182 あなた自身にしか
私が死にかけていたあのときにシズキちゃんが見聞きしたものを知りたい。っていうだけのことに対して、彼女の反応はすごく大袈裟だった。
少し肩を震わせて、目を泳がせて、見るからにおどおどとしている。まるで捕食者に見つかった小動物。あるいは犯行現場を抑えられた犯罪者みたいな、明らかに怯えの混じった態度だ。……この姿だけで言うならとてもじゃないけどキャンディを情け容赦なく、精神的にも屈辱という戒めを与えた上で──おそらくシズキちゃん自身にそんな真似をした自覚はないんだろうけど──きっちりと始末した人物だとは思えない。
けれどこういうあどけない弱さと、いざってときのビックリするような行動力が共存しているのがシズキちゃんという子だ。それは一緒に旅をすることでよくわかってもいる。だから、彼女が何故こんな反応をするのかっていうのもなんとなくでも察しはつく。
「何か言いにくい出来事があったってことだね」
「う、……は、はい」
粛々とシズキちゃんは首肯し、認めた。やっぱりね。あんな大怪我をしたっていうのにそれが治癒術をかけてもらう前から消えていたなんて普通ならあり得っこない。そんなあり得っこないはずのことが起きたっていうなら、そこにはそれなりの理由ってものがあるはずで……その理由を、シズキちゃんは知っている。その目で実際に確かめている。そう思って間違いないだろう。
もしかしたら私を助けてくれた彼女であってもまったく原因不明である可能性もあるんじゃないか、とも考えていたんだけど。どうやらそうじゃないっぽいね──だったら話も早い。明確に異常が起きているのに誰も何もわかってません、よりは私も気が楽ってもんだ。
どうして言いよどむのか。言いにくいというのが私に由来するものかシズキちゃんに由来するものなのかまでは判じようもないけれど、だからこそ。とにもかくにもゲロってもらわないと私がそのときのことを知る術がないので、ここは是非ともお口のチャックを緩めてほしいねぇ。
「どんな内容だってちゃんと聞くからさ。ね、お願いだよシズキちゃん」
「わ……わかりました。お話、します」
やった。私の真剣さが伝わってくれたか、頷いてくれた。ただ、頼み込まれて不承不承っていうよりも元からどこかのタイミングで話そうとはシズキちゃんも決めていたんじゃないかな。その機会が想定していないときに来たものだからちょっとまごついた、って感じに見える。
話すつもりでいたのは私が聞きたがると予想していたからか。はたまたシズキちゃんのほうが打ち明けなくちゃならないと義務感を背負っていたからか……いずれにしたって考えるのはまずは全部を知ってからだな。
「じゃあ、私たちは行く」
「えっ。一緒に聞いてかないの?」
お弁当を片付けて立ち上がったカザリちゃんの言葉に驚いてそう返せば、彼女はいつも通りの冷静で静かな目を向けてくる。
「昨日、既にシズキから聞いている。ナゴミと別れた後のあなたに何があったのか……知らないのはもうあなただけ」
「そうだったんだ」
ちらりとコマレちゃんを見れば彼女もその通りだとばかりに頷いた。ナゴミちゃんとバーミンちゃんも特に異を唱えないからには、どうやら本当に何も知らないのは私だけらしいぞ。
助けてもらって最初に目が覚めたとき……あの時点ではまだコマレちゃんも大雑把にしかシズキちゃんから説明を受けておらず、何があったかほとんど把握できていない様子だったけど。それから十時間ほどぐっすり眠っている間に皆で情報共有を済ませていたっぽい? まあ、そりゃやるでしょうなと納得しかない。だったら、その共有された情報の中に私に関するものが含まれているのにも納得しかないわな。
