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168 ふざけるな

 さめざめと。戦いの熱に浮かれていた精神に冷や水を浴びせられたような気分だった。


 手合わせを介して実戦へ突入、その中で新たな試みが自分の中で噛み合っていくのと共に見えてきた。己が力の本質。シズキはここに来てようやくそれに気付き始めた。高揚はそれも影響していたのだろう。他の者を救う度、魔族に手傷を負わせる度に、シズキの興奮は増し、次第にトランス状態になっていった。俗に言うゾーンである。過度な集中とそれに反する視界の広さ、全能感。なんでもできる気がして、実際、並み居る魔族をシズキはほぼ単騎で抑えていた。


 敵も味方も増え続けていく戦場。数こそドワーフ陣営に分があれど個人単位の戦力では及ぶべくもない。それでも防衛線が保たれたのは間違いなくシズキの獅子奮迅の戦いぶりが主因だった。


 やがて双方の戦力に追加が現れなくなった頃、つまりは戦闘の佳境において、防衛線の手前に形成された乱戦地へ落ちてくるものがあった。それは小型有人比翼機『スカイディア号』。墜落もかくやという速度で地面に到達するその一瞬だけ不自然に勢いを弱めたように思えたスカイディアだが、けれどそれだけでは穏やかな着陸とはならず、その身を擦り下ろし地上に轍を描いてようやく停止。大破した機体から上がる黒煙と巻き上がる土煙の中から出てきたのは、ナゴミであった。ドードンを抱き抱えながら戦場のど真ん中へ降り立つその姿を認めたシズキは、すぐに保護すべく動いた。


 思い描いた形とは異なるものの無事に合流できたことを喜ぼうとして、けれど共にいるべきもう一人。ハルコがどこにもいないと気付いたシズキがその理由を訊ねる前に、開口一番ナゴミは彼女が危機的状況にあると告げた。


 経緯は言葉少なに短く語られた。スカイディアでの移動中魔族姉妹の片割れであるキャンディに襲われたこと。その結果ハルコとは空ではぐれてしまい、キャンディはハルコを追っていったこと。そしてスカイディアの激しい揺れに耐えながらナゴミが最後に見たのはキャンディを道連れにハルコがクシュベルへ落ちていくところだった──そこまで聞いたシズキは、迷わなかった。


 懐に預かっている勇者装甲エオリグ。魔闘士用の証として橙色に輝くふたつの内のひとつをナゴミへ押し付けるように渡しながら、ハルコが落下したのはどの辺りか質問する。ナゴミが指差し、ドードンが補足をすることで大雑把ではあるが山の中腹の一エリアであると絞れたシズキは、自分が助けに行くのでナゴミは防衛線の維持を引き継いでほしいと頼む。


 頼む、とは言ってもそうすることはもうシズキにとって決定事項だった。自身の異能であるショーちゃんの分体を四体、ナゴミの指揮下に置く。本体にも見劣りしないサイズでこの数を用意し、また他者に預けるなど今朝までの彼女にはできなかったことだが、今の彼女には何も難しくなかった。エオリグを慌てて装備しつつ傅く分体たちにどうしたらいいか困っている様子のナゴミへ最後に「なんでも好きに申し付けるように」と一言添えつつシズキは踵を返し、巨大ゴーレムのクレテスの足元へと向かった。


 クレテスは現在「魔族を山へ進ませない」、「ドワーフと人間を守る」。これだけを実行し続けるように設定されて動いているが、この世界における人工知能とでも称すべき魔力導体回路が搭載されていることで自己判断も可能としており、口頭による追加の指示にもある程度は従う。とシズキが知っていたわけではなく、ただクレテスでなければできないことなので彼にを頼んだだけだった。命令者としての資格を持たない彼女の指示は必ずしも従う必要のない『お願い』にしかならず、クレテスが優先するかどうかは回路の決定次第。状況を思えば拒絶される確率のほうがずっと高かったはずだが……果たしてクレテスの手はシズキを掬い上げた。


 簡潔に感謝を述べ、シズキは大まかに投げてほしい・・・・・・方向を伝える。最低限の射角さえ合っていれば後は自分でどうにかするから、と。クレテスが大きいだけの人であったならこの頼みにぎょっとしてなかなか実行には移せなかったかもしれないが、彼は躊躇わなかった。お願いを聞くと決めたからには粛々とこなすのみ。シズキを乗せた手を軽く振り被り、そして放り投げる。軽い所作に思えるそれもクレテスの規模感で行えば大遠投であり砲撃である。凄まじいGを受けながら宙へ射出されたシズキは人間とドワーフの防衛線を一瞬で越えその背後の城塞の如き彼らの仕事場も越えてぐんぐんとクシュベルへ。ナゴミから教えられて大体の当たりをつけた場所を目の前に高度が下がってきたところで、ショーちゃんを展開。本体であるそれを体の周囲に広げることで自身の描く放物線へ変更を加える。


 角度をつけて狙い通りの場所へと落ちていく。それから着地だ。足元に集中させたショーちゃんで衝撃を完全に殺し切る。剛柔硬軟が同居するショーちゃんならばそういうこともできる。理屈の上ではそうとわかっていても実際に行うのは非常に難度が高いことは──失敗がイコールで自死に繋がるのだから尚更に──言うまでもないが、これもシズキはあっさりとやってのけた。恐怖はなく、僅かな不安すらもなく当然のように傷ひとつなくB群と呼ばれる坑道の入口が集まる広場へ降り立った彼女の脳内は「ハルコを助ける」それだけで締められていた。


 その点に関しても不安はなかった。恐怖もだ。ナゴミの話が確かならハルコの傍には四災将キャンディがいる。魔王軍の幹部と、場合によっては一人で戦わなくてはならない。それも、ハルコを庇いながらだ。これまでのシズキであれば己では役者不足と断じ、恐れから震えていただろう。逃げ出すことこそなくともここまで勇敢に挑めはしなかっただろう。だが、もう一人でも戦える。一人でも守れる。一人でも勝てる。その自信がシズキの眼差しを真っ直ぐにしていた。竦みも怯えもなく、交戦中であるはずのハルコとキャンディを探し山肌を見渡して。


 すぐに見つけた。

 途端に、目の前が灼熱に染まった。


 驚く間もなかった。理解の段階を飛び越えて先に怒りが爆発した。赤く染まる自身の視界以上に真っ赤になって、花弁が散ったような跡の中で横たわるハルコ。その足元に蹲りながらその手でまさにハルコを赤く色付けているキャンディ。それらを目にしたことでシズキは切れた・・・


 キャンディは何かを言っていた。顔を歪め口を歪め、おそらくは罵りの類いと思われる台詞を吐きながらシズキへの対処よりもハルコへのトドメを急いでいた。邪魔が入ったから遊びは終わり、か? ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな。その人はお前なんかが手慰みに弄んでいい人じゃないんだ。


 シズキがキャンディの言葉を解することはなかった。そんな無駄に割く意識など彼女にはなかった。怒髪天を衝きながらもゾーンは解除されておらず、その集中力を遺憾なく発揮。気付けばシズキはショーちゃんを脚部に纏うことで自前のそれを遥かに凌ぐ脚力で地面を蹴りつけ、それと同時にショーちゃん自体でも自分自身を撃ち出していた。


 一度も試したこともなければ思い付いてすらもいなかった新技術。ハルコのミギちゃんを真似て行った突発的なそれはシズキが望んだ通りの精度と速度で己が身を運び、間一髪。突き出された手刀を止めた。残りは薄皮一枚ほどの距離だったが、キャンディの爪がハルコへ届くのを確かに防ぐことができた。


 貴様、とおそらくキャンディが言った。その認知すらもあやふやにシズキはショーちゃんを蠢かせた。激怒のままに。激情のままに。許せないものを許さないために、少女は。



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