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176 立つ瀬がないってもんだ

 それから。お目当ての食事にありつけた私はなんとか荒れ狂う胃袋を鎮めることができた。頂いたものはモロに豚汁とおにぎりだった。エルフタウンと同じでザ・和食。だけどドワーフタウンは和食中心ではなく色んなテイストの料理が食べられるらしい。平時であれば、だけどね。これは種族単位で粗食なエルフとは違って、ドワーフがお酒とそのおつまみを何よりも大事にしている種族だからだろうとバーミンちゃんが食べている横で教えてくれた。


 なるほど、種族が異なれば街の食文化も異なるか。他の街だと──ロウジアみたいな街未満の集落とかは別として──多少の傾向や独自の流行こそ見えても、店構えや提供している料理なんかにそこまで大きな差はなかったもんな。街並みも食べる物も風変りなのはそれこそ人間以外の種族がメインで済むエルフタウンやドワーフタウンくらいだってことだね。


 エルフタウンも食事は美味しかったけど、一食の量がね。私だとそこまでお腹ペコペコじゃなくてもお代わり必須だった。その点からするとドワーフタウンのほうが私には合っているかもな。皆よく飲むしよく食べるみたいだから。なんてことを考えながらデカおにぎり四つと鍋の半分くらいの豚汁を食べ終えたところで(一応言っておくがまだまだ材料ならあるから遠慮なくたくさん食べてくれと勧められた上での食事量である。あしからず)、炊き出し班のおばちゃんドワーフたちに話を聞いてみる。


 まず、街の外からの助けはいつ来るのか。これについてはおばちゃんたちもちゃんとは把握できていないようだったけど、おそらく三日後くらいだとのことだった。日付が変わっている今からだと二日後だ。まあ、どんなに急いでも兵士がぞろぞろと移動するとなったらそれが限界だろうな。私たちみたいな数人での強行軍とは訳が違うもの。


 最初に到着するのは大人数じゃなくて小隊くらいの規模になるはずだ、と途中から会話に加わったおそらくこの街の有名店の料理人と思われるおじちゃんドワーフが言っていた。ふーむ、とにかく少しでも早く人手を増やそうってことかな。街の外の人の目でドワーフタウンの現状を確認もしたいだろうし、王城の誰か(たぶんこれもルーキン王が決めたんだと思うけど)の差配は真っ当なものと私も思う。


 次に瓦礫の後片付けや修復作業の進み具合について。戦闘終了からもうすぐ半日近くが経とうとしていて、たった半日と言えどもドワーフのタフネスや技術、様々な魔術を前提にするならその進捗は私が想定する被災後や戦災後のそれとは大きく異なったものになるはず。そう考えて具体的なことを知りたいと思ったんだけど、何せ街の至るところに被害があるものだからまだ主要区画の一部くらいしか完全には直せていないらしい。


 既に外壁以外でも修復が済んでいる場所があるってだけでも充分にすごいことではある。あるんだけど、いくらドワーフがタフだと言っても、そして当然に衛兵の皆さんも、いつまでも動き続けられはしないからね。いの一番にやらなくちゃならない作業をやっている今はともかくこの先のペースはおそらく落ちていくばかりだと予想される。そこを外部からの協力でどれだけ盛り返せるかが復興スピードの鍵になりそうだ。


 別に、ただドワーフタウンを元通りにするだけだってんならそこまで急ぐ必要もないんだけども。だけど今は魔族との戦争中。考えたくはないことだがいつまた襲撃があるとも限らない。この有り様のドワーフタウンに再襲撃を撥ね退ける力は、正直言ってない。仮に魔族を倒せたとしても街にも壊滅的な被害が出るのは避けられないだろう。そういう最悪に備えてできるだけ早く戦闘後から平時へと戻らなければならないわけだ。大変な目に遭っても充分に休む暇さえ貰えないとはなんとも世知辛い話だよ。


