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189 部屋には私だけ

「ではコマレたちは行きますね」

「あ、もう? こんな早くなのに」

「マーケットには日が昇り始める頃から開いている店も多いようですから。それに買い出しが早く終わるほど図書館で過ごせる時間も増えますからね」

「ふーん。でもカザリちゃんはまだ眠そうだけど」

「そんなことはない」

「いやあるでしょ……めっちゃ目ぇ擦ってんじゃん。顔洗ってもまだ眠気取れてないじゃん」


 私もたまたま早くに目が覚めたからこうしてコマレちゃんたちを見送ろうとしているけど、そうじゃなかったらまだベッドの中でぐーすかしてたよ。だってまだ五時を回ったくらいだよ? 自由時間に張り切るにしたって張り切り過ぎじゃなかろうか……休養っていう本来の目的の妨げになってない?


「何を仰いますやらハルコさん。コマレたちのような知識人にとっては知ることこそが何よりの休養であり栄養補給なんですよ」


 横でカザリちゃんが勝手に同類扱いされてなんとも言えない表情をしてるんだけど……まあ、一度火が点いたらなかなか鎮火しないのがコマレちゃんの情熱であり発作・・である。こうなったらカザリちゃんには彼女にとことん付き合ってもらおう。


「おーらい、もう何も言わないよ。気を付けて行ってらっしゃい」

「はい! ハルコさんたちも楽しんできてくださいね」

「もち」


 二人に手を振りながら扉を閉める。あんなにコマレちゃんが楽しそうなのは王都でのお散歩以来だな。だからカザリちゃんも鼻息荒い彼女を諫めたりとか否定的なことが言えずにいるんだろう。そもそも私以外には基本的に、愛想こそあんまりないものの優しいもんなカザリちゃん。ホント、情け容赦なくズバズバ斬られてるのは私くらいだよ。なんでなんだ? 改めてすごい疑問だわ……まー別にそれで困ってるってわけでもないからいいんだけどさ。純粋に謎で気になるんだよね。


「さーて、時間もあるしゆっくり朝風呂でも浴びてスッキリしますかね」


 見送り完了の伸びをしてから部屋に備え付けのシャワーへ。最高グレードの部屋には最高グレードのシャワー室&バスタブが付いているもので、ホテルによって多少造りや雰囲気の違いはあれど、これまでどこも日本人の私でも満足できるくらいの出来はあった。入浴専門の施設にはさすがに敵わないけどね。バスタブの置き方とか広さとかもちょっとだけ違和感があるし。


 でも外に出なくても湯船に浸かれるのはマジでさいこー。野営との最大の差はここにあると言ってもいい。短くてもいいからお湯に体を沈められるかどうかで翌日の体の具合が本当にぜんぜん違うからね。これは旅行経験のある人ならだいたいが賛同してくれると思う。


 今回の部屋割りは一室がシズキちゃんとナゴミちゃん。そしてもう一室にコマレちゃんとカザリちゃんと私。っていう分け方になっている。コマレちゃんたちが揃ってお出かけした今、この部屋には私だけ。つまりお風呂だって一人で使いたい放題なわけよ。休日の朝風呂、しかも湯船でのんびりできるってさいこー通り越して超さいこー。無敵になった気分だよ。


 鼻歌を口ずさみながら服を脱いでベッドの上へ放る。コマレちゃんがいたらちゃんと脱衣所で脱いでくださいと叱られるところだけど、今は私一人だもんね。この空間を独り占め。素っ裸になろうと誰にも咎められない。踊ったっていい。なんて清々しい朝だろうか。


 下着まで脱いでありのままの姿になる。ミギちゃんにも擬態を解かせれば、右足の膝から下がメタリックでフューチャー感のある見た目に早変わり。形こそ私の足そのままだけど、こうも色合いと質感が違うと生身の部分と地続きとはいえ一気に義足っぽさが出るよね。あるいは特殊メイクって感じ。どっちかと言えば靴&靴下または肌色を再現してもらっている普段のほうがメイクなんだけども。


