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18 来ちゃった

 御車? 荷馬車? どう呼ぶのが正しいのかわからないけど、とにかく馬で荷物を引いてきた男性。と、その横に引っ付いている子ども。


 バロッサさんが呼んだ配達員とそのお子さんかな? 

 私は見たままにそう思ったんだけど、当のバロッサさんは近づいてきた彼らに開口一番、声を上げて訊ねた。


「レイク! その坊やはどちらさんだい」


 その声音は少し硬い。普段のバロッサさんを知っているからわかるけど、今の彼女は警戒している。初対面時にシズキちゃんを捕まえたあの時の雰囲気に近い。


 レイクさんが以前から付き合いのある人なら、私たちと同様にバロッサさんの警戒を感じ取れるはずだけど。でもレイクさんは何も返さない。馬を停めてそのまま動かなくなった。視線は前を向いているが、こちらを見ているようではなかった。


 なんとなく不気味なその様子に私たちが困惑していると、レイクさんの横の子どもが「よっと」と御者席から降りた。軽い声に軽やかな着地。この場に流れる奇妙な空気感に似つかわしくない男の子の態度は、なんだか非常に浮いていて、だからこそ私にはこう思えた。


 原因はこの子だ、と。


「あんた、レイクに何をした」


 少しどころではない硬質な口調。バロッサさんははっきりとこの少年を良くない存在だと見做したらしい。それによって自ずと私たちの緊張も高まる。


 この子、敵か? 魔王関係? それとも魔術を悪いことに使う悪人? そういう輩も決して少なくはないとバロッサさんから聞かされている。だから彼女もログハウスにセキュリティを設けているんだ。どっちか判別するには、観察するしかない。


 魔王の手下なら魔族だ。そしてバロッサさん曰く魔族は外見に魔物めいた特徴を持つんだとか──私は少年を上から下までじっくりと眺める。

 顔付きや体型に変な部分はなし。黒い角や尻尾が生えてたりもしない。唯一、襟の高い袖口が丸まったシャツとダボダボの膨らんだパンツという、まるでピエロの恰好をもう少し普段着らしくしたような服装だけは変だけど、それ以外に目を引く部分は見つからない。


 つまり、ただの子ども? 

 ただの子どもが配達員のレイクさんに何か悪さをしたってこと?


「ふふ、何もしてないよ。彼はいつも通りの行動を取っているだけ。そしてボクはそれに同乗させてもらっただけさ。おかしなことは何も起きてない。そうだろう?」

「舐めんじゃないよ。術で操られた人間の面を見間違うとでも思ってんのかい。すぐにレイクにかけた術を解きな。でないと──」

「──痛い目に遭わせる? いや、いや。それはボクのセリフなんだよね」


 ぬめっ、と。いきなり全身を包んだ気持ち悪さの正体が一瞬わからなかった私だが、直後に気付く。


 これは魔力の反応。この少年から立ち昇る魔力が、この場に満ちたのだ。

 そう理解すると同時にバロッサさんの手元から何かが撃ち出された。


「あは。甘いね」

「っ!」


 飛んでいったのは風の刃。かまいたちってやつ? とにかく切れ味鋭そうな三日月状のそれが直撃したにもかかわらずピエロ少年は傷を負うことなく笑うばかり。これは、さっきナゴミちゃんがやったみたいに、身に纏っている魔力だけでバロッサさんの攻撃が完全に防がれてしまったってことか。


 歯噛みしながらもバロッサさんはおそらく追撃を放とうとしたんだろう。それに合わせるようにカザリちゃんとコマレちゃんも術を使おうとしている様子だったけれど、そこでピエロ少年の体から別たれるように影が二体・・出現したことでバロッサさんは攻撃を中断。素早く手をやってカザリちゃんたちにもそうするように促した。


「おっと賢明。ボクの術を知るわけでもあるまいに、油断ならないおばあちゃんだね。でも、その賢明さが必ずしも正しさに通じるとは限らない」


 揺らめく影が形を取っていく。ぼやけた輪郭がすぐにくっきりとした線に変わり、あっという間にそれは二人の男性になった。彼らはどちらもちょっと……いやだいぶ肌色が悪くて、まるで血が通っていないみたいに見えるけど。


 ってか何これ? これも魔術?


