188 自由時間
「時間を調整するっす!」
大きな川を越え、オーガが群生しているおそれがあるという山を迂回し、街をひとつ素通りし、夕方になろうかという時間帯に辿り着いたその街のレストランでとりあえず各々が食べたいメニューを頼んだところ、いきなりバーミンちゃんがそう言い放った。ので、私たちはきょとんとする。
「時間調整?」
「はいっす。今のペースだとアーストンにつく時刻が微妙なんすよね。かっ飛ばせば明日中には到着できるんすけど、それだと昨日がそうだったみたいに街入りは夜の更けだした頃になるっす」
「あー、結局寝るだけになるってことね。早くついてもそれじゃ意味ないね」
「そうなんすよ。幸いにもアーストンのすぐ傍にも街はあるんで、そこを朝一で出てアーストン入りするって形を目指したいっす」
「エルフタウンのときにも同じ調整をしましたね」
「まさにっす!」
我が意を得たりとばかりにバーミンちゃんは頷いた。今日の街入りは昨日よりもだいぶ時間帯として早めだけど、ここから次の街までは遠いものだから移動距離優先で宿泊する場所を一個ずらそうとすると昨日以上に無茶な──夜中に馬車を走らせることでの危険性も高い──走り方をしなくちゃいけない上に、私たちにもろくすっぽ休める時間がない。それでいて、時間を短縮したところでアーストンには夜更けにしか到着しない。
となったらそれはもう、エルフタウンでそうしたみたいに一日の前半にアーストンへ入れるようにしたほうがいい。それなら私たちにも休む余裕ってものが生まれるからね。いいこと尽くめだ。
「食べ終わったら自分は魔術師ギルドへ寄って定期報告をしてくるっす。そこで話す前に皆さんから許可を貰いたくって……この予定でいいっすかね?」
もちろん、と揃って肯定を返せばバーミンちゃんはホッとしたようにする。こうして自分の裁量で旅の進行に影響を与えることにいつもドキドキしてるんだろうな。わかるよ、勇者の旅なんだもの。責任重大だとどうしても気負っちゃうよね。だから勇者当人らから反対意見が上がらなければ安心して、救われた気持ちになるわけだ。
少しのミスもあっちゃいけない。そうプレッシャーを感じながら馬車を走らせ続けるのは大変だろうなぁ。ロードリウスの卑劣な不意打ちで死にかけたのに、なんとそれを謝るくらいなんだもの。被害者が何を謝罪することがあるのか、とあのとき私は呆れたほどだけど。でもバーミンちゃんからすればああやって自分がやられることもミスの内、なんだよね。やっぱ案内人って大変だわ。
バーミンちゃんの苦労をひっそりと偲びつつ……でもやっぱり、ルーキン王が案内人に彼女を選んでくれたのは私たちにとってこの上ない幸いだったとも思う。バーミンちゃん以外が旅の同行者なんてちょっと考えられないもん。と、これまでにも私たちは度々口に出して言っているんだけど、この気持ちの本気度は果たして彼女へどれだけ伝わってくれているんだろーか。
「というわけで、明日の出発は朝一番じゃなくて……そうっすね、正午くらいを目途にしようと思うっす」
「わ~。午前中が丸まる自由時間になるんだ~」
「そういうことっすね。チェックアウトの時間も伸ばしてもらえるみたいなんで、部屋でゆっくりするも良し、お出かけするのも良しっすよ!」
今いる街(名前はティアハらしい)はここら辺の中じゃ最も大きくて施設なんかも充実しているとバーミンちゃんは言う。なーる、それもあってここで過ごす時間を長めに設定したんだ。気遣いの鬼だねバーミンちゃんは。
よーし、その気遣いにこちらも応えようじゃないの。
「じゃあバーミンちゃんも一緒に出かけようよ。どっか面白いスポット探して遊ぼうぜ!」
「お誘いはありがたいっすけど、ごめんなさいっす」