そんで、復興のための第一歩を歩もうとしているドワーフタウンのために手伝えることはまだまだたくさんあるわけで。同じ話を二度聞くために働き者の勇者たちをこの場に留まらせておくのは損が過ぎるってものだ。となると確かに皆には一足先に仕事へ戻っていてもらったほうがいいだろう。
「おっけー、私たちも話が終わったらすぐ行くからさ」
「……ハルコ」
「うん?」
私が軽く了承すると、行きかけた足を止めてカザリちゃんはもう一度私のほうを向いた。
「私たちは判断に困った。あなたもそうなると思う。でも、結局のところあなた自身にしか折り合いは付けられない」
「うん……うん?」
「ただ……これ以上あなたにばかり無茶をさせたくない。私たち全員がそう思っているってことだけは、事前に知っておいて」
「わかっ、た?」
静かだけど確かな圧を持った彼女の瞳に、私がわけもわからず首を縦に動かせば、カザリちゃんはそれで満足したのか圧を霧散させて出て行った。続いてコマレちゃんもナゴミちゃんもバーミンちゃんも、部屋をあとにする。最後にこっちへ向けて小さく手を振ったナゴミちゃんに手を振り返し、そして室内には私とシズキちゃんだけが残された。
空っぽの弁当はバーミンちゃんが率先してまとめて、持っていってしまった。ので、さっきまで所せましと物が並んでいたテーブルの上にも置かれているのは飲みかけの使い捨て紙コップがふたつだけ。ぽつねんとしているし、がらんとしている。何故かシズキちゃんが押し黙ってしまっているのも合わさってなんだか空気が重い。さっきまでの賑やかさからの落差がすげえや。
もじもじと手遊びをしているシズキちゃんと向き合えば、彼女はびくっと肩を跳ねさせた。え、なんでそんなリアクション? いくらなんでも大袈裟すぎない? 私はただあそこで何が起こったのかを教えてもらいたいだけなのに……そんなにびくびくしなくちゃいけないくらいのとんでもないことがあったっての? な、なんかこっちまで聞くのが怖くなってきたんですけど。
おほん、と妙な緊張感を打ち払うべく咳払い。
「まーまー落ち着いてよシズキちゃん。別にシズキちゃんが何か悪いことしたってわけでもないんだからさ。そんな怯えなくていいじゃん?」
「い、いえ、その……悪いこと、なのかはわかりませんけど。わたしにも責任のあることだと、思うので」
……ほほう、責任ときましたか。こりゃ思った以上にヤバい話題になりそうだな、とはいい加減に読めてきたけれども。それはそれとして気を楽にしてくれとシズキちゃんへリラックスを促す。
「言ったっしょ、どんな内容でもちゃんと最後まで聞くって。シズキちゃんを責めたりも絶対にしない。死にかけてたところを救ってもらっといてあとからあれやこれやと難癖つけるような恥知らずじゃないつもりだよ、私は」
信じて話してちょうだい、と重ねて頼むと、ようやくシズキちゃんも前向きになってくれたようだった。しっかりと目を合わせて、彼女は意を決したように……まずはクシュベルの中腹、私とキャンディの交戦(と言うのだろうか、あの状況は?)現場に駆け付けた際に目撃したものから話してくれた。
「うわ……そんなことになってたのか私。よく生きてんなぁと思うね我ながら」
や、だいぶ朦朧としていたとはいえ途中まではしっかりと意識もあったから、自分がどれくらい「壊されていたか」はわかっていたつもりだったけど。他者の目線から改めてそれを語られると我がことながらにドン引きしてしまう。キャンディめ、本当に悪辣な奴だよ。そういう行為を嬉々としてやるのが魔族らしさと言えばそうなので、文句付けたってしようもないんだけど。もう死んでるしねあいつ。
「えーと、それでシズキちゃん。そんな瀕死の有り様から私はどうやって傷ひとつない状態になったのかな?」
「それが……その。取り込んだんです」
「取り込んだ?」
言葉の意味がわからずに首を傾げた私に、シズキちゃんは告解でもするみたいな表情で頷いた。




