156 ベストタイミングだよ
重なった射撃の掛け声が聞こえた直後、魔弾が横から殺到する。その被害にあったのは魔族たちだけ。もみくちゃにされていた私とナゴミちゃんは無事だ。こんな高威力の魔弾を正確無比に何発も放てるコンビと言えば、私は一組しか知らない。
魔族たちが破った体育館の入口を見てみれば、そこにいたのはやっぱり。
「コマレちゃん! カザリちゃん!」
「二人とも、早くこっちへ!」
思わぬ救援。キャンディとイレイズの不意打ちによってやられた彼女たちの無事を喜ぶ暇もなく、私とナゴミちゃんは言われた通り魔族たちが立て直せていない今の内に移動する。
駆け寄った私たちをコマレちゃんが障壁で守ってくれる。飛び道具を警戒しているんだ。抜かりない彼女の姿は負傷の影響も見つからず、どう見てもいつも通り。ただしいつもの彼女と一点だけ違う箇所もある。
それは装備だ。魔術師向けの藍色の勇者装甲をコマレちゃんはしっかりと着込んでいる。それはカザリちゃんも同じで、その並びはなんだか神々しくすらあった。
「助けに来た。間に合った?」
「そりゃもうベストタイミングだよ」
カザリちゃん節に笑って答えるけど、笑うだけでも傷に響くな。顔をしかめる私にコマレちゃんが魔族たちから視線を逸らさずに訊ねる。
「手酷くやられたようですね。四災将二人組は?」
「倒したよ。向こうで転がってる」
「流石です。では、ここはコマレとカザリさんで引き継ぎますので」
私とナゴミちゃんは顔を合わせる。うん、ここはそうさせてもらったほうが良さそう。手伝おうにも邪魔になりかねない状態だと、改めてお互いの惨状を確かめてそう思った。
「でも~、二人だけでだいじょうぶ?」
浅くない傷を負わされたのはコマレちゃんたちだって同じ。平気そうにしていると言っても実情のほうはわからない。さすがにさっきの今でなんの後遺症もないってことはないはずなので、ナゴミちゃんが自分の状態を差し置いて心配するのも無理はない。
なんせ二対十だ、頭数五倍差の不利は相当なもの。仮に二人になんの不調もなくたって魔族十人と戦うのは生半可なことじゃあない。魔弾でいくらかダメージを与えたと言っても死闘になるのは必至──と、そう不安がっているのはこちらだけのようで。
「平気。不調はどこにもない……むしろ絶好調」
「え、何故に?」
とんでもなく腕のいい癒者さんでもドワーフタウンにいて、その人に治してもらったりしたのだろうか? だとしても治癒だってそこまで万能ではない。傷こそなくなってもマイナスがゼロに戻るだけで、絶好調なんていうプラスにはなりそうもないんだけど。
「秘密はこれですよ」
と、どういうわけかどや顔をしながらコマレちゃんが自身の着ているエオリグを示す。これ、と言われてもどれだかわからない私とナゴミちゃんに彼女は続けて言った。
「どうやらこのエオリグ、高度な自己修復機能が備わっているようなんですが……なんと『自己』の範囲に着用者も含まれているんです! つまり着ているだけで体調が良くなっちゃうんですよ。勿論、御覧の通りに外傷の治りも著しく早くなります。まあそれは着用者に優れた魔力があってこそですが、そもそもそうでなければまず着用ができませんしね。そこは問題になりません」
むふー、とすごい早口で説明したコマレちゃんの鼻息は大きい。なんか、だいぶテンション高いね? ファンタジー発作が起きてるときみたいになってる。エオリグの万能アイテムっぷりが琴線に触れたのか……それともこのハイテンションも着用効果だったりするの? だとしたらちょっと怖い。ローテンションよりは戦いに向いているコンディションかもしれないけどさ。
「そっかぁ。一旦会議場に戻ってそれを着せてもらったんだね」
「それで体調ばっちしになったから加勢に来てくれたと!」
「そう。だから、ここは私たちに任せて」
「彼らもやる気満々のようですよ……ふっふっふ。エオリグで術の具合がどうなるか、恰好の試す機会ですね」
コマレちゃんの言う通り、障壁の向こうで魔族の男たちが次々と立ち上がっている。私たちから引き剥がすのが目的だったからか先の魔弾は威力に拘ったものではなかったようだけど、それでもこの二人が撃っているんだから強力は強力。そこらの雑魚魔物なら一発でお陀仏になる代物なんだけど、さすがは魔族だ。大してへこたれた様子は誰にもないな。
そして魔弾を食らったのがトリガーになったのかどうか、体格が変わっている奴とか宙に浮き出している奴とかなんかピカピカ光っている奴とかもいて、いよいよ魔族らしい厄介さを発揮しようとしているのがありありと伝わってくる。
各々が持つ能力だか体質だかをあいつら全員が全開にし始めたら、いくらエオリグを装備しているからといって楽勝とはいかないだろう。と勝負を預ける側としてはどうしてもそう思っちゃうんだけど、コマレちゃんはあくまでも自信に満ち溢れていた。
「信じてください。お二人が四災将に勝ってみせたように、コマレたちも必ず奴らを下してみせますから」
「そういうこと」
同調するカザリちゃんは淡々としているけど、いつも以上に堂々とした落ち着きが感じられるのは、ずばり余裕の表れだろう。つまり二人して自信満々ってことか……うーん、ここまで断言されちゃ心配するのも野暮ってものかな。
同じ結論にナゴミちゃんも達したんだろう。彼女はひとつ頷いてから訊ねた。
「ウチらはどこに行けばいいかな?」
「クシュベルの採掘道前広場……えっと、とんでもなく大きなゴーレムが目印です。そこにエオリグを持ったシズキさんが防衛に参加しているので合流してください」
とんでもなく