177 そんな言い方はしてほしくない
四百という数はそれでも少ないほうだと、バーミンちゃんは炊き出しのほうを見ながら声を抑え気味にして言った。向こうではどこかの作業班の人たちが夜食を求めてやってきていて、食べながらおばちゃんらとわいわい盛り上がっている。疲れているだろうし、家族や友人知人など誰かしら親しい人を亡くして気落ちだってしているはずなのに、それでも彼らは明るい。希望を見失っていない。
すごいな、と心から思う。どこまで行ってもただの女子中学生でしかない私と、この世界の人たちとのメンタリティの決定的な違いってものをこういうところで感じるよね。彼らは強い。街が壊れても人が死んでも前を向ける。でもそれは……悲しい強さだとも思う。
多くを突然失う覚悟を誰もが当たり前に持っているっていう、悲壮な強さだ。
「ドワーフタウンの住民は兵士も含めて三千人くらいらしいっす。七、八人に一人は亡くなった計算になるっす。街もこの有り様っすから、それで『被害は軽微だ』なんて言うと違和感が強いかもっすけど……でも事実っす」
「それはなんで?」
「たった数人でも魔族が街中に降り立てばこのくらいの被害は当然に出るはずだからっす。その数人の中に四災将がいて、数時間も暴れたとなれば、何百人どころの話じゃなく壊滅が見えてくるっす。街がひとつ、地図から消えるっす」
「…………」
確かにそうだろうな。前回の魔王期ではたった一人の魔族を追い払うためにエルフタウンの戦士がたくさん命を落としたという。他にも魔族が人里で暴虐の限りを尽くした例というのはいくつか聞いてきている。そうやっていつも勇者や国の兵士以外の人たちも大勢死んでしまうから、この国の住民たちはいつ何時「自分の番」が来てもいいようにと備えてもいるわけだ。
「四災将が二人、百人以上の魔族を引き連れて襲ってきた。それで四百っていう被害者の数は破格っす。もしもこの場所に勇者がいなければ……そして運よくロックリザ―ドが加勢してくれていなかったら、確実にドワーフタウンは滅びていたっすよ」
「なるほど、ね」
本当なら兵士共々ドワーフが死に絶え、クシュベルという連合国最大の天然魔石の産地が抑えられ、目も当てらない事態になっていた。それに比べたらバーミンちゃんの言う通り今回の被害は軽微もいいところだろう。たった四百人で済んだのは望外の幸運だったと、言えるだろう。
「話を聞いた限り怪我人まで含めたら被害者数は五倍くらいになりそうっすけど、それ含めてもやっぱり最小限以下だと思うっす。もう重態の人もいないみたいっすし」
元来ある病院だけじゃまったく足りないってことで街の各地に野戦病院めいた場所が置かれているみたいだけど、もうそのどこにも命に別状がある人はいないそうだ。そういう人は昼の内にいの一番に治療されるか、あるいは力及ばすに亡くなって死亡者のほうにカウントされたんだろう。つまり容態が急変したりだとか、瓦礫の山の中から新たな遺体でも見つからない限りは、これ以上死亡者の数が増えることもない。増えるにしても急激な増え方はしないだろうと、バーミンちゃんは言う。
「奇跡っす。ハルコさんからすれば、そんな言い方はしてほしくないだろうっすけど。紛れもなく奇跡としか言いようがないっす。それをドワーフの皆さんもわかっているからハルコさんに謝ってほしくなかったんだと思うっすよ。必死に戦ってくれた勇者に頭を下げさせて留飲を下げるなんて……そんなみっともない真似は、自分だってごめんっすから。よくわかるっす」
勝ちも負けも、何もかも勇者に押し付けるようでは、自分たちになんの価値もないと宣言するようなものだと。連合国の住人ならばそれを良しとする者なんていないと、バーミンちゃんは断言した。