 魔道具である冷蔵庫から冷えた水を頂いてから、お風呂場へイン。バスタブへお湯へ溜めている間にシャワーを浴びる。生身もミギちゃんも同じように軽く流す……水の流れる感触はちょっとだけ違う。右足はやっぱりフィルターを噛ましてるような感覚だな。限りなく直に近いけど、それっぽく再現されているだけってのがわかる。ミギちゃんが感じたものが私にも伝わってきているようなもの、だと思うんで、そりゃあ地肌で接してるのとは多少違ってくるのも当然だ。むしろそれにしては充分ダイレクトな感触になっていて大したもんだよ。


 ミギちゃんの頑張りがすごいのか、ミギちゃんと通じ合えている私がすごいのかはよくわからんけど……両方すごいんだってことにしておこうか。そう思っておいて損はないんだし。


「ふーっ。気持ちええ……」


 サービスで用意されているアロマバスも使ってリッチな入浴体験とさせてもらう。いーい香りだぁ。試してみるまではこういうのに懐疑的だったんだけど、効果あるわこれ。普通に入るよりも体がリラックスしてよく温まっていると感じる。それも芯からしっかりとね。毎日毎回ってのはちょっとあれだけど、ここぞっていうときとかたまの贅沢として楽しむぶんにはいいかも。気分が上げられる。


 まー自分でお金出してまでやるかっていうとそこはちと微妙だけども。サービスとしては最高だね、うん。さすがは街一番のホテルかつ最高グレードの部屋。こういう部分も行き届いてくれているおかげでどれだけ私たちが助かっているか。これもホテル選びをしてくれている王城&その知識を頭に入れているバーミンちゃんのおかげよ。頭が上がらねえっす。


 で、夢見心地のまま堪能することしばらく。


「ふいぃぃ……。そろそろ出るか」


 ざばっと勢いを付けて立ち上がり、バスタブから出る。しっかりお湯に体を入れたあとのこの心地良い気怠さ、たまらんわー。心なしかミギちゃんもいつもよりふにゃっとしている気がする。歩き心地に差が出るほどじゃないけどね。あ、私の気持ちよさが伝わってきたから? なるほど、ミギちゃんから私への一方通行ってわけじゃないのね。


 私が精神的に弛緩していると少なからずその影響をミギちゃんも受けるのか……つくづく一体化してるんだなぁと実感するね。体内でエオリグも、あと追加でシズキちゃんから貰ったショーちゃん(の一部)もそうやって「私」っていう一個になっているんだと思うと妙な気分だよ。イヤってことはないけど、ここまであれこれと取り込んでいると自分が本当に自分のままでいられているのか──この先も自分のままでいられるのか、ちょっとだけ怖くなる。ほんのちょっとだけ。


 や、そこまで深刻に悩んでもいないから大丈夫だよミギちゃん。すこーし気になってるってだけ。ほら、なんと言ってもこちとら嫋やかで麗しい女子中学生ですしおすし? 自分とはなんぞやと哲学チックなことを考えたりもするのよ。思春期ってのは誰だってそういうもんっしょ? って、ミギちゃんに訊いたってわかんないよね。ごめんごめん。


 お詫びついでにミギちゃんを一際丁寧にバスタオルで拭いて、うっし。さっぱりしましたわい。風呂上りの一杯(入る前にも飲んだ水の残りだ)をいただきまして……ぷはーっ! んまい! 火照った体に冷たいお水が染みる染みる。大人になったら酒でやってみたいねぇ。


 私ん家は父親も母親もけっこうな酒好きで、とにかく隙あらば飲む人たちだからさ。のんべえってやだね、なんて妹とこそこそ話しながらもちょっとだけ憧れがあったりして。妹のほうはたぶん、本気でお酒も酔っ払いも嫌ってそうだけど。まー酔った父と母のコミュニケーションは若干どころじゃないウザさだからね、それも止む無しだ。


 鬱陶しくはあっても私としちゃそんなに嫌いじゃあないけどね、ああいう二人も。どうせ普段からそこまでしっかりしてるってわけでもないんだからさ。



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