 そして最後に聞いたのが被害者の数だ。おばちゃんたちとおじちゃんドワーフは訊ねられて少しばかり黙り、互いに幾度か顔を見合わせてから、言いにくそうに代表しておばちゃんの一人が──私に直接豚汁を振る舞ってくれた人だ──教えてくれた。


「わかっているのは、死者だけでも四百人。撤去が進めばもっと増えるかもしれないね」

「…………、」


 四百人、以上。たった数時間の間にそれだけの人が、死んだ。そのあまりに悲惨な事実に私は絶句してしまう。自分で聞いておきながら、教えてもらっておきながら何を言えばいいのかわからなかった。


 ただ、私は勇者だ。魔族を倒し、この世界の人々を守る使命を背負っている存在。好き好んで背負ったわけじゃあないけど、少なくともその役目を果たすと決めた以上は。それをちゃんと果たせなかったことを……こんなにも大勢の死者を出してしまったことを、恥じるべきだろう。


「すみませんで──」

「謝っちゃいけないよ」


 謝罪を遮られる。その鋭い声音に下げかけていた頭を上げて思わずまじまじと見つめれば、おばちゃんは真剣な面持ちで続けた。


「あたしらは何も勇者様に守ってもらうばかりの存在じゃないんだ。そりゃ勇者様や選兵団のお方々に比べれば大した力も持っていない一般人に過ぎないさ。だとしても──いや、だからこそあたしらだって必死に戦うんだ。一丸になって戦う。それが魔族に打ち勝つ方法だと先祖代々に伝わってきているからね」


 その言葉に後ろのおばちゃんたちやおじちゃんも頷く。皆、同じく真剣で、それでいてにこやかだ。まるで落ち込む私を励まそうとしているみたいな、とても明るい顔だった。


「それをあんた、弱いみなさんを守りきれなくてごめんなさい、なんて謝られた日にゃあ立つ瀬がないってもんだ。ご先祖様にも顔向けできやしないよ」

「いやっ、私はそういうつもりで言いたかったんじゃ」

「わかってる、わかってるよ。これはあたしらの矜持の話さ。そして意地の話でもある。あんたに謝罪をさせて、それを当然と受け取るような恥知らずな真似はしたくないんだ」


 ぽん、とおばちゃんの手が私の肩に置かれる。ドワーフらしく背の低い彼女はいくらか私を見上げる姿勢ながらに、でも限りなく大人の威厳に満ちた態度で言った。


「勇者ハルコ。あんたがどれだけ頑張ってくれたかはあたしらも知っている。ロゴンやドードンからある程度聞いているからね。特にあんたは死にかけてでも四天王……いや呼び名は四災将だったか。そいつら魔族の幹部を抑えていてくれたんだろう? そんな立役者に誰が頭を下げさせるのを良しとするってんだい」


 肩だけじゃなく、おばちゃんは私の体を労うようにぽんぽんと両手で挟み込むように軽く叩く。その手付きと彼女の眼差しはどこまでも穏やかだった。


「こんな細っこい体でよくもまあ。大したもんだよ。伝聞だが魔族の強さはよく知っている。その上の四災将がどれだけ化け物なのかも、ちゃんと理解しているつもりだ。このドワーフタウンだって過去の魔王期には何度か勇者と魔族の戦いの場にもなっているからね。……あんたらが来てくれていなかったら、もっと死者は多かった。全滅していたかもしれない。ドワーフタウンは、死んでいたかもしれない。救ってくれてありがとう、勇者様たち。あんたのおかげであたしらは明日を迎えられる」


 だからどうか謝らないでくれ、とおばちゃんは言う。その温かい言葉に、自分たちのほうがずっと辛いはずなのに私を慰めてくれるその優しさに、ぐっと目頭が熱くなる。涙がこぼれそうになる……でもダメだ、ここでめそめそ泣いたんじゃあまりにみっともない。そんなのは勇者の立ち振る舞いじゃない。


 ちゃんと、勇者として。感謝を受け取るに相応しい者として振る舞わないと。


 涙を堪えながら精一杯に胸を張って頷く私に、おばちゃんはにっこりと微笑みかけてくれた。



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