179 非合理に、非効率的に
「っていうのが私的にはどーしても気になったんだけどさ。皆はどう思う?」
たっぷり眠ったあとってこともあって、そんでもってあんな話をしたのも合わさってすっかり目が冴えた私は寝床に戻らずにバーミンちゃんと共に夜を明かし──バーミンちゃんには眠ってくれと伝えたんだけど「そうはいかないっす」とにべもなく断られてしまった──軽作業を手伝い、朝が来てからは本格的に瓦礫の撤去に精を出した。
私と同じくナゴミちゃんも瓦礫の撤去を、シズキちゃんは倒壊しかけている建物の解体を、カザリちゃんは術で邪魔な物や大きすぎる物を壊す作業を、コマレちゃんは患者たちの容態を確かめながらより怪我の大きい人から順に治癒をかけて回って、という具合に各々が昨日もやっていたお仕事の続きに従事した。
そして今は昼休憩の時間だ。他の人たちも仕出し弁当を炊き出し班から貰っているけど、私たちには勇者用に特別に作られた幕の内みたいな弁当が配られ、食べる場所も個室が用意された。街が大変なときにこんな配慮をされるのは心苦しくもあるけど、ドワーフの皆さんが善意100パーセントで外様の私たちを気遣ってくれているのがよくわかるだけに断れもせず、私たちは粛々と豪勢なお弁当を綺麗な部屋でいただくことにした。
ちな、勇者と同じ扱いを受けるのを断固誇示しようとしたバーミンちゃんにそれを許さず強引に同室させてもいる。食べている物ももちろん同じ物だ。
で、冒頭の質問に戻る。箸を動かしながらざっと昨晩バーミンちゃんと話した内容を聞かせて、それぞれの所見を求めてみた。四人はうーむとしばらく考え込んでいたけど、やはりこういう場面で最初に口を開くのは。
「コマレも、ハルコさんと同意見ですね。昨日は考える余裕もありませんでしたが確かにこの襲撃は色々とおかしい。ドワーフタウンという戦力増強の要所を抑えることも、勇者に四災将を差し向けることも、魔族側からすれば行なって当然ではありますが……そのやり方が如何にも拙い」
「やっぱそう思うよね。落としたい街にちょうど勇者もいるってなると、襲撃かければ一石二鳥だって風にも見えるかもだけど。でも魔族にだって『勇者』ってのは最大の標的かつ難敵なわけでしょ? 街を落とすついでで狙えるもんかなって不思議なんだよなー」
これが別に、魔族側が勇者に対して特に何も思っていないってんなら納得もできるんだけどさ。でもそうじゃないからね。忘れちゃいけないけど魔族軍はこれまで負け続きなのだ。一度も人類に勝ったことがない。その侵攻を成功させたことが、つまりは連合国が守る第三大陸を手中にできた試しがない。ずーっと煮え湯を飲まされ続けている。その原因が何かと言えば、一番大きいのは取りも直さず勇者の存在だ。
慈母の女神と呼ばれる『魔族から世界を守る』神様……なんていうものが遣わせる言わば対魔族特効兵器が私たちであり、歴代の勇者たちだ。彼らは全員その役目をきっちりと果たしてきている。誰も魔族に負けず、魔王を討ち、世界に平和を取り戻してきている──そのぶんだけ魔族たちは敗北を味わってきているわけだ。その苦渋によって、いくら魔族がとんでもない自信家の集まりだったとしても、勇者っていう肩書きに対してだけは自信ばかりを溢れさせるわけにもいかないだろう。
だからザリークだって勇者が複数いると知って心底ビビったんだろうし、四災将だって侮らずに私たちへ挑んできたんだろうし……あのアンちゃんだって私たち全員を一遍に相手取ろうとはしなかった。
本当にただ傲慢で暴れること以外頭にないようであれば、あのときアンちゃんは嬉々としてコマレちゃんたちの到着を待ったはずだ。ところが反対に、もうすぐ勇者一行がワイバーン退治から戻ってくると知ってアンちゃんは早過ぎるほどに早い撤退の判断を下した。私のこともロウジアのことも捨て置いて、背を向けた。一対一を邪魔されて気持ちが萎えた、的なことをアンちゃんは言っていたけど……そして戦った彼女の印象からするとそれも決して嘘ではないんだろうけど、でもそれだけが理由じゃないと私は思っている。
