表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
174/203

174 向かう先が違うような

 目が覚めたら夜中でした。いやぁずいぶんと寝たねぇ私ってば。壁の時計を見るに時間的には十時間以上かな? 本気寝もいいとこじゃん。おかげですげーすっきりした気分だよ。


 こんだけ眠ったからには体もガチガチになってるか、と思いきやそんなこともないし。あ、寝てる場所は移されてた。キャスターベッドなのは一緒だけどどっかの部屋だなここ。別にあのまま待合室? っぽいとこでも良かったんだけど誰かが気を遣ってくれたっぽいね。


 月明かりに照らされながら大あくび。ベッドから出て軽く体をほぐして、それから裸足のまま部屋を出る。や、だって私の靴が置かれてないんだもの。服は患者用のそれっぽいものに変えられているのにスリッパとかもないし。どっちかはキャスターの縁にでも引っかけておいてほしかった。


 ぺたぺたと素足で廊下を行けば、建物内は静かなものだった。窓から確かめるが街中も同様に静まり返っている。さすがに皆もお休み中かな? ああでも、遠くのほうに灯りが見えるな。暗くてわかりにくいけど街を覆う外壁から漏れている光っぽい。あそこでは夜通し作業が行われているのか……まあそうだよね、ロックリザードに食い破られた箇所もあれば、魔族との戦闘での被害もあるだろうし。『自然の防壁』が持ち味のドワーフタウンだからって壁をあのままにしてはおけない。どこよりも優先的に、ぶっ通しで働いてでも急いで修復しようとするのは当然だ。


 それは魔族に襲われたばかりの住民たちのメンタリティのためでもあると私は思う。戦い明けにいつまでも大穴が空いたままだと豪胆揃いらしいドワーフだってさすがに怖いはずだ。私だって怖いもん。


 そういえばそのロックリザードはどうしたんだろう? どかどかと街中に入り込んできて魔族と戦ったあとは……普通に縄張りへ帰ったのかな? 敵と見做した魔族が減ったらそりゃ帰るか。人の大勢いる街中なんて静寂を好むらしいロックリザードからすればいつまでもいたい場所じゃないだろうしね。コマレちゃんの説明にも名前が出てこなかったからにはきっとそうに違いない。


 色々と後処理をしなくちゃならない人側にとってもいつまでもロックリザードに闊歩されていたら困るから、それ自体はいいことなんだけど。感謝する間もなく去られてしまったことに私としてはちょっとした寂しさみたいなものを感じてしまうな。なんて言っても、別にロックリザードは人からの感謝なんて求めてないだろうけどさ。


 大規模な防衛戦が繰り広げられていたというクシュベルの麓、この建物の横合いにある坑道前の大広場が目に入ったのでしげしげと眺めてみる。うお、如何にも激闘のあとって感じの痕跡がそこかしこにあるな。大きいのは基本、クレテスの叩きつけとか踏みつけで付いたものだとは思うけど。魔族の死体は……当然ながら残っていないか。運ばれて片付けられたってんじゃなくて、実は魔族って、死体が残らないのだ。


 ロードリウスを倒したときもそうだった。奴と奴の二人の部下の死体は、死んでからざっと一時間から二時間の間くらいで煙だか蒸気だかみたいにふーっと消失してしまった。そのときの衝撃と言ったらもう、驚き過ぎて馬車から落っこちそうになっちゃったよ。魔族の死体なんて放っておくわけにはいかないだろうって話し合いで結論し、戦闘後でへろへろの体に鞭打ってまで協力して馬車へ乗せたっていうのに。あんまりな仕打ちじゃない? って、そういう個人的な不満は置いとくしても、何が起きてるのかまったく理解できなかったからさ。


 だってそこにあったものがいきなり消えんだよ? 蒸発でもするみたいにさ。石ころが消えたって驚くってのに重ねた三つの死体がそうやって一緒に消えたんだからそらおったまげもしますわ。