「ありゃ」
あっさりと断られて肩透かしを食らった私に、バーミンちゃんは申し訳なさそうに指と指を突き合わせて言った。
「まだ預けるだけで馬車組合とのお話も済んでないっすし……装具もちゃんとした点検をまたしときたいなって思ってるんで。自分用の買い出しなんかもするつもりっすから、しょーじき明日は時間がないっす」
今日は定期報告だけして早めに休むので、それ以外の全てを明日に回すからには遊ぶ時間がない。ってことらしい。そう言われては食い下がるわけにもいかない。
「じゃあせめて私がそっちに付き合うよ。馬車のことには口出せないけど、買い出しなら荷物持ちくらいにはなれるよ?」
「いや! そんなことさせちゃ自由時間を設ける意味がないっす! せっかくなんすからハルコさんたちは心と体を休めてくだだいっす。それも勇者の務めっすよ」
むう。これまた食い下がりにくい文言を出してくるじゃないの。バーミンちゃんってこういうところの線引きはすごい強固なんだよね。そうわかっているのは私だけじゃない。誰か説得できないかとちょっと顔を見回してみたけど、この線引きモードに入った彼女はテコでも動かせない。そう皆の表情が物語っていたので、私もきっぱりと諦めた。
旅は旅でも試練の旅。あくまで観光旅行とは違うんだから仕方ないわな。
「んじゃ、皆はどうやって過ごす?」
「マーケットもあるようですしコマレも買い出しに行って……そのあとは時間の許す限り、先ほど見かけた図書館で過ごそうかと思います」
「え、図書館?」
「はい。王都の大図書館ほどではありませんが、なかなか立派な建物だったので興味が」
ふへー。せっかくの自由時間に本漬けになろうとは恐ろしい子だ。私もまったく読まないってわけじゃないけど、感想文書かなきゃいけないとか人から勧められたときくらいかなぁ、読書なんて。少なくとも自分から進んで本を手に取ることはないし、娯楽小説以外は勧められたって読まない。
んでもってコマレちゃんが興味を持っているのはおそらくこの世界の歴史書とか学術書とかだろうから私からすればさっぱり理解できない。雲の上の知識欲ですわ。
「私も同行する」
「え、カザリちゃんも?」
まさか他にも本の虫になりたがる人がいるとは、と慄く私にカザリちゃんはクールに言う。
「王都では覗くくらいしかできなかったのが心残りだった」
「わかります!」
ぐわっとコマレちゃんが身を乗り出すようにしていかに大図書館で時間を使えなかったのが惜しいことだったかを力説し始めたので、私は少し呆気に取られている様子のカザリちゃんを放ってナゴミちゃんへ話題をバトンパス。刺激しちゃったカザリちゃんが悪いからね、しょうがないね。
「ナゴミちゃんは何かしたいこととかある?」
「ん~そうだねぇ。せっかくなら食べ歩きとかできたら楽しそうかなぁって思うけど」
「それなら三ブロック先にある歓楽街なんかどうっすかね。軽食なんかもたくさん出されてる通りらしいっすよ」
と、レストランに入る前にティアハの目ぼしいスポットについてチェック済み(もちろん私たちのためにだ)のバーミンちゃんがオススメの行き先を教えてくれた。彼女の紹介なら間違いないだろうってんでナゴミちゃんはそこで決定のようだ。
「私も食べ歩き興味あるなぁ。ご一緒してもいいかい? 良ければシズキちゃんもどう?」
「ウチはもちろんオッケ~」
「わ、わたしも、是非」
「それじゃ決まりね!」
ということで私たちは三手に別れてそれぞれの好きな時間を過ごすことになったのだった。ちなみにコマレちゃんは本に触れることの素晴らしさについてまだ熱弁を振るっていて、料理が運ばれてくるまでカザリちゃんは相槌を打つだけのマシーンと化していた。南無。




