17 魔力総量と回復速度
「上達ぶりに関しちゃ言うことなしだ。たかだか一週間程度で並の術師の一、二年ぶんは進んでいる。これでも女神様に選ばれた身だ、あたしの教えだって決して悪くはかったんだろうが……それ以前にあんたらが弟子として優秀すぎたね。もうしばらくもすればあたしが物を教えられる範囲を抜け出しちまうだろう。ハルコ以外はね」
しれっと付け足された「ハルコ以外」のワードが私を斬り付ける。
ちょ、そりゃないっすよバロッサさん。いくら事実でももう少しくらいオブラートに包んでくれてもよくない?
というかそうか、このままいくと皆はもうすぐバロッサさんから合格を貰えるくらいになっちゃうのか。
女神からの頼み、というか一方的な言い付けは「勇者を育てること」。つまりはバロッサさんの目から見て充分とは言わずとも及第点くらいはあげられる「強者になる」のが、このバロッサ個人塾の卒業条件だ。
うむむ、まずいな。今のままでは私だけ卒業できずに留年することになる。その間、皆は足踏み? それとも私だけ置いて出発してしまうんだろうか。どっちも普通に嫌なんだが?
いやまあ、どっちかというなら後者を選んでほしいけどね。
皆だって早いとこ元の世界に戻りたいだろうし、そのためにはさっさと魔族とそのドンである魔王をぶっ倒さないとだし。
「才能の度合いこそ同程度でも魔力の総量や回復速度には差があるみたいだね。このふたつは魔力を扱う者にとって重要な指標になるから意識して鍛えるのもいいだろう。ただ、こいつは遅々として伸びの進まない部分でもあるから優先順位は高くないがね」
「ほい」
「なんだいハルコ」
「その総量やら回復速度って、私たちの中で誰がどれくらい優れてるんでしょーか。できれば数字とかにして教えてくださいな」
「ふむ……そうだね、なら十段階評価としようか。一般的な魔術師の魔力が総量、回復ともに五だとすれば──ハルコ、あんたはどっちも良くて四。人並み以下ってところだ」
「がーん」
「口に出すものなんですか、それ」
いやいやコマレちゃん、私の身にもなってよ。いきなり普通より下って評価されたんだよ? 心の準備もない内から。これはがーんでしょ、他に言うべきセリフがないって。
「シズキはどっちも六だね。人並み以上ではあるが飛び抜けているわけでもない……まあショーチャンを動かすのに魔力が減っている様子もないからには気にしなくてもいいだろう。それでもそこらの魔術師より優れているんだからね」
ぐっ、魔力の扱いに関しては全身に纏っての防御くらいしか習っていないはずのシズキちゃんにすら私は負けているのか。しかも総量でも回復でも? 立て続けにがーんなんですけど。
当のシズキちゃんはどういうリアクションを取ればいいのかいまいちわかってない感じだけれど。
「そしてカザリがどちらも八だ。高水準でまとまっていていいね。余程無謀な戦い方でもしない限りは魔力切れに悩まされることもそうそうないだろう」
そう言われたカザリちゃんは軽く頷いて会釈みたいなものを返す。
いやーいつでもクールだねこの人は。高評価を受けてるんだからもっとそれらしい態度を取るべきじゃない? 私だったら鼻高々に胸を張りますよ。
「コマレとナゴミは、ちょうど反対になる」
「反対?」
「コマレの総量は十段階の枠組みに収まらない。十二かそれ以上だ。その代わりかどうかは知らんが回復力はシズキとそう変わらない、六か七相当だね」
わお、最高であるはずの十を超えちゃいますかコマレさんよ。六でも人並み以上なのにその倍以上って、いったいどんだけの量なのさ。たぶん多過ぎるせいでバロッサさんも正確には量れてないんだよね。凄すぎる。
と、良くても四止まりの私としては感嘆しきりだっていうのに、コマレちゃんは少し残念そうに。
「総量に対して回復する速さが見合っていないとなると、コマレは魔力の枯渇に気を付けねばならない、ということでしょうか」
「いや、そこまで重く考える必要はないよ。言ったように六でも人並み以上はあるんだ、回復力に問題があるわけじゃあない。そしてあんたの場合はそもそもの使える魔力があまりに多い。考えなしに大魔術を連発でもしなけりゃ枯渇なんて起こりっこないさ。なんにしろまだ基礎の攻撃術とそれに毛が生えた程度しか覚えてないんだから、今からそんな心配をするだけ無駄さね」
大魔術を習得できる頃には総量も更に上がっているかもしれないしね、とバロッサさんは言う。
通常なら魔術師としての力量が上がったからと言って魔力総量という生来の才能が伸びるわけでは必ずしもないのだが、何せ私たちは女神に選ばれし勇者なんだからそういうことも充分に起こり得る。そうバロッサさんは推測しているようだった。
「で、コマレの総量と回復を反対にすればナゴミだ。あんたの回復速度はずば抜けているよ」
つまり総量が六か七くらいで、回復するスピードが十二以上ってことか。それもそれで凄いね。
魔闘士は魔術師みたいにぽんぽんと魔力を消費しないらしいから、そんだけ回復力があるなら実質魔力切れなんてないんじゃない?
