全員が勇者さ。今代の勇者は五人いる」


「──なんだって。勇者が、五人も? そんな馬鹿な……」


 おっ、ガチ目に驚いてる。慄いてると言ってもいい。


 初めてピエロ少年のペースが崩れた。バロッサさんも最初のうちは戸惑っていたけどやっぱり、勇者が一度に五人も現れるっていうのはこの世界の住人からするととんでもないことなんだな。

 それは人間側だけじゃなく魔族にとっても例外じゃないみたいだ。じゃないとこんなに愕然とはしないだろう。


「恐ろしいだろう? 歴代の勇者たちはたった一人であんたら魔族の野望を阻み、魔王を討ってきたんだ。それがこの時代には五人。ご愁傷様としか言いようがない」


「……ふ、ふふ、ボクらの敗北が決まったようなものだとでも言いたい? だけどお生憎、勇者がたとえ何人いようとそれだけで諦める魔族はいないよ。そんな殊勝で脆弱な精神をした奴は魔族にはいない──それに、そっちが数ならこっちは質だ。今代の魔王様を『過去の負け犬』たちと同じと思ってもらっちゃ困るよ」


 ま、負け犬。故人とはいえ自分たちのかつての王様にあたる人物をよくもまあそう悪し様に呼べたものだ。

 人間の感覚からするとあまりにも無礼な物言いだけど、魔族にとってはこれが普通だったりするのかな? 王だろうとなんだろうと負けたやつに価値は一切ない、みたいな。それが当たり前の感性なんだとしたら人間と相容れないのも当然だ。


「ほう、勝てるつもりかい。一度も勝ったことのない負け続きがよく吠える」

「一度でもボクらが勝てば人間キミらは終わりなんだ。そしてそれは今代にこそ成し遂げられる──そのために」


 ピエロ少年の魔力が揺らめく。明らかに攻撃の意思がある。ぬぅ、やっぱ戦ることになるのか。勇者を一目見るのが目的だっていうならもう帰ってくれてもよくない? と思ったけど、こいつを野放しにするのはそれはそれでヤバいか。ああもう、腹を括るしかないな。


 バロッサさんも手元に風を渦巻かせながら、ちらりと私を見て言った。


「的外れとは言ったが一部合ってもいる。勇者の中でもこの子が特別だってのはその通りさ」

「「!」」


 目を見開いたのはピエロ少年と、私だ。


 え、そうなの? 私って特別なの? これまでバロッサさんにそんなことを言われた覚えはない。むしろ反対に、皆よりも劣っていることを散々に証明されてきている──けど、そうか。実はその裏に途方もない才能があったってことか!


 いやーおかしいと思ってたんだよ。いくら女神に蹴りかかったからって才能をショボくされるなんて露骨な嫌がらせを、仮にも神様ともあろうお方がするかなってさ。

 女神のあんちきしょうも憎いことをしてくれるね。ぱっと見じゃ一番ダメそうな感じにしといて、実は私にこそ特別な才能を与えていたとは。


 そうとわかれば話は早い。私は糸を作りだして構える。


「やっちゃいましょうよバロッサさん! サクッとピエロくんを倒して皆を助けに行きましょうぜ!」


「……へえ、サクッとね。大した自信じゃないか。守られてばかりかと思えば既に戦いの用意もできてるってわけだ。だったらその力、確かめさせてもらおう──と思ったんだけど」


 ふうとピエロ少年がため息をこぼすのと同時に、森から一際大きな戦闘音が鳴り響いてきた。それもふたつ、おそらくは別々の場所から。

 コマレちゃんかカザリちゃんが大きな術をぶっ放したか、それともナゴミちゃんの本気パンチ、はたまたシズキちゃんのショーちゃんハンマー? いや候補が多過ぎてわかんないな。皆して火力が高すぎるよ。


「侮っているつもりはなかったんだけどね。でも受け入れよう、勇者は怖い。ボクのミラーズが腕試しにもならずに負けるなんてやってらんないよ」


 するりと滑るような足運びでピエロ少年が後退。壁の穴から室外へと出た。それを受けてバロッサさんが言う。


「尻尾を撒いてとんずらかい?」

「うん、そうする。言ったようにボクは前に出て戦うタイプじゃないんでね。見込みを外したからには素直に逃げるよ」


 キラキラと、陽の光を反射させながらピエロ少年の身体が消えていく。というより、解けていく? 駄目だ、なんて言えばいいのかわからん。

 でもとにかく逃げようとしてるのは本気っぽい。


 ここで攻撃すべきかどうか私には判断がつかなかったが、さっきカザリちゃんたちを止めたようにバロッサさんが手で私に何もするなと示した。よし、じゃあ何もしない。止めるってことは迂闊に手を出したら大変なことになるんだろうし。


「名だけ残しておこう──ボクはザリークだ。また会おう、特別な勇者ちゃん。必ずね」


 最後に一方的な再会の約束を取り付けて、ピエロ少年……ザリークはいなくなった。まるで幻だったみたいに。

 バロッサさんが彼の消えたところを注意深く検分したが、何も見つかるものはなかったようだ。鼻息を漏らしながら立ち上がった彼女に、私は糸を回収しつつ訊ねる。


「よかったんですか?」

「なにがだい」

「いやほら、逃がしちゃって。私はともかくバロッサさんならなんかこう、逃走を防ぐ術とか使えたんじゃ?」

「……転移系を妨害する術を知らないわけじゃないがね。あたしのそれが通じるとも限らないうえ、もしも通じたとしたらあたしらは死んでたよ」

「えっ!? ど、どゆこと?」


 泡を食う私を見て、バロッサさんは呆れたように眉をしかめて。


「あたしに合わせたもんだとばかり思ったが……あんたまさか、特別って言葉を真に受けたのかい」

「真に受けましたけど? 受けないわけがないじゃないっすか」

「はぁ、あんたはホントにもう……いやいい、その気質のおかげで奴も騙されたようだからね。それにタイミングも良かった」

「タイミング?」


 なんのこっちゃと首を捻れば、そこに私とバロッサさんを呼ぶ声。森の右手からはコマレちゃんとカザリちゃんが、左手からはナゴミちゃんとシズキちゃんがやってくるところだった。


 うおーよかった、皆揃って元気っぽいぞ。怪我とかもしてなさそうだ。


「あの子らが手下を倒したんだ。それを察知して撤退の判断をしたんだろうさ。そうでなければ物は試しにと戦闘に入っていただろうね」

「そしたら、死んでました? 私たち」

「まず間違いなく。少なくともあんたは確実に殺されてたろうさ」


 ひえ~っ。そ、そんなに危ない橋の上にいたのか私。


 つまりバロッサさんの特別発言は、そう聞いてザリークが撤退を選ぶように仕向けたブラフだったってこと? 本気で信じていなかったら嘘がバレてやられてたかも、って考えたらさっきの私はなかなかグッジョブだな。よく勘違ったと自分を褒めてやりたい。


 けど、一時は信じただけに特別じゃないってのは残念だなぁ。私はやっぱりしょぼしょぼ女か。

 とほほ、現実は非情だ。


「はぁっ、はぁっ、ぶ、無事ですか皆さん!」

「あの変なのは、どこ」

「なんか逃げてった。ザリークって名前らしいよ」

「え~。ビックリさせられたからお返しにめってしようと思ったのになぁ」

「…………」

「なんかシズキちゃん目ぇ回してない? だいじょうぶ?」


 ナゴミちゃんの高速移動で運ばれてふらふらのシズキちゃんを介抱しつつ、私たちはひとまずお互いの無事を喜び合った。



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