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171 思い出すのを嫌がっている

◇◇◇



 喧騒の傍らで目が覚めた。がやがやと切羽詰まった声に走り回る足音。いくつものそれらが私の優雅な起床を台無しにしてくれる。んもーなんなの、なんかトラブルでもあった? 仕方ないから起きるか。手伝えることなら私も手伝ってやろうじゃないの。


 ってあれ? ベッドじゃないな私が寝てるの。ふかふかしない。ホテルじゃないのかここ。かと言って野宿用テントの寝具でもないぞ。シートの手触りがまったく違う。多少は厚みもあるけどせんぺい布団って感じの物の上に寝かされているっぽい。体の上には白くてさらりとしたシーツも掛けられているけど、当然これにも覚えはない。あれ? 私ってば今どこで横になってんだ? 何があった?


 ヤバいなこれ、この感じ。たぶん記憶が飛んでるわ。経験上、こんな風に今いる場所と認識がまったく噛み合わないのはそういうことで間違いない。そういや頭も痛いし体もすっげーダルいな……なんかにぶっ飛ばされでもしたんだっけか? 昔はそれで記憶失くしたんだよな。


 とにかくここはどこよ、と体を起こして周囲を見渡す。むー? なんかの待合室、みたいな印象? の場所だな。公共施設っぽさある。病院とかってよりは空港とかに近い。とにかく不特定多数の人たちが利用する建物ね。


 実際、私の目の前を何人もドタバタと行き交っている。人間だけじゃない、ドワーフもいるな。やけに足音が響くと思ったら彼らのせいか。そう、ドワーフのお方々はどなたも静けさとは無縁でいらっしゃるからね……って。


 お、思い出してきたぞ。そうだここはドワーフタウン。儀の巡礼で訪れるべきスポットであり、それを果たすついでに──や、儀巡の役割・・ってものを踏まえるとついで扱いはしちゃいけないかもだけど──ドワーフの職人方が丹精込めて作成してくれた勇者専用アイテムを頂戴しに来たのだった。


 で、えーと……アイテムはもう貰った、んだよな? そのはずだ。うん、貰った貰った。それは確かね、頭領会の面々が集まってるシーンも思い出したぞ。それからどうなったんだっけか。あ、そーだそーだ。材料の都合で勇者専用アイテム……名前はええと、エオリグだったか。それが四つしかなくて、私たちの中で誰がになるかでちょっと揉めたんだよな。


 エオリグは魔術師タイプ用がふたつに、魔闘士タイプ用がふたつ。前者に関してはカザリちゃんにコマレちゃんっていう装備するにぴったりの人材がちょうど二人いたから渡りに船って感じで決まり、そんでもって魔闘士タイプのひとつもまさに魔闘士の権化的なナゴミちゃんが持つっきゃないってことで、ここまではとんとん拍子に話が進んで──ああそうそう、ラストのひとつ。これを私とシズキちゃんのどっちが手に入れるかについて、お互いまったく譲らなかったんだよな。


 相手に譲るために、意見を譲らなかった。譲れない譲り合いだ。なんのこっちゃって感じだけど、それで議論が前に進まなくなって困っちゃったところで、えっと……ドードンさんが言い出したんだったかな? 手合わせしたらどうだって。それで負けたほうが弱いんだから、安全のためにエオリグを装備すべき。っていう流れで私はなんとシズキちゃんとバトることになったんだ。


 そこまでは記憶が蘇った。街外れの体育館みたいな建物の中でシズキちゃんと向かい合っている場面も頭に浮かんできた。セコンドとして私にはコマレちゃんが、シズキちゃんにはナゴミちゃんがついていたのも思いだせる。……そうなると結論として、私はシズキちゃんに負けちゃったんだろうか? ナゴミちゃんからのアドバイスで誕生した例のショーちゃんハンマーでホームランでも打たれて場外にかっ飛んで気絶して、今に至る。みたいな?


「いや……」


 なんか違うな。ぜんぜんあり得るストーリーだとは思うんだけど、すごい違和感がある。見落としをしている気がしてしょうがない。それもめたくそとんでもない見落としを。なんだろ? 私は何を忘れている?


 記憶が飛んだからってこんなに思い出すのに苦労するのは初めてだな……まるで体が思い出すのを嫌がっているような気までしてくる。頭じゃなくて体が。なんで?


 んむむむ、とこめかみをぐりぐりしながら記憶の扉を開こうと必死になっていると。


「ハルコさん! 良かった、起きられましたか」

「コマレちゃん」


 通路の向こうからたたっと駆け寄ってくるコマレちゃんは、勇者装甲ことエオリグを……いやエオリグこと勇者装甲? まあどっちでもいいが、とにかく魔術師用の証である藍色のそれをばっちりと着込んでいる。どうしてそんなものを着たままでいるんだ? 皆の慌ただしい様子。それから、さっきから断続的に起こる建物を揺らす振動。これらはひとつの答えを示しているような気がしてならない──う、何かを思い出しそう。だけどやっぱり引っ掛かりがあるというか、つっかえがされているような感じでもう少しのところで扉が開いてくれない。


 混乱の極みだ。そうとも知らず、私が座る簡素なベッド(キャスター付きで移動させられるやつっぽい)の横に立ってコマレちゃんが言った。


「すみませんでした、ハルコさん。キャンディをみすみす取り逃がしてあなたたちを追わせてしまって。その、言い訳になりますが、キャンディを行かせるためにあの場にいた魔族たちがなんと言いますかコマレたちにも予想外の団結を見せたものですから──」


 キャンディ。その名前を耳にした瞬間、一気につっかえが外れて扉が開かれた。その奥に仕舞われていたものが見えた。そうだった、キャンディ・イレイズ姉妹! 四災将の最後の二人! に、私たちは襲撃を受けたんだった!


 正確に言うなら襲撃を受けたのはドワーフタウンだな。姉妹だけじゃなく百人規模の魔族集団が街を襲ったんだ。私はその光景をしっかりと目にしている。どうしてこんな衝撃的なことをすぐに思い出せなかったんだ──って、そんなのは決まってるわな。


「あの……体の具合はどうですか? 少なくとも目に見える傷はないはずですが……」


 私からの返事がないことを気にしてか(悪いけどそれどころじゃなかったのだ)、コマレちゃんが気遣わしげに訊ねてくる。私がどういう目に遭ったのか、彼女は知っているらしい。


 キャンディから受けた拷問……ありゃあ酷いもんだった。本当、思い出しただけで吐き気がするくらいに。そら忘れたままでいたくもなりますわ。そのせいで姉妹の急襲以降の記憶が黒塗りにされていたんだな。コマレちゃんからキャンディっていうワードが出てこなければたぶん黒塗りのままだったろう。いつまでもベッドの上でうんうんと唸っていたはずだ。


 ただ……具合はどうかと言われたので確かめてみるが、見たところなんともないな。見るも無残にぶっ壊されたはずの腕も脚も元通りだ。傷ひとつないいつも通りの手足へ回復している。ぐっぱぐっぱと掌を開いたり閉じたり。うん、ちょっと動作が重いがそれ以外に支障なし。


「コマレちゃんが治してくれたの?」

「一通り治癒は行なってみました。コマレのそれはあくまで本職の方の真似事でしかないですが……でも、バーミンさんを癒した際よりずっと上手くやれていると思いますよ」


 どうやらここは緊急で怪我人の治療施設として使われているらしく、コマレちゃんもその手伝いを買って出て臨時の癒者として忙しくしていたみたいだ。それによってめきめきと治癒の腕が上がっていっているというのだからホントにコマレちゃんの才能はすごい。カザリちゃんが魔術師の完成型だと手放しで褒めるのも頷けるってもんだ。


 じゃあやっぱり私の手足を取り戻してくれたのはコマレちゃんなんだな、と納得しかけたんだけど。ちょっと言いにくそうにこう付け加えられた。


「ただハルコさんに関しましてはコマレが治癒術を施すまでもなく、外傷なんてどこにもありませんでしたが」



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