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180 最後の言葉

 よく陽が入ってきていて明るいはずの室内は、私たちの思考の煮詰まりが可視化されたみたいに今は陰っている。そんな雰囲気の中でやや唐突に挙手して発言したシズキちゃんのそれは空気を入れ替える新しい風に他ならない。答えの出ない疑問に頭を捻り続けることに疲れ始めていた私は一も二もなくそれに飛びついた。


「なになにシズキちゃん、気になることって?」

「その、ハルコさんの疑問に関係するかは、わからないんですけど……キャンディが最後に言っていたことが、なんだか」


 元々お話しようと思っていたんです、と遠慮がちに皆を見回しながら言うシズキちゃんからは、自分なんかが話し合いの場の時間を使っちゃっていいものかという自虐的な自重を感じる。挙手もたぶん、相当に思い切ってのことだったんだろうな。


「いいんですよシズキさん、どんな小さなことでも気にかかったんなら言ってみてください。そういうものは逐一全員で共有するほうが間違いもおきませんから」

「そーそー、もっと気軽に話してくれていいんだよ~?」

「ハルコを見習うといい。山も落ちも意味もない話をいつもしている」

「ちょいちょい。そこで私に飛び火させる理由は何よ。てか山も落ちも意味もなくないっての。軽快でウィットに富んだジョークで皆を楽しませてるんでしょうが」

「やっぱり見習わなくていい。シズキは自分のペースで話せばいい。私たちはいくらでも聞くから」


 うごぉ、私ってば励ましのためのダシにされとる。シズキちゃんのためだってんならそんなのぜんぜん嫌じゃないし否やもないけど、ちょーっといい加減カザリちゃんは私への対応を考えてくれてもよくないか。これだけ一緒にいて色んな経験もしてきて、出会った当初よりもかなり親しくなれたっていう自負もあるのに、一向におざなりな扱いが改善されない。というよりむしろますますひどくなっている気がしないでもない。


 これはどういうことなんだ……ひょっとしてカザリちゃん、仲良くなると逆に雑になるタイプ? 釣った魚にエサはやらない的な? いやでも、他の三人に対しては割と普通に打ち解けている感じだよね。バーミンちゃんにも優しい。毒舌と冷めた目が向けられているのは常に私だけだ。……ある意味特別扱いされてるってことで、それも考えようによっては悪くないかもね。


 なんていうネガポジが入れ替わる思考展開を辿っている間に、皆の温かい言葉に勇気を貰ったかシズキちゃんも話す決心がついたようで。


「──キャンディのこと、なんですけど。最後に妙なことを、わたしに言ってきたので。それがずっと気になっていて」

「キャンディ? あいつがなんて? どういう状況でのこと?」


 私が負けてしまって、しかも手酷く痛めつけられた憎い相手の名が出たものだからつい勢い込んで訊ねてしまう。それにシズキちゃんはちょっとあわあわしながらも。


「は、はい。あのときわたしは──」


 そう昨日のことを振り返って話してくれた。



◇◇◇



「最後に、言い残すことはありますか」


 あとはひと息にショーちゃんを圧縮させるだけ。それだけでその内部に捕らわれているキャンディも同様に圧縮され、逃れようのない死に至る。もはや復活の手段もないキャンディはいよいよ自身の終わりを前にして、しかし義務のように「最後の言葉」を残すための時間を寄越した少女へと。自身を終わらせる者へと、口の端を高く吊り上げて言った。


「──私やイレイズを、四災将を全員倒せたからっていい気にならないほうがいいわよ。いいえ、むしろ遠からずして私たちを倒してしまったのを後悔することになるわ」

「それは……どういう意味ですか」


 どういう意味か? と、無知な子どもの台詞を繰り返してキャンディはせせら笑う。


「どうも何も。言った通りそのままの意味だけど? なんなら予言をしてあげましょうか」

「予言?」

「あなたたち勇者は恐怖と絶望に塗れて死ぬ」

「…………」


 シズキは黙り、じっとショーちゃんの隙間から覗くキャンディの目を見る。その琥珀のような瞳にも、弧を描いている唇にも、みっともなさはなかった。敗者の戯言でもなければ負け犬の遠吠えでもない。キャンディは事実を言っている。「そうなる」と知っている未来を語っているだけだと、悪辣を絵に描いたような表情が物語っていた。


