181 じゃあもう考えるのは
◇◇◇
「──っていうことが、あったんです。キャンディの言うことだし、あまり気にし過ぎないようにしていたんです、けど……考えてみると、あの予言はハルコさんの疑問とも重なっているように思えて」
こうやって皆に伝えずにはいられなくなった、ってわけだ。そっかぁ、と同感を示して頷きながらも、私としてはしょーじきキャンディがいやーな予言を残した前半部よりも、そんなキャンディを一種の悟りをもってめちゃくちゃ淡泊に……花の剪定や、あるいは有害な虫を見つけて取り除くみたいな処理感で始末した。それをまさかのシズキちゃんがやったっていう後半部にこそ、思い切り気を取られてしまっているんだけども。
い、いやいや。シズキちゃんは彼女自身がそう言ったようにやらなきゃいけないことをやっただけだ。その手段が思いの外に苛烈で、思想においてもちょーっとだけ「キまってる」感が出ているとしても、それは勇者としての責任感からくるものだ。魔族との共存は不可能だって私もよくわかっている。シズキちゃんも同じ結論に達して、より覚悟を強めた。つまりは精神的に成長したってことなんだから慄いている場合じゃない。
特に私は仇を討ってもらったというか、敗北をチャラにしてもらってる立場なんだからなおさらだ。
「シズキさんとしてもキャンディの言葉に嘘はないように感じた、ということですよね?」
「は、はい。もちろん、わたしたちを勝利の余韻に浸らせたくない、みたいな負け惜しみの気配もありはしましたけど……言葉自体は口からの出まかせではなく、何かしら彼女の中で確固とした根拠があるような、そんな気がしたんです」
コマレちゃんの念の入った確認に、シズキちゃんは細部を補強しつつイエスを返した。そうなると又聞きでしかない私たちとしてもキャンディの遺言を単なるホラだとか与太話だと流してしまうわけにもいかない。
「でも倒されといて『後悔するわ』って言われてもなー。どんな根拠があればそんなセリフが出んの?」
字面だけで判じるならそれこそ負け犬の遠吠えとしか思えない意味不明な言い分だよね。コマレちゃんもそう思っているんだろう、「ですね」と同意してから彼女はぶつぶつと、誰かに話しているというよりも独り言みたいに呟き出した。
「言葉通りに受け取るのだとしたら四災将という強力な手駒の欠落が魔族軍にとって、もしくは魔王にとって不利に働かない。いえ、本当に額面通りに解するのであればかえってそれが『有利に働く』ということに……? でもそれは」
「それはおかしいよね~。だって実際に魔族の戦力は減ってるんだもん。それでどうして有利になるのー?」
ナゴミちゃんの素朴ながら核心に迫る問いに、コマレちゃんはうむむと唸るばかりで答えられない。代わりに口を開いたのはカザリちゃんだった。
「ハルコの勘を元にするなら……魔王は積極的に攻めながらもその失敗を織り込んでいる。要は望んで私たちに『四災将を倒させようとしている』とも言える。キャンディの発言はそれを裏付けるものにも私には聞こえた」
カザリちゃんの意見は全員の総意でもあった。魔族が、というか魔王やザリークが大陸魔法陣の解術以外にも何かを企んでいそうだってのは確定的。そうでないとこんな妙な戦力の使い潰しはしない。かつての戦略のせの字も作戦のさの字もなかったような歴代魔王であればともかく、アンちゃんはそんな考えなしの愚将ではない、はずだ。
であるとするなら……そう、そこで結局は問いに帰ってくる。「なぜ?」だ。自軍の戦力を、それも四災将っていうとびきりに強い駒を盤面から落としていっていったいどんな有利が魔族にあるというのか。それがまったくもって見当もつかないんだから話がこれ以上前に進まない。
「バーミンちゃんは何か知らない? 過去の魔王期で同じようなこと……魔族側の戦力が減って逆にマズい事態になった、みたいな出来事とかを」
こちらの世界の住民であり、勇者の案内人として相当量の知識をその小顔の頭の中に詰め込んでいるバーミンちゃんだ。この奇妙な違和感の答えないしはそれに辿り着くための手掛かりとなるような何かしらについて存じているんじゃないかと淡い期待をかけて訊いてみたんだけど。
「す、すみませんっす。自分は寡聞にしてそういう事例を知らないっす……ただ、自分以外の誰に訊いてもたぶん同じ返答になると思うっすよ」
控え目な言い方ではあるがしっかりとしたその主張に、これまたコマレちゃんが、そして私もうむむと唸るしかなかった。バーミンちゃんの言うことももっともで、そんな特殊かつ要注意な事例が過去にもあったとしたら、私たちは勇者としてとっくにそれを知らされていなければおかしいからだ。
仮にその特殊性故に一般には隠された情報なんだとしても、ルーキン王を始めとした王城の人たちや、最も魔族・魔王期について詳しいとまで言われているエルフタウンの長老のルールスさんたちが知らないはずはなく──てか彼らにまで隠されているなら隠しているやつはどこのどいつなんだって話になるからね──そしてその事実を私たちに明かさない理由がない。ということはつまりそんな事実は過去に「存在していない」っていうのが妥当な結論ってもので。
バーミンちゃんの言う通り、きっと他の誰にどれだけ質問を重ねようと違和感の正体……魔王の企みについて当たりをつけられるような答えをくれる人はいないんだろうな。
「そうなるともうどうしようもないですね……」
コマレちゃんの総括は悲壮なものだったが、それはずばり的を射たものでもあったために皆して黙り込むことになった。私たちにとっての辞書であるバーミンちゃんも頭脳であるコマレちゃんも何も言えることがないというのであれば、もう本当にどうしようもない。ってことで、ぱしんと膝を叩いて私は言った。
「じゃあもう考えるのは一旦やめよっか!」
「え!? やめちゃっていいんですか?」
「だってここでいくら頭を捻ったってアンちゃんが何を考えてるのかなんてわかりっこなさそうだしさ」
それに魔族軍の動きが妙だっていうのはとっくにバロッサさんを筆頭にルーキン王もルールスさんも、こぞって有識者たちが気にして気にかけている部分でもある。大局的な頭脳は彼らであって、私たちは基本、彼らが下した方針に沿って動くだけだ。魔族軍が何を仕掛けてこようとそれに答えを出すのは結局のところ勇者ではなく連合国なんだから、私たちがすべきは──どういう事態になろうと全力を尽くせるように。アンちゃんやザリークが何を仕出かそうともそれをぶっ飛ばせるように心構えをして、力を蓄えておくことだろう。
という旨のことを一同に伝えて。
「ってことでさ。私から振っといてなんだけど、この話は終わりにしようぜ。進展があったらまた考え直そうよ」
「……そうするしかない、ですかね。確かにこれ以上膝を付き合わせて悩んだところで新たな発見や発想はなさそうですしね」
お互いを見合いながら頷き合う。とりあえずは「保留」ってことで決が採れたようだ。それはいいんだけど……実は私にはもうひとつ早いとこ確かめておきたい謎があったので、今度はその話をさせてもらおう。
「シズキちゃん、ちょっといい」
「は、はい。なんですか?」
なんだかおっかなびっくりといった様子で応じるシズキちゃんにちょっとマジな感じを出し過ぎていたかと反省し、なるべく柔らかい笑みを意識しながら私は続けてこう言ってみた。
「キャンディから私を助けてくれたときのことなんだけど。そこでシズキちゃんが見たものについて、なるべく正確に教えてほしいんだ」