「……いやーそれにしても、ロックリザードに助けてもらったときはビックリ仰天だったっすね。なんで街中にいるのかもわかんない上に猛然と魔族に襲いかかっていくもんっすから。さすがの魔族もぽかんとしててちょっとウケたっす!」
うお、話題の変え方が露骨なんてもんじゃないなバーミンちゃん。急ハンドルが過ぎて転倒しちゃってない? でも、いつまでも辛気臭くしてても気が滅入るだけだもんな。ありがたく新しい車両に乗っけさせてもらおう。
「ロックリザードに助けてもらったってどんな状況?」
「あー、向こうは別に助けたつもりもないとは思うっすけどね? ちょうど魔族と狭い道で鉢合わせしてヤバい、ってなったときに壁をぶち破ってロックリザードが二匹! 自分には脇目も振らずに魔族に攻撃したんすよ。いやー強いのなんのって、魔族にもまったく引けを取らずに戦ってたっすからね」
「ほへー」
ロックリザードの討伐難度は私たちがロウジアでの試練で戦った(私はまともに戦っちゃいないけど)ブラックワイバーンと遜色ないものだという。そんなヤバい魔物が群れだって襲ってくるとなったら魔族でもかなり手擦るようだ。しかしこれ、魔族相手にガンガン押していけるロックリザードがすごいのか、ワイバーン級の魔物相手にも単身で戦える魔族がすごいのかよくわからんな……どっちもすごいってことでいいか。お腹いっぱいで考えるのも面倒だから。
街のあちこちで魔族だけじゃなくロックリザードも遠慮なく建物を壊しまくっていたとなれば、そりゃこんだけ廃墟じみた光景にもなりますわな。まあ、ロックリザードがいなければ廃墟どころか更地になっていたかもしれないんだけど。邪魔されたのはあまりにも大勢でやってきたせいで騒々しくさせ過ぎた魔族側の自業自得だな。数人規模であればロックリザードもスルーを決めていたかもしれないのに。
「そういえば魔族はどうやってそんな大勢でやってきたの? なんか空から降ってきたみたいに聞いたけど」
「えっとっすね、空を泳ぐ大きな魚みたいなのがいたんすよ。それに四災将以外の魔族が全員乗って移動してきたんだと思うっす」
「魔大陸から大きな魚に乗って飛んできた? そりゃまたなんともファンシーだね。そいつって魔物だったのかな」
「いや、魔族だと思うっす。クレテスに打ち落とされたあとは他の魔族の死体と一緒になって消えたみたいなんで」
「じゃあ空飛ぶ魚に変身できる能力を持ってる魔族だったってことか……ホントに魔族の力ってわけがわかんないね。全員が異能力持ちみたいなものだって言われてるのも納得だ」
人間やエルフが使う魔術とはあまりにも形態も体系も異なり過ぎている。それこそどちらかと言うなら原理不明のままこの世界でも一切謎が解明されていないという異能力……シズキちゃんが操るショーちゃんみたいなものを魔族はデフォルトで持っているのだと仮定したほうがまだしもしっくりくる。なんて、そこで認識がしっくり来ようと来まいと戦う上では何も変わらないんだけど。ただ下手に魔族の力を理解した気にはならないほうがいい、っていう教訓くらいにはなるかな。
スタンギルもロードリウスもイレイズもキャンディも、個人ごとに戦闘スタイルはてんで違っていたものな。魔王であるアンちゃんや、その左腕扱いされているザリークも同じように、異色かつ未知の手札を持っているに違いない。そう前提して挑まないといけない。
と、そこまで考えて気付く。
「あれ? 私たちってもう四災将を全員倒したことになる?」
「……あ! 姉妹がどっちも四災将だって名乗ったんなら、これで倒したのは四人。そういうことになるっすね!? すごいじゃないっすか、こんな早く四天王を全滅させるなんて!」
そうバーミンちゃんはいい笑顔で称賛してくれるけど、私はちょっと、素直には喜べない気分だった。




