175 腹が減って腹が減って
現在時刻は草木も眠る丑三つ時。復興作業だって限られた場所と人数でしか行われていないっぽいこんな真夜中に、バーミンちゃんが屋内とはいえうろついている理由イズ何。と訊ねてみれば、彼女はちょっと唇を尖らせて。
「それはこっちの質問っすよハルコさん」
「うん?」
「ハルコさんこそどこへ行こうとしてんすか。一人で、こんな時間に。部屋がもぬけの殻になっててちょー驚いたんすからね、自分」
「あ、ひょっとして私を探して追いかけてきた感じなの?」
そうっすよ、とバーミンちゃんがジト目気味に頷く。や、そんな目で見られても。起きたらそりゃベッドから出もするさね。
「せめて一晩はゆっくりしてくださいっす、ハルコさん! 相当ヒドい状態だったって聞いてるっすよ」
「いや違うのよ、勝手に抜け出そうとしたんじゃなくてさ」
どうもバーミンちゃんは私がコマレちゃんとの約束を破ってこっそりと活動を開始しようとしていると思っているみたいなので、それがとんだ誤解であることを訴える。私だって朝までぐっすり眠れるなら眠りたかったけどね、そうもいかないから部屋を出たのよ。
その、そうもいかない訳というのが。
「ほら聞こえるっしょ?」
「……今の、お腹の音っすか」
「そう! 腹ペコなのよ私。ペッコペコなの! わかる? 胃がキリキリどころかギリギリしちゃって痛いのなんのって。これじゃ眠り直しなんてできやしないよ」
朝まで我慢なんてしてられない。今すぐ胃に物を入れないとお腹と背中がくっついちゃう。この際味なんて気にしないから、とにかく飲食物が欲しい。それを求めて私は部屋を出たのだ。
「なんだ、そうだったんすか。自分はまた街の様子でも見回って手伝いでもしようとしているのかと」
「元気だったらそうしたいとこだけどね。こんな空きっ腹じゃ無理無理。ぶっ倒れちゃう」
どんな軽作業だって一時間とは手伝っていられないだろう。その確信があるだけに無茶なことはしない。でもまあ、こんだけ腹が空いているってのは体がいつも通りに機能してくれているってことでもあるから、栄養補給さえ済めば元気いっぱいになれる。そうしたらいくらでも仕事しますよ、私。
だから今はメシをくれ……!
「バーミンちゃんも夜通し私のこと見るつもりだったんならお腹空いてんじゃない? 一緒に夜食どうよ」
「や、自分はけっこうっす。でもご一緒はするっすよ、ハルコさんを一人にしちゃったら自分が皆さんとの約束を破ることになっちゃうんで」
「約束って?」
「自分、戦闘面では何も役に立てないっすから。今回も勇者の皆さんだけじゃなくこの街の人たちにも守ってもらってばかりで……申し訳なくは思うすんけど、でもやっぱり戦えはしないんで、それ以外のことでできるだけ力になりたいんすよ」
なので、戦いとその後始末で一日働きっぱなしだったコマレちゃんたちに代わって、私の容態を見守る役目を自ら買って出たんだとか。一晩中私が起きるのを待ち続けるってのは、それはそれで大変な仕事だ。バーミンちゃんだって戦ってこそいなくても疲れているだろうに、よくこんな溌剌としていられるなぁ。
毎度思うけどバーミンちゃんはかなりすごい。確かな能力があって、真摯に勤めを果たしていて、いつも私たちを助けてくれていて。なのに自己評価がすこぶる低いのはやっぱり、戦えないってことへの負い目がそれだけ大きいんだろうな。
特にバーミンちゃんは半分とはいえ獣人の血が流れている。生まれながらの戦士とまで称される種族でありながら戦闘で活躍できないっていうのが、私たちが想像する以上にバーミンちゃんの中で重いのだと思われる。
こればっかりは私たちがいくら気にするなって言っても無意味だ。実際に戦いの矢面に立っている面々からそんなことを言われても逆効果かもしれない。と、最近は思い始めてきた。なので私はそこを一旦スルーする