「精々と楽しみにしているがいいわ。魔王様は必ず野望を果たす。今度こそ勝利するのよ、私たち魔族が」

「だとしても、その未来にあなたはいない」


「ええそうね。私たち四災将は道半ばで斃れた。勇者に敗れてね……選ばれておきながらこの体たらく、恥じる思いもありはするけれど。でも私は好きに生きて好きに死ぬだけ。イレイズの仇を討てなかったこと以外に心残りはないわ。たとえ魔王様が支配する世界に私やイレイズがいなくたって構わないのよ」


 死なんてどうせ遅かれ早かれですもの、と。

 そう宣うのも決して強がりではなかった。自らの死をどうとも思っていない。何も怖がっていない。それどころか、今日こうして勝ってしまったことで、この先で更に苦しむ勇者や人類を侮蔑と共に憐れむ余裕さえ、キャンディにはある。


 自分の掌の上にある命。そこらの虫けらと変わらない状態でいながら、その毒々しさ。禍々しい在り方に、シズキは初めてキャンディに対して殺意以外の感情を抱いた。


「かわいそう、です」

「──は?」


「なんでそんな簡単に、人を傷付けられるんだろうって。殺せてしまえるんだろうって、ずっと不思議だったんです。でもようやくわかりました。あなたたち魔族は自分が死んでも平気だから、殺しても平気なんですね。自分自身に殺されて当然の価値しか見出せていないから、他人にも価値を見出せない。魔族はそういう生き物なんですね」


「はあ? お前は──」

「ありがとうございます」


 もう「最後の言葉」は聞き終わった。ということなのだろう。シズキは指示を下してショーちゃんを動かし、何か言いかけたキャンディの口を完全に塞いだ。もごもごとそれでもキャンディは無理矢理に喋ろうとしているが、シズキに取り合う気はないようだった。


「わたしにも罪悪感はありました。あなたたち魔族がどんなに残酷で、恐ろしいことをする種族だとしても、殺してしまうのはやっぱり嫌だった」


 ロードリウスの部下の一人。その命を終わらせたのはショーちゃんであり、シズキが直接に手を下したわけではないが、感触はちゃんと残っている。ショーちゃん越しに一個の生命を奪った確かな触感が、今もまだ。きっといつまでも残る。ここでキャンディを殺せばその手応えも長く長く残り続けるのだろう──けれど、シズキはもうそれを拒絶しない。しなくて済むように、キャンディがしてくれた。


「他人も自分も思いやれない、全てを傷付けることしかできない呪われた種族が魔族なら──わたしはそんなあなたたちの在り方を否定しません。そうする権利なんてわたしにはない。それに、否定したって何かが変わるわけでもない」


 ですけど、と聞こえはしないが未だに反駁を続けているらしいキャンディに、シズキは心から憐憫の情を向けて言った。


「認めもしません。あなたたちは、いてはいけない存在だと思うから。わたしは、勇者として。喜んであなたたちを倒します。呪われた命を終わらせてあげる。それがわたしにできることで、やらなくちゃいけないことならば」

「ッッ……!!」


 よりにもよって同情・・によって殺されようとしている。今後の苦難を憐れんでやったかと思えば、更にその上から憐れみ返された。シズキがまったくの本心から、善意から自分を「終わらせてあげる」つもりだとよくよく伝わってきただけに、キャンディは途方もない屈辱と、ハルコへ向けたそれにも劣らないだけの怒りを抱いた。


 が、抱いただけだ。それらごと握り潰されるようにショーちゃんが縮まる。問答無用でキャンディを圧し潰していく。


「さようなら、です」


 律義な、さっぱりとした別れの言葉。なんの特別さもない、事務的な送り言葉。こんなものが自分が最後に聞くものなんて、と。キャンディが終わる一瞬に考えたのは案外とただの人間みたいに凡庸なものだった。


 ──拳大にまで小さくなったショーちゃんが、シズキの前でころりと転がった。



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