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165 ごめんなさいね

「…………、」


 唖然として二の句が継げずにいる私を放ってキャンディの死体はどんどん「治っていく」。死体修復エンバーミングとは訳の違うその回帰の仕方はまさに『蘇生』だった──死者の蘇生。死からの蘇り。


 どんな魔術だろうと異能力ユニークだろうとあり得ない。歴史上その存在が観測されたことはないと、バロッサさんからそう教わったはずのそれが、今、目の前で行われている。


 折れ曲がった首だけでなく、もはや原型を留めていなかった頭部が映像の巻き戻しみたいに元通りになっていく。ほとんど千切れていた手足も繋がって、体中にあった大小さまざまな傷も消えて。みるみると無惨な死体だったものが五体満足のキャンディへと戻っていく。


 馬鹿な。なんだ、これ。私は何を見ている? 何を見せられているんだ?


 ぐちゃぐちゃだった顔も綺麗になって、潰れていたはずの眼球に光が戻って。その眼差しがしっかりと私を捉えた──数拍の間。を置いて、キャンディは自身と、私の状態を把握したんだろう。


 にんまりと笑った。


「お久しぶり。戻ってきたわよ、死の淵から」

「……!」


 死の淵、だと? それだとまるで死んでいなかったみたいじゃないか。私と同じく瀬戸際のところで助かっていたような物言いじゃないか──心底に馬鹿げてる。あんなのどう見たって、どう考えたって死んでいた。即死だった。淵どころか穴の底まで落っこちていたんだ、それは間違いない。


 なのにキャンディは蘇った。あたかもそれが当然みたいな顔をして。


 ……二度目だ、この意味のわからない復活は。そもそもこいつはナゴミちゃんの手で殺されたはずだったのに、それをなかったみたいにして追いかけてきた。そこがまず疑問どころではない大きな不可解だったけど、考え込む余裕もなかったものだから捨て置いた。とにかくやるべきことに集中しようと思考を切り替えたわけだが。


 謎を後回しにしたツケが、来たか。まったくもって理解不能だし、納得もいかないが、とにかく現実を受け入れるしかない。キャンディは、死を克服できる。少なくとも何かしらのからくりがあって死を免れる術をもっているんだと。


 じゃり、と砂のように小さな灰色の小石たちを踏み締めながらキャンディが近づいてくる。その足取りは確かで、座り込んだまま動けない私とコンディションの差はわざわざ比較するまでもない。


「わけがわからないって顔してるわね。イレイズに勝ち、私の命をひとつは奪った者への敬意として種明かしをしてあげましょうか」


 ここと、ここ。と、キャンディは心臓のあたりと腹部……肝臓のあたりを指し示して続けた。


「魔臓……そう私は呼んでいる。他の魔族にはない私だけの体質のうりょく。そこに普段から魔力を溜め込んで、常に煮詰めておくの。それを解放することで私は一度だけ蘇るのよ。二箇所にそれぞれ溜めておけば、二度蘇られる。そうするとまた長い期間をかけての溜め直しになるのだけどね」


 魔臓、だって。人間どころか他の魔族も持たない、キャンディだけの特殊な臓器。そこに集めておいた魔力をいざというときに使うことでこいつは全回復できるのか──いや、だとしても。そんな能力があったにしたって死さえなかったことにできるのは、いくらなんでも。


「正確には死んでないのよ、私は。魔臓の解放は死に先んじて行われる。全身に巡った魔臓の魔力は私の肉体を仮死状態にして、本当の死を避ける。そしてその後に修復が始まり、私は仮死から起き上がる……あら、不満がありそうね。理屈を聞いても納得できない? でもあなたが納得しようがしなかろうがご覧の通り。死から帰ってきた私は|(き(・)でしょう?」


 不満なら、大ありだ。仮死状態になったからって助かるようなものじゃなかったろう、あの傷は。死んでいるからもう死なないなんてとんだ屁理屈だ。……だけど、屁理屈だろうと理屈は理屈。キャンディの中ではそれが立派に成り立っているんだから、充分に能力として働いているんだから、外様からどんなに不満や文句をぶつけたってしようもない。


 もう結果は出たんだ。私は死なないという賭けには勝った。けど、キャンディを殺すという賭けには負けた。


 私はもはや死に体で、キャンディは傷ひとつない真っ新な体。それが博打の結果だった。


「言うほどそっくり元通りでもないのだけどね。仮死と復活は魔臓内の魔力で賄うけれど、それに伴ってどうしても体力は持っていかれてしまうから。ふふ、そうでなければきっと空であなたたちを全員殺せていたでしょうに。無様にあなたに捕まることもなければ、一日中に二度目の死を迎えるなんていう初体験を奪われることもなかった……屈辱だわ。ええ、本当に」


 屈辱、などと言いながらもキャンディの口調は平坦だった。私を見下ろすその目にもさっきまでの過度な怒りはもうないように思える。


 明かさなくていい復活のデメリットまで私に教える彼女の心境がどんなものか。本当にそれが敬意からくるものなのか、私にはわからない。笑みを崩さないキャンディの瞳はそれくらいに凪いで内心を窺わせないもので。


 ただただ純粋に、私をこわすという意思だけが宿っていた。


「ごめんなさいね。やられたのが私一人だったなら苦しませずに逝かせたでしょうけど……勇者ハルコ。あなたはイレイズの仇。それにスタンギルやロードリウスの仇でもあるのでしょう? 別に彼らに対して仲間意識や同族意識なんて持ってはいなかったけれど。一応は魔王様のお眼鏡に適った数少ない仲間同士だったんだもの。恨みは、ちゃんと晴らさないとね」


 キャンディがもう一歩、二歩と寄ってくる。そうして私の傍らに立った彼女は──まったく身動きできない私の、右腕を掴んだ。


「三人分の死の苦痛をあなたに与えるわ。そして殺す。なるべく手早く済ませるわね」


 掴むその手を振り払うことは、できない。二度の復活を経てキャンディの体力も底を尽きかけている。彼女の覇気のなさはそれが由来するものなんだと、間近でその顔を見てわかった。けど、それでも私のほうがずっと弱っている。まったく抵抗ができない。糸すら、指から出てこない。こんなに作ろうとイメージを固めているのに橋にも棒にもかからない。使えるアイテムも残されていない。


 ギリ、と握られた部分が鳴る。


「まずはこの腕から」

「ィッぎ、」


 折られた。いや、へし曲げられた。力任せにぞうきんを絞るみたいに、前腕がべっきりと。キャンディはつまらなさそうだった。この処置が彼女の欲望からなるものじゃないのは、本当らしい。彼女は本当に単なる義務として、使命として。魔族を仕留めた勇者への果たすべき復讐として、仕方なく私を痛めつけようとしている。


 惨たらしく殺そうとしている。


「こうやって全身を潰していくわ。あなたが気を失うまで。早く死にたいなら意識を手放すことね。最期まで抗いたいなら……まあ、好きにするといいわ」


 右肘が握り潰された。魔力防御もろくに機能していない今の私はキャンディにとって軽くて脆くて壊しやすいことこの上ないだろう。枯れた小枝を折るように簡単な作業でしかない。それを淡々と繰り返す。潰す部分が体からなくなるまで、あるいは私の心こそが折れてしまうまで。どちらにせよこの拷問の行き着く先は死。それ以外にはなく、到着が遅いか早いかの違いしかない。


 二の腕を掴まれる。

 ミシリと骨ごと肉が鳴る。


「あっ、」


 肌から飛び出る白と赤に私の目がちかちかと。



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