「なんだいこりゃあ……」


 わ、魔術に精通しているバロッサさんも驚いている。てことはそれだけ、ピエロ少年が珍しい、またはとんでもない術を使ってるってことか。なんかそれってイヤな予感がバリバリなんだけど。


「小僧、あんたはいったい」

「挨拶が欲しいかい?」


 なんて、呑気に考えてた私の背筋を貫く怖気。影男二体とピエロ少年から魔力が吹き荒れる──ぎょっとして身構えた私の周囲からも同じ反応。この場の全員が魔力を全開にしている! 私以外!


 撃音が響く。閃光と爆発。舞い上がる土埃に術の残滓と思われる色とりどりの何か。私も皆を真似して魔力による防御態勢を取っているが、取っているだけだ。他に何もできねえ! 何が起きてるかもしょーじきわかんにゃい。こんなの糸でどうにもならんでしょ。


「うわっ?」


 急に体が浮き上がって、そして衝撃。ミキサーにかけられたみたいな激しい揺れを味わいながら吹っ飛ばされる。そしてログハウスのそれと思われる木製の壁をぶち破って室内を転がった。


 うぐぐ、これは死ねる……ってあれ? ぜんぜん痛くない。アクション映画さながらのアクシデントに見舞われながらも、私はその主人公のように簡単に立ち上がることができた。


「無事かい、ハルコ!」

「バロッサさん! これ、ひょっとしてバロッサさんが?」


 自分に何が起きているかを知るのに精一杯で気付かなかったが、どうやらバロッサさんも一緒にログハウスへ突っ込んでいたらしい。私の無事を確かめながら彼女は頷いた。


「ああ、風であんたも運んだ。だが──っ、来るよ」


 言われてバロッサさんの視線を追えば、半端に残った壁の一部を蹴り壊しながらピエロ少年が入ってきた。教室の扉を蹴破る気合の入ったヤンキーさながらのエントリーの仕方だ。見かけで言えば可愛らしい部類に入る子どもがそんなことをして様になっているんだからますます不気味だ。


 ニタニタとピエロ少年は笑っている。


「やるもんだね。おばあちゃんってアレでしょ、いつの時代にも一人はいるっていう勇者の指南役。流石だよ、そんな非力・・でよく食らいつく」

「お褒めに預かり光栄だ……ついでにどうだい、いい加減にあんたが何者かってのも明かしてくれると嬉しいんだが」

「うーん……ま、別にいいか。お察しの通りだろうけどボクは魔族。魔王様に忠誠を誓う戦士の一人さ。なんて言っても、ボクは戦うのとか好きじゃないんだけど」


 げえっ、魔族! サイコな子どもが押し込み強盗でもしにきたのかと思いきや、こいつガチの敵じゃん! そんなのに襲撃されてるとかヤバい状況じゃん、今!


 ていうか他の皆はどうしてるんだろう? さっきから断続的に遠くから音や地響きがしているみたいだけど、これはひょっとしなくてもあれか。コマレちゃんたちはあの影男と森のどこかで戦闘中なのかしら。

 うむむ、アレもなんかヤバそうな感じではあったけど、その生みの親っぽいピエロ少年と向かい合ってる私と皆、どっちがより危険なんだろう?


「魔族。この目で実物を拝むのは初めてだが……随分とふざけてくれるね。勇者に襲撃をかけといて戦うのが好きじゃないだって?」

「嘘じゃないよ。ボクは前線に立つタイプじゃないんだ。でも勇者とは是非ともお見知りおきになりたくってね、海越え山越え無理矢理来ちゃった。だから苦手でもなんでもこうして頑張ってるってわけ」


 なのにさー、と大袈裟な仕草で肩をすくめてピエロ少年は。


「日にちはズレてるわ既にやたらと人数がいるわで大混乱だよ。ボクなんか悪いことしたかな? してるか、誰も賛同してくれなかったんだもんな」

「日にちのズレ……? まさかあんた、勇者がいつ現れるか『知っていた』ってのかい。魔王復活の時期は魔族だろうと知れないはずだろう。それとも……」

「あーそう解釈するか。でも残念、てんで的外れとだけ言っておこう。それでおばあちゃん。今代の勇者様はその子ってことでいいのかな?」


 ピエロ少年の薄暗い瞳が、初めて私へと向けられた。



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