あの判断は真っ当な危機管理に基づいたものであり、アンちゃんはとても冷静に行動していた。それは人里に魔王その人が単独潜入するというとんでもない行為とは結び付かない特徴のようでもあるが、だけど違う。そもそもアンちゃんが目的を果たせなかったのは偶然私たちがロウジアを訪れたから。そしてロウジアを訪れた理由は女神がそこを試練の地に選んでいたからであり──つまりは女神によって魔王の企みは阻止された形である。
アンちゃんもそれがわかっていた。わかっていたけど、物分かりよく諦めるのも癪だとでも思ったんだろう。あるいは、女神が限りなく直接的に手を伸ばしてきたことで自分の企み、即ち大陸魔法陣の無力化に近づいているという確信と手応えを持ってむしろ勢いづいたか。とにもかくにも勇者がワイバーンにかかずらっている間にやるだけやってしまおうと試してみて……そして案の定、出かけたはずの勇者の一人に邪魔された。
それならそれでと腕試しに及んだっていうのが、あのバトルだったわけだ。だから本格的に勇者パーティとの戦闘が見えてきた時点で迷わず撤退したんだな。そこまで行くとさすがにリスクが大きくなり過ぎる。まだ力をてんで取り戻していないからには自らの死も考慮に入れなくてはいけなくなってくる。思い切りだけじゃなく、そうやって危険を回避するだけの合理的な思考だってアンちゃんにはできる。
……そんな冷静で合理的な判断を下せる者がどうして四災将を大切に扱わないのか。もっと言うなら、なんでこんな「勿体ない使い方」をしているのか。そこが疑問の根幹だ。
「ん~と。じゃあハルっちはもしかして、魔王がわざと部下を非合理に、非効率的に使っているって思ってるの?」
「仮にそうだとして、そんなことをする理由は何」
「そこがハッキリしてるならこうやってうんうん唸ってないって」
私だって何かしらの確証があってこんなことを言っているんじゃあないからね。ただの勘であり、感覚の話だ。自分でもあやふやなものだし、何よりナゴミちゃんとカザリちゃんが懐疑的なように、言っている私からしてもなんでアンちゃんがそんなことをするのかまったく意味がわからない、意図が読めないものだから余計に議論もあやふやになる。
そしてこれは直にアンちゃんと対峙していない私以外にとってはもっとずっと理解が難しいだろうな、というのもわかっているので……まー訝しがられるのは承知の上でもあったよ。
「ロウジアの一件だけじゃなく、スタンギルにエルフタウンを潰させようとするのも、キャンディ・イレイズ姉妹にドワーフタウンを潰させようとするのも、ロードリウスに勇者を潰させようとするのも。全部成功させるつもりではあったと思うんだ──でも失敗を忌避してはいない、っていうか。上手くいかないのも織り込み済みで事を進ませているって気がするんだよね」
「違和感の主たるものはそこですね、失敗続きの魔族から感じる『痛くも痒くもない』感ですよ。ただ、失敗しかしていないからには実際のところ何も事は進んでいないはずなんです。なのにどうして魔王はこんな攻め方しかしないんでしょう……ハルコさんの言う通り同時多発的に襲撃すればどれかは確実に、あるいは相乗効果で全てが成功してもおかしくないのに」
せっかく「百日の猶予」を繰り上げて行動を起こしているのだから。そしてこれまでの魔王と違って部下たちを少なからず組織的に動かす能があるんだったら、そうしない理由がない。なのに魔王が、その参謀役のザリークがそういう手に出ないのはいったい何故か。そこがちっとも見えてこないんだよなぁ。
「あ、あの……わたしも、気になることがあって」
と、小さく挙手をしながらシズキちゃんが言った。




