178 出会うペースも倒すペースも
「ハルコさん?」
渋い顔をしちゃってたんだろうな。笑みから一転して怪訝な、心配そうな顔付きになってバーミンちゃんがこちらを覗き込んでくる。
「どうしたんすか? 魔族の幹部を全員倒せたのが、嬉しくないんすか?」
「んーと……それ自体はもちろん嬉しいんだけどね」
四災将たちは誰もが超のつく強敵だった。出くわすたんびに大変な目に遭わされたし、四人全員に一度は死を覚悟するレベルのやられ方をしてる。それでよく生きているなと自分でも思うし、そんなヤバい連中を倒せたこと。他の人が私と同じような目に遭わずに済むってことは、単純に喜ばしくて誇らしい。ハッキリ言って勇者としては半端者もいいところの私が唯一自慢できる功績かもしれない。なんたって四災将の半分は私がトドメを刺してもいるんだからさ。
だからまあ、その点に関してはいいんだけど。
「何か別のところに引っ掛かりでもあるんすか」
「そう。バーミンちゃんも言ったじゃん? こんな早く全滅させるのはすごいってさ」
「え、そうっすね。そう言ったっすけど……」
それがどうしたのか、とばかりに小首を傾げる彼女に、私は少しだけ顔を寄せて続ける。
「やっぱ早いんだよね? 出会うペースも倒すペースも。これまでの魔王期はこうじゃなかったんでしょ?」
「それも、そうっすね。そもそも魔王の復活からまだ五十日くらいじゃないっすか。魔王期の始まり、つまり魔族が連合国への侵攻を始めるのは復活から百日が経過してから。所謂『百日の猶予』が過ぎてからっすから……この段階で魔族どころか四災将と遭遇していることがまずこれまでの例にはなかったことっす」
私は頷く。バーミンちゃんが今言った内容は既に私も知っている。バロッサさんからも聞いていたことだし、試練の旅路で訪れた各地で聞かされてきたものでもある。百日の猶予が「ない」という、異例も異例の今回の魔王期。その異例っぷりはザリークとの接触から始まり、魔王との遭遇で加速し、果てには四災将の早期全滅という……私たち人類側からすれば幸いの、魔族側からすれば歓迎できない戦局の傾きにまで到達した。
異例すぎるし、異常すぎる。そう思う。この展開の速さ、これまでとはまったく違う流れには何かしら、人類側にとっても良くないものが内包されている……ような気がしてならないんだけど、これは私の考え過ぎなんだろうか。
──いや、そうじゃない。まずもって歴代は必ず一人だった勇者が今回に限って五人もいるっていうのもそうだし、魔王の採択が過去の魔王たちとてんで一致しないってのも、異常を表している。普通じゃない。怪しい匂いがぷんぷんとしまくっている。こんだけおかしな事態が立て続けに起こっているんだから考え過ぎだの気のせいだの疑問を投げ捨てちゃいかんでしょう。
「この襲撃だってそうだよ。こんな大人数で固まって魔族が一箇所を襲ったことなんて今まではなかったんでしょ?」
「そ、そうっすね。魔族は傲慢で個人主義。連れ立って現れることがまず相当に珍しくて、数少ない例外でも人数としては多くて三、四人程度のはずっす」
前回の魔王期では、なんと王都に乗り込んできた三人の魔族が大暴れをしている最中に四天王の一人までやってきてそれはもうしっちゃかめっちゃかなことになったんだとか。どうやら一般魔族と四天王はそれぞれ別口でありたまたま襲撃のタイミングが被っただけだったみたいだけど、なんにせよこの『三、四人』がこれまでの魔王期における魔族集団の最大数だったわけだ。
私たち勇者五人にも満たないたったそれだけの数が最高だったのに、それを今日で百十三人に大幅更新だ。いやもうこれは更新どころの騒ぎじゃない。まったく別の記録の話をしているみたいなもんだ。それだけ魔族の動きが以前とは異なっている。やり口が別物みたいに変わってきているってことになる……そこに私はどうもイヤな感触を覚えてならないんだよな。
「言われてみれば、ここまで過去との差があると怖くはあるっすね。自分はそれを単に今代の魔王の気質というか性質というか、方針の違いからくるものだとしか思ってなかったんすけど。ハルコさんはもっと深刻に捉えているってことっすか」
「そう……なんだけど、何がどう具体的にマズいのか言葉で説明は難しいな。本当に感覚的なものでしかないからさ。ただ、この不気味さは私たちが試練の度に出発する時点でも、バロッサさんやルーキン王は感じていた様子だったよ」
「国王様が」
孤児院時代からの付き合いがあり、独り立ちしてからも何かと目をかけられているバーミンちゃんはルーキン王に多大な恩と尊敬を抱いている。そんな彼が真剣に憂いていることだと思うとますますバーミンちゃんも事を深刻に考えずにはいられなくなったんだろう。少し口を噤んで考えるようにしてから「でも」と、なるべく明るい調子を崩さないようにしているのがよくわかる態度で彼女は言った。
「それでもこうやって若人以上の魔族と四災将二人を討伐できたのは、大戦果っすよね? これで残す強敵は魔王と、そのお付きか何かと思われるザリークっていう魔族だけなんすもんね」
「まあ、今判明している情報からするとそうなるのかな。でもなぁ、この順調な倒されぶりをアンちゃん──魔王が許容しているのかってとこも気になるんだよね」
なんたって幹部の全滅は重い。これをアンちゃんがまったく歓迎していない、向こうにとっても不測の事態だっていうのなら、なんでスタンギルがやられた時点で……そうじゃなくてもせめてロードリウスが返り討ちにあった時点で攻め方を変えようとしなかったのか。や、単身や少人数で動かすリスクを省みて今回は百人規模の人材をキャンディ・イレイズ姉妹に与えたのかもしれないけど、それがこの二人を生き残らせるための采配なんだとしたら打つ手が中途半端に過ぎる。
だってロードリウスの待ち伏せは、私たちがドワーフタウンに向かおうとしているとザリークが見越していたからこそ成り立ったものだ。そのロードリウスが破れたあとにキャンディとイレイズをドワーフタウン殲滅のために出向かせたとなれば、そこで勇者と激突するのは魔族軍からしてもわかりきっていたことのはず。
疑問なのは「ドワーフタウンを落とす」と「キャンディ・イレイズ姉妹を大事に扱う」、この両方を満たすのが別に何も難しくないって点だ。ロードリウスが勇者と接触するのと同時にドワーフタウンを襲わせればそれでいいんだから。仮にロードリウスへ全幅の信頼を寄せていて、その任務成功を疑っていなかったのだとしても、私たちの移動の経路とかかる時間をある程度は読めているんだから万全を期すためには、ドワーフタウンへ向けて出発したと思われる頃に……つまりは勇者の不在を狙って襲撃をかけるべきだろう。
だけどザリークは、そしてアンちゃんも、そのどちらも選ばなかった。やったのはちょうど勇者一行が滞在していると思われるタイミングで最後の虎の子である姉妹を送り込んだっていう、何が目的なのかよくわからない手札の切り方だ。……ロードリウスのときと同じように、今度こそ勇者を始末できると信じ切っていたってことだろうか? 四災将二名に大勢の魔族まで付けたんだから街も勇者一行も確実に仕留められると?
これもまた感覚的なものにはなるけれど──アンちゃんもザリークも、そんなお花畑に物を推量するようなお惚けだとはとても思えない。それが私の正直な感想だった。