 ……いや、一緒にって言うと語弊があるな。部下二人とロードリウスの死体はちょっと消え方が違っていた。部下のほうは本当に煙みたいにどこへともなくすーっと消えたけど、ロードリウスのは──飛んでいった、みたいな。空気に溶けていくような消失の仕方は同じでも向かう先が違うような、そんな印象だったんだよな。あーダメだ上手く言葉にできない。違いがあるからってなんだって話だしさ。


 ま、そこの違いも含めて一応は王城へ報告済みでもある。もちろんバーミンちゃんとナゴミちゃんがね。ロードリウスの消え方について王城がどういう見解を持つかは私の預かり知るところではないけども。なんにせよ、そういうわけで魔族の死体は場に残らない。なんだか奇妙というか不気味というか、つくづく魔族って変わった生態だなと思う。でもお片付けの手間がないだけドワーフタウンにとっては助かる要素だよね。


 って言ってもやっぱり街の住民だけで全ての処理を行うのは大変、つーか無理ゲーだ。今回の大規模な襲撃事件も王城へ伝わっているだろうし、近くの街から応援が来るだろうな。でもドワーフタウンは一番近いモルウッドからも割と長くて険しい道を通ってこなくちゃいけない位置にあるもんだから、たくさん兵士がいるような大街からの派遣となると数日がかりになるかもな。


 そういや今回の報告も勇者の案内人としてバーミンちゃんがしたのかな、それとも門兵あたりの他の兵士さんがやったのかな……あ。そうだよバーミンちゃん! 彼女は無事なんだろうか?


 シズキちゃんとの手合わせのために体育館へ向かう際、宿の用意のためにあの子だけ別れたんだよな。それが顔を見た最後だ。勝手に鉄火場から除外して考えてしまっていたけど、今回は街全体が戦場になったんだ。ということはどこにいたって安全ではなく、もちろんバーミンちゃんだって危ない目に遭っていてもおかしくないわけで。


 試練の旅路で幾度となく発揮されてきたバーミンちゃんの察知能力の高さは折り紙付きだ。気配に敏感だし、聴力は魔力強化されたナゴミちゃんさえも超えている。本人がたびたび口にするように、それを逃げ足に活かせば彼女を捕まえられる者なんて魔族にだってそうはいないだろう。


 とは、思うものの。ここまで大きな戦いになったからには逃げ回るのだって容易ではなかったはずだ。一人の魔族から逃げた先で別の魔族に出くわしたり、囲まれてしまって逃げ道自体がなかったり。そういう窮地に追い込まれたらさしものバーミンちゃんの逃げ足でもどうにもならない。


 無事だろうか、とにわかに彼女の安否が気になった私は予定を変更してまずはバーミンちゃんを探してみようと決めた、ところで振り返る。何か聞こえてくる。これは、足音だ。私が来た方向、寝かされていた部屋のある通路から誰かがやってくる。こんな時間に私以外にもこの建物内をうろつく人が? まあいても全然おかしくないっていうか、外壁修理と同じように夜通しでもやらなくちゃいけない作業をやっている人はどこにだっているだろうけど、夜の暗さと昼の戦いが私に警戒心を抱かせる。


 誰が来る? 自然と身構えながらもうすぐそこまでやってきているその人物を見極めんと目を凝らせば──「ハルコさん」と名前を呼ばれると同時に、差し込む月光がその姿を照らし出した。


「バーミンちゃん!」


 ビックリ。たった今気にかけた人物がちょうど顔を見せたものだから、あまりのタイミングの良さにぎょっとしてしまう。そのリアクションにバーミンちゃんのほうもちょっと驚いたようにしながらも、軽快な足取りで私の傍へ寄ってきた。


「無事だったんだねバーミンちゃん。戦いに巻き込まれなかったの?」

「ばっちり巻き込まれたっす、何度も。でもその度にドワーフさん方やロックリザードの介入があってなんとかなったっす」

「そうなんだ。それはまた運がいいやら悪いやらだね」


 何度も遭遇戦が起きかけたとなれば不幸とも言えるし、その全部で助かったと思えば幸運でもある。戦闘の規模からするとこうして怪我もなく笑っていられるのは紛れもなくラッキーと言っていいだろうけど。


 そう納得してから、私はもうひとつの疑問を訊ねる。


「ところで、こんな時間に何してんの?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