159 しつこすぎんでしょ
「ナゴミちゃんまたやれる!? さっきのあれ、全力防御!」
「やってみる~。むむん、えーい!」
真上から降ってくる爪。矢のように体を真っ直ぐにしてぶつかってこようとするキャンディから身を守るべくナゴミちゃんに頼めば、彼女はもう一度力んでから魔力の展開をしてくれた。
広がる魔力。土属性を持つ防御に秀でたそれがプラズマのように輝きながらスカイディアごと私たちを覆い守る。す、すごい。さっきは混乱の真っ只中にあって何がなんだかわからなかったけどこれ、防魔の首飾りがやるみたいな完全防御を自力でやってるんだ! それも自分だけじゃなく周囲のものまでまとめて守ってる。もうさすがなんて言葉じゃ足りないくらい凄いぜナゴミちゃん!
キャンディの爪が防御幕に触れた途端、バチィッ! とまたしても電気が炸裂するみたいな衝突音。その結果も同じだった。
「うわぁ!?」
「ちぃっ! 猪口才な真似を……!」
キャンディと私たちはお互いに突き飛ばされるみたいに弾き合った。けど、身一つの上に優れた機動力を持つキャンディの立て直しは早く。
「こりゃいかん! いい子じゃからスカイディア号よ、わしに応えてくれよ……!」
対するこちらは右往左往する機体を操作しなくてはならない。スカイディアだって超小型で速度も出るとはいえその点はキャンディと比べるべくもない。トップスピードではわからないが少なくとも機動戦をやって勝てる要素はないと思われる。
このままじゃ一方的に攻撃され続ける……! しかも悪いことに。
「ごめんハルっちぃ、全力防御はすごい疲れる……もう無理かも」
「マジで!?」
今ので打ち止め!? だとしたらマズいなんてものじゃないぞ、次の攻撃で撃墜されてしまう。仮に身を守ることだけできたってスカイディアが走行不能になったらどのみちお終いだ。ビッグゴーレムの頭よりもずっとずっと高いこの位置から地上へ真っ逆さまなんて、激闘後でヘロヘロの私たちに耐えられるはずもない。ってヘロヘロじゃなくたって普通に無理だわ。勇者ではないドードンさんなんてもはや言わずもがな。つまり三人とも仲良くお陀仏間違いなし。
どうにかしないといけない。でも、どうやって?
スカイディア以外に足場のないこんな場所で、いったいどうやって魔族と──四災将と戦えばいい?
「何度でも防げばいいわ、何度でも切り付けてあげる! お前らがくたばるまでねぇッ!」
「……!」
角度を付けて飛んだキャンディが今度は真横から近づいてくる。やっぱ速い、けどなんとかなるか? いやしてみせる!
「ドードンさん下!」
「! おう!」
手の中で巻いた糸をすぐに伸ばしてキャンディの手首を掴む。そして縛り投げ。足元がしっかりしていない状況でやれるかものすごく不安だったが、私の集中力もまだ完全には切れていないようだった。
掴むその瞬間だけはクリアに、とてもゆっくりにキャンディの動きが見えた。だから縛り付けることが叶った──と言っても色んな悪条件が重なっているからには完璧とは言い難く、ほんの僅かにキャンディの進路を逸らすのが精一杯。それだけじゃスカイディアのどこかに被害が出ていただろうけど、短い言葉でもしっかりと意を酌んでくれたドードンさんが縛り投げに合わせて加速しつつ機体の進む方向を変えてくれたため、なんとか満足に躱すことができた。
「くっ、この……!」
明後日の方向へすっ飛んでいくキャンディ。私としてはそのまま遥か彼方へ消えて二度と帰ってきてほしくないのだが、空を自由に飛べる相手にそんなことは望むべくもなく。羽をバサつかせて止まった彼女は腕に絡まった糸をもう片方の爪で切り裂いてから、またしてもこっちへ向かってくる。そのいくら空振ろうがまったく凝りない様子に私はうんざりしてしまう。
「ったく! 姉妹揃ってしつこすぎんでしょあんたら!」