バーミンちゃんとは案外、試練の旅路を終えて、魔族との抗争も終えて、勇者と案内人じゃなくて一人の女子同士として接せるようになったときこそ本当の意味で仲良くなれるのかもしれない。
「心配してくれてありがとね、バーミンちゃん。見守り役っていうよりも見張り役っぽいのがちょーっとだけ気にはなるけどね」
「そこはまあ、アレっす。ハルコさんの普段の行いの結果っす」
「言うねぇ」
普段の行いも何も、これまで私が好んで単独行動を取ったことは一度だってないんだけどね。そういった例は全部なし崩しでありどうしようもなかったものばかりだ。けど、これもまた当事者の私の口からいくら弁明したって効力を発揮してくれないのはこれまでの皆の反応でわかりきっていることでもあるので、それ以上は何も言わずに肩をすくめるだけに留めておく。
「ところでご飯にありつける場所に心当たりとか、ある? こんな時間じゃお店とかやってないよね」
ドワーフの職人は時期によって昼も夜もなく工房や工場に籠って働くとも聞いた。が、そういう人たちのために深夜までやっている食事処があったとしても今は状況が状況だ。さすがに通常営業を続けているような気骨のあり過ぎるお店はないだろう……と思ってダメ元で訊いてみれば、バーミンちゃんはあっさりと。
「あるっすよ」
「あるんだ!?」
「夜通し作業する人用の炊き出しがやってるっす! それこそ飲食店の人たちが中心なんで味のほうも確かだと思うっすよ」
「美味しいとなったらますます食べたいけど……用途的にただ寝てただけの私が利用してもいいのかな、そこ。叩き出されたりしない?」
「勇者様がなーにを言ってんすか。利用する資格はバリバリにあるっす! むしろ行けば喜ばれると思うっすよ」
ハルコさんってば変なとこで遠慮しいっすよね、なんて軽く呆れられてしまう。それをよりにもよってバーミンちゃんに言われてしまうとは……というか遠慮しいとかって話かね? まさに今汗を流して街のために働いている人たちのための炊き出しだなんて、誰だって寝起きで行くとなると躊躇うと思うんだけど。なんていうかこう、マナー的にさ。
でもまあ、バーミンちゃんが背中を押してくれるってんなら行っちゃおうかな。そこ以外でご飯にはありつけそうにないし、そもそも遠慮だとかマナーだとか気にしていられないくらいお腹が鳴り響いているところだし。
「場所は聞いてるんで案内するっす! ついてきてくださいっすハルコさん!」
「うん! 行こうか!」
「ってその前に、ハルコさん裸足じゃないっすか。それで外出るつもりっすか?」
「おっとそうだった、私の靴どこにあるか知ってる? あと服も」
「自分が預かってるっす! なんで一旦取りに戻るっすよ」
「はいよー」
てなわけでいつもの恰好に戻ってから、夜のドワーフタウンを行く。
どの道を通っても建物や公共物が何かしら壊れていて、昼間とはずいぶんと印象が変わって見える。人通りがなくなっているせいもあるんだろうけど、まるで街そのものが傷付いて眠りについているみたいだった。百人規模の集団が襲ってきたとはいえたかだか数時間ほどの戦いでこうも景観が変わってしまうか……私たちは戦争をしているんだなって、人の住む場所が被害に遭っているのを目にしたことで改めて実感させられる。
なんだか寂しくて、さもしい気分になった。
「バーミンちゃん。魔族は全員倒したんだよね」
「決着が付く前に逃げ出したやつでもいなければ間違いなく倒しているはずっす。コマレさんとカザリさんが戦った魔族が漏らした情報によると、総数は四災将も含めて百十三名だったらしいっすよ」
「そっか」
討伐数は、百十三。
「じゃあ、こっちの被害者は?」
「それは……すみません、自分は正確な人数を教えてもらってないっす」
「謝ることじゃないよ」
私だって知らないんだから。そう心の中で呟く。
ああ……腹が減って腹が減って、死んじゃいそうだ。




