158 なんでまた
「じゃじゃ馬が過ぎるのではー!?」
振り落とされないようにする、なんて言いつつスカイディアは高速回転しながら直角上昇していく謎の挙動を取っている。浮き始めこそふわっと優しかったけどそれだけに落差が激しくて、私たちは落ちないように懸命にならなければいけなかった。ナゴミちゃんはハンドルをもっと強く握り、私はそんな彼女の背中に密着して手だけじゃなく体全体で掴まる。乗る順番が逆じゃなくて良かった……!
どう考えても搭乗者を振り落とすのが目的としか思えない飛び方だけど、当然これはドードンさんの意思で行っているものではないようで。
「い、いや心配いらん! 離陸はいつもこうなんじゃ! すぐ安定させる!」
いつもこう? この意味不明な荒れ方が? 非常時の焦りからミスったとかたまたまスカイディアの調子が悪いとかじゃなくてこれがデフォだっての? そりゃドードンさん、言わせてもらうけどスカイディアが日の目を見ない悲しい魔道具なのは何もドワーフタウンくらいでしか飛ばせないからってだけじゃないよ。
もしも他のとこでも飛べたとしてもこんなんじゃ危なっかし過ぎて流行らんて。道具の扱いに関して超一流のドワーフでもここまで手を焼くものを他の誰が使いこなせるっちゅーねん。
なんて心の中で言いたいことをぶちまけている間に(口に出したら確実に舌を噛み千切っていた)、どうにか機体は安定を見せた。うぐぅ、目が回る。止まったはずなのにまだ回ってるみたいだよ。
てか相当な高さにまで昇ってんねこれ……遥か上空からドワーフタウンが一望できちゃってるよ。ぐらぐらしている今下を覗き込んだら吸い込まれそうで怖いもんだからあまりまともに見られないけど。
「打ち上げ花火になった気分だ……」
「ふふっ! いい表現だね~」
私の喩えがツボに入ったようでナゴミちゃんはくすくす笑う。同じ目に遭ってるんだから普通ならとても笑えたものじゃないと思うんだけど、さすがナゴミちゃんは強いな。多少はキているようだけど私ほどげんなりしてる様子もないし、こういうとこでも地力の差を感じちゃうね。
「よぅしよし、落ち着いてくれたな。いい子じゃスカイディア号よ」
「あのー、操縦のほう大丈夫そうですかね?」
「うむ! この高さにまで連れてこられたのは予想外、だが好都合じゃ! 屋根の高度で飛ぶつもりでおったがこのほうが見つかりにくかろうて」
ああ、地上の魔族たちに発見されて撃ち落とされたりしないようにってことね。確かに、屋根の上ギリギリを飛ぶよりもいっそこれくらい上空に陣取ったほうが見つかりにくさは上だろうな。まあ、打ち上がっていく途中は目立ってしょうがなかっただろうけど……こうして何事もないからには結果オーライと言っていい、かもしれない。怖い思いをさせられた身としてはあんまし、言いたかないが。
「魔族は奇妙奇天烈な力を使うと言うが空を飛べる者はそうおらんようじゃ。まず間違いなく邪魔されずにお前さんらを運んでやれるじゃろう。というわけでかっ飛ばすぞ、もういっちょ掴まっとれよ!」
言うが早いかドードンさんが操縦桿をぐっと押し込み、再加速。ビッグゴーレム方面へ旋回しながら伸びやかにスカイディアを飛翔させる。おお、今度は安定している。ドードンさんの操縦技術はしっかりしているようだった。ちゃんと飛んでくれればスカイディアは優れもので、小さいながらに三人乗せても不安感のない快適な空の旅を提供してくれた。
でもベルトもなしの立ち乗りでこの飛び方となると、苦手な人はマジで無理だろうな。高所恐怖症だとたぶん即死する。だって高い場所平気な私でもちょっと足がすくむもん。身体にぶつかる風もすごいし。だけど、戦いの疲労と熱気が籠っている今の私には強い風が心地よくもあった。なんだか空の上で生まれ変わっていくような気分だ。
「降りるぞ、下降に備えぃ!」
そんな風にリフレッシュしていると、もう目的地の真上に着いたみたいだった。一瞬だったな、空の旅。さすがに障害物オールスルーで最短距離を来たからには到着が早い……本音を言えばもう少し風を浴びていたいところだったけど、事は一刻を争うのだからそんなわがままは言っていられない。急いで降りてシズキちゃんの援護に回らなければ。
「OKです、最速で降りちゃってくだ──はっ?」
ぞわっと。その瞬間、言葉では言い表せられないとてもイヤな感覚が背筋を走った。
ナゴミちゃんもそれを感じたのか、それとも私より鋭い五感によって察知したのか、私たちが振り向いたのは同時だった。そして同時に、目撃する。誰も他にはいない、邪魔するものなんてどこにもないはずの遥か上空にて、私たちと同じ高度で踊る影。
こちらに真っ直ぐ、それも恐ろしい速度で向かってくるその姿は──。
「「キャンディ……!?」」
何故、どうして。キャンディが追いかけてきているという事実を認識した私の頭の中を嵐のように疑問が駆け巡る。まったく意味がわからない。その意味のわからなさ、そしてスカイディアの上という普段とはまったく勝手の異なる状況が判断力を鈍らせた。
どうしていいか考えがまとまらない。だけど奴はもうすぐそこにまで来ている。あの鋭利な爪を叩きつけようとしている──!
「むむむ……全力防御ぉ!」
ナゴミちゃんの魔力が迸る。それは彼女だけじゃなく密着している私も、そしてドードンさんも、スカイディアまでも丸ごと包み込んだ。他者の魔力は害になる。その理屈で言えば単純に魔力を放出しているだけのこれは私たちをまとめて吹き飛ばさないとおかしいはずだがそうはならず、むしろ逆に私たちを守ってくれていた。
バチィッ! と高圧電流に物が触れたみたいな音を立ててキャンディが派手に弾かれる。けどこっちも無事では済まなかった。奴が体ごと弾かれたのはつまりそれだけ強く攻撃してきてたってことで、そのせいで爪の被害こそ防げたもののがくんと押されてスカイディアが切り揉む。上下が何度も引っ繰り返る中をドードンさんが慌てて機体制御に勤しむけど、私としてはそれどころじゃない。
落ちかけていることよりも何よりも断然にヤバいのは、キャンディの存在なんだから!
「ど、どういうこと!? なんでまたあいつが! 亡霊!?」
「ハルっち、ほんとにキャンディは倒せてた~?」
「それは絶対!」
チェックが甘かった、あるいは誤ってたなんてことはない。念入りに息も脈も止まっているのを確認したのだ。いくら突飛な身体をしている魔族だからって酸素も血も巡らずに生きていられるわけはない。
奴らだって元々は人種の一員だったんだから──赤い血の流れる、その点で言えば人間と何も変わらない生き物でしかないんだから。
だから、実は死んでいなかったなんてあり得ない。
「そもそも傷もないよあいつ! アレが死んだふりだったとしてもおかしいっしょそれは!」
「確かにそうだねぇ……うーん、実はそっくりさんとか?」
体勢を立て直して上から追ってくるキャンディをまじまじと見て、自分が捥いだ羽も折った角も復活しているのを確かめたナゴミちゃんがそんなことを言う。そっくりさん? キャンディに似ているだけの別人? いや、それもないな。あれは確実にさっきまでナゴミちゃんと戦っていたキャンディ本人だと断言できる。
何故ってそれは。
「殺す殺す殺す殺す殺す! お前たちは! この私の手で刻み殺してやるッ!!」
妹のイレイズを失った怒りをそのままに……いや、もっと苛烈に燃やしながら向かってきているのが見るだに明らかだからだ。
翳された爪が陽光にギラつき、再び迫って来る。ああもう、なんだってのさこの女は!