「お前がそれを言ってんじゃねえわよ! 小娘ェ! イレイズを奪ったお前は特に苦しめて殺す!」
憤激しながら斜め上から滑降してくるキャンディ。再び縛り投げが通じるかは分の悪い賭けになりそうだ。頭に血が上っているとはいえ何かしら対策くらいは講じるだろう。あるいは、策なんて一切なしに力押しで突破しようとしてくるかもしれない……そしてそのほうがこっちとしてもキツい。
ドードンさんと息を合わせての縛り投げはかなり繊細だ。一度は上手くいきはしたけどかなりギリギリだった。単純にさっきよりも速く、さっきよりも強く打ち込まれるだけでも成立しなくなるのは目に見えている。
全力防御にも縛り投げ回避にももう頼れない。となったら──やるべきはひとつ。
受けに回ってどうしようもないなら、打って出る他ないだろう。
「ドードンさん、私の回収お願いしますね。ナゴミちゃんはキャッチ頼んだ!」
「えっ、ハルっち──」
キャンディはもうすぐそこ。話し合っている暇もないので私は機体から飛び出して宙へ身を投げ出した。キャンディの目が大きくなり、口角が上がる。何をしているのか理解できない、けど獲物が一人で無防備になったんだからどうでもいい。って感じかね?
まあいいんじゃない。お強くて有利なあんたはその程度の思考でも充分だろうさ。
そうやって精々と油断しててくれ。
「糸繰り──四肢繋ぎ」
「!?」
両手両足から伸ばした糸。を、キャンディの両手両足に縛る。防御とか用心とか一切考えずに向こうから近づいてきてくれるおかげで、割とあっさりお互いの四肢を繋ぐことができた。キャンディは驚いたようにしつつも案の定止まらなかった。糸で結ばれていようがそれがどうしたと言わんばかりに突っ込んでくる。
なら、私は糸の硬度を上げるだけでいい。
「なっ、」
ピンと硬く張った糸。間にそんなものがあるからには私とキャンディの距離はそれ以上縮まらない。キャンディが近づこうとすれば糸によって押し込まれ同じぶんだけ私は離れる。私たちの距離感はずっとこのままだ。
馬鹿みたいにシンプルだけど近接攻撃に対しては効果的な守り方だろう──となればもちろん、キャンディが次に取る行動は。
「ふん! こんなもので私を封じたつもりなら! お前はとんでもない間抜けだわ!」
糸を切る。もしくは遠距離攻撃。そのどちらかになる。キャンディが選んだのは後者だったようだ。どう見たって届かないのに爪を突き出そうとするその構え。ナゴミちゃんがスカイディアから警告を発していることからしてもほぼ間違いない、キャンディは爪を射出できるんだろう。
うん、やっぱりよく見えているし聞こえている。空は安全だと思ってだいぶ気が抜けていたけど、ちゃんと戦闘時のテンションに戻れたようだ。これならどんなに悪条件ばかりだって怖くない。
自分の体さえ思う通りに動いてくれるなら、何も恐れることはない。
「性質変更」
キャンディが爪を撃つその前に、糸の硬度を落とす。代わりに伸縮性を最大まで持たせて、引く。無抵抗にキャンディの動きに従うだけだったのを、こちらから動かしてやる。すると反応は顕著だった。突こうと準備していた右手を先に糸で引っ張られ、それに続いて体が流されていくキャンディはもう射撃どころではない。反射的に自分から糸を引いて主導権を奪おうとするけど残念。糸の扱いでは私に一日の長がある。
キャンディが糸を操ろうとするたびに硬度と伸縮性を変えて思うようにいかなくさせる。反対に、私は彼女がスカした糸を引いたり押し込んだりすることで面白いようにその体を動かすことができた。いいねこれ、まるでキャンディを操り人形にしているみたい。
つい楽しくなって笑ったのを、キャンディはしっかりと見咎めて。
「貴ィっ、様ぁ!!」
ついに我武者羅になって両手足の糸を全て切り裂いてみせた。