「コマレもナゴミも典型的な魔術師タイプと魔闘士タイプの割合だね。実数のほうは勇者らしくいかれているわけだが、癖と呼べるだけのものがないだけに教える側としちゃ助かるよ。ま、指導者がよほどのヘボだろうとなんだろうとあんたらなら自ずと大成するんだろうがね」
「またまたーバロッサさん。一週間で皆がこれだけできるようになったのは自分の教えあってこそだって、ちょっとくらいは自慢に思ってますよね? じゃなきゃ嘘っすよ」
「そりゃちょっとくらいはね……って何を言わすんだい」
「あいた」
パンと頭をはたかれる。げんこつじゃないし痛みもないんだけど、なんだか日に日に気軽に私を叩くようになってきたなバロッサさん。それだけ気を許してくれてるってことかな。ふふん。自らの人徳が怖いぜ。
「また下らないこと考えてる」
な、何をしれっと心を読んどるかカザリちゃん。というかまたってなんだ、またって。まるで私が日頃から下らないことばかり考えてるみたいに。
「とにかくあたしが言いたいのは──ん?」
言いかけて、途中でふとログハウスのほうへ顔を向けるバロッサさん。
つられてそっちを見るけど、特に何もない。ログハウスの裏口があるだけだ。
「誰か来たようだ。鳴子の術でこの家に近づくやつを知らせるようにしているんだよ」
ほーん、鳴子ね。そういえば私たちの来訪にもいち早く気付いていたっけなバロッサさん。
あのあと色々あって疑問にも思っていなかったけど、そういうカラクリだったのね。
このぶんだと家内にも仕掛けがありそうだ。見かけ以上にしっかりしたログハウスなんだなぁ。これなら高齢者の一人暮らしにも安心だ。
「ですが、音も何もしてしませんよね。どういう形で知らせを受け取っているんですか?」
「けたたましいのは好かなくてね。何より音だと相手にも気付かれたことを気付かせちまうだろう? だから術を独自に改良して無音にしてある。知らせは術とのリンクを通して直接伝わるようになってる」
「術の独自改良……! そ、そういうのもあるんですね!」
「それより。曲者がやってきた?」
鳴子に反応したのは賊ではないか、というカザリちゃんの問いかけによって魔術トークにウキウキだったコマレちゃんもハッとした様子で押し黙った。
けれど、バロッサさんはそれにおっとりとした返事をする。
「や、タイミングからしてあたしの知り合いだろう。あんたらがよく食うもんだから食料が尽きちまってね、次の配達を早めてもらってたんだ。ちょうどいいからこのまま迎えようじゃないか。いつもより多く頼んでいるから運ぶのをあんたらにも手伝ってもらうよ」
もちろん、ログハウスの食糧庫を空っぽにしてしまった原因として否やはない。
あいあいさーと全員で了解した私たちは裏庭から表に回って件の配達人が来るのを待ち構えて──。
「んん?」
事件の始まりは、バロッサさんの訝しげな声からだった。