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160 突き刺す鋭利な弾丸

「この私をおちょくりやがって! 後悔だけでは済ませないわよッ!」


 私たちを繋ぐ糸がかえって両者の距離を遠ざけているということに気が付いたキャンディは、私の操作が及ばない力強さで糸を無理矢理に断ち切った。そりゃそうだ、四災将相手に糸の拘束が通じないことはわかっている。出来がいいとは言えないもののついさっきイレイズと戦ったばかりでそれを忘れるほど私のおつむは弱くない。


 だからすぐ、私への攻撃よりも先に糸を切ることを優先する可能性も視野には入れていたんだけど……予想よりもそうするのがずいぶんと遅かったな。それだけキャンディが冷静じゃない証拠、かな。おかげで落下しながら敵を糸で操るなんていう今後に活かせるかも微妙な奇妙な体験をさせてもらったよ。まあ、そうやって時間を使ってくれたから私の安全も担保されたんだから感謝しておこうか。


 キャンディが糸を切りにかかった時点で私は新たな糸を伸ばしている。糸が向かう先はキャンディ──ではなくもちろん、ドードンさんが操縦するスカイディアだ。


 飛び降りた私の近くへとバッチリ寄せてもらったスカイディアの胴体後部、お飾りみたいにちょこんと付けられている垂直尾翼の傍に糸を巻き付けて最速収縮。空中糸移動によって舞い戻る。この勢いでは機体に激突することになるが、それはナゴミちゃんがいなければの話。


 私がお願いした通りに抱き留め(キャッチ)の体勢に入っているナゴミちゃんを信じて収縮の速度を緩めることなく飛び込んでいけば、がっしりと──彼女の胸に突っ込んだ顔だけはふよんと──私の全身を受け止めてくれた。


 おお。身長に関しては私のほうが大きい上に足場も激悪だっていうのに、想定していたよりもずっとしっかり捕まえてくれたな。感謝だ。そして大きな浴場とかで一緒に入って知っていたことではあるけど、ナゴミちゃんのバストやべえ。大きいし何より柔らかい。私が男子だったらこれ一生の思い出になるわ。


「まったく無茶するのう!」

「ほんとだよ~。平気なの?」

「うん、何も問題なし。また行ってくるね」


 見上げればキャンディがものすごい速さで追い縋ってくる。ここはもういっちょ私だけ飛び出してキャンディをやり過ごし、引き離してからまたスカイディアへ戻ってくるとしよう。それを繰り返していけば高度も下がっていずれは地上につく。


 とにかく飛行能力持ちのキャンディと空の上で戦うっていうシチュエーションはマズすぎる。私とナゴミちゃんにまともな遠距離攻撃の手段がないのも合わさってあまりに奴の独壇場だ。それを解消するには……やはりあと二、三回は糸でキャンディを手玉に取って地上戦へ持ち込む。それ以外にないだろう。


 と、スカイディアから跳ぼうとしたところで。


突き刺す鋭利な弾丸(クラウエッジフェロー)!」


 キャンディは最接近を狙わず、一定の距離に入ったのを確認してから爪弾を撃ってきた! それも私に撃とうとしていた片手版のそれではなく、両手を突き出しての射撃。しかもひとつの指から何発も発射されている……! それ爪どうなってんの?!


「ハルっち!」

「わかってる!」


 ここは少しでも糸の幅がある鞭糸がいいだろう。ナゴミちゃんに掴まるのも後回しに両手から鞭糸を展開した私は、向かってくる爪弾を弾き落とすべく遮二無二それらを振るう。


 糸そのものが以前より頑丈になっているとはいえ──だからミギちゃんを纏わせずとも鞭糸が作れているのだが──さすがに硬度というか強度で言えば前の鞭糸のほうが上だ。自前の糸だけで作る鞭糸の出来は諸々を踏まえて前のバージョンの硬さの七割に届くかどうかってところ。個人的にはあまり納得のいっていない値だけど、でもミギちゃんを行使しないで済むぶん出も早いし解除も早いっていう取り回しのしやすさ。その点は数少ない新鞭糸が旧鞭糸に勝っている部分であり、その利点が今回は大いに活きた。


 キャンディが射撃体勢に入ったのを見てからの対応でもなんとか間に合った。旧鞭糸ではこうはいかなかったし、二本使いもできなかった。斬糸も切ることに重点を置いている技である以上、こんな風に無数の弾丸を払い落すという役割には向いていない。およそ全体の七割ほど。気合を込めて振るった鞭糸が防いだ爪弾の数は奇しくもその出来に対して見繕った値と一致するものだった。


 進路を見失った爪弾と違い鞭糸を潜り抜けた残りの三割はスカイディアへ真っ直ぐ向かってくる。が、構わない。──三割程度をナゴミちゃんがどうにかできないわけもないんだから。


「フッ──」


 短く呼気を吐いてナゴミちゃんが拳を振るう。その連撃は正確に爪弾を近い順から叩き落としていき、危なげなくスカイディアを守った。やるねぇナゴミちゃん! 素晴らしい回転速度に素晴らしい精密性だ。同じことをしようとしても私じゃちょっと難しい……いや肉体に不備なしで、かつ今みたいな集中状態だったならいけるかな? 鞭糸で爪弾の七割を落とせたのもこの集中力あってこそだしね。


 初めからナゴミちゃんを最終防衛ラインとして、私は彼女が捌き切れるようにするための露払いでしかなかったのだ。だから落ち着いて対処できたってのもある。もし私だけであの数の爪をどうにかしなきゃならないとなったらパニくってたところだよ。


 なんにせよ接近攻撃から遠距離に切り替えたキャンディの目論見もこれであえなくご破算──って、嘘でしょ!?


「ヤバい、速い!」

「ぬうっ、ありゃ躱せん!」


 今まで以上の速度でキャンディが迫ってくる! 奴め、まだ最高速を隠していたのか。それを爪弾をばら撒いた直後に披露するとはなんとも巧く、性格の悪い戦い方じゃないか。


 両手の爪を合わせて突き出し、羽は広げきらずに固めたまま空気を切り裂くように飛んでくるキャンディはまるで彼女自身が一個の弾丸、いやさミサイルにでもなったみたいだった。その速度は爪弾を優に超えている。おそらくはこれが奴の本気の速さ、広い場所の直線に限った最速の突進攻撃──爪弾に気を取られていた私たちにこの攻撃を防ぐ手段は、ない。


「くっそ……!」

「ハルっち!」


 やぶれかぶれにはなるがもう仕方ない。考える暇だってないからには動くしかなかった。たぶん私を止めようとしたナゴミちゃんの言葉も置き去って私は再びスカイディアから飛び出し、一足先にキャンディを迎え撃つ。糸も万全じゃないが贅沢は言わん!


「網糸ぉ!」


 漁獲みたいに網を広げて空を泳ぐ魚を絡め取る。こんなんでキャンディを止められるわけもないが、多少なりとも速度を緩めさせ、ほんのちょっとでも進行方向をズラせたら御の字……縛り投げではこの圧倒的な速度と力に対しては私のほうが持っていかれると──あと単純にキャンディへ糸を巻き付けるのが間に合わないと──判断してざっくばらんながらに網糸でその代用をしようと思いついたのだが……その機転自体は咄嗟のものにしては悪くなかったはずだけど、ダメだった。


 キャンディは思った以上に網糸を物ともしなかった。私も空中であっても必死に糸を引いたが、ほんのちょっとという表現ですらも言い過ぎなくらいに、本当に微かにしか速度にも方向にも干渉できなかった。


 一瞬で網糸は破れ、私は逆に引っ張られて無様に宙を踊り、キャンディの爪はそのすぐ横を通り抜けて落ちていき──スカイディアの片翼を切り落とした。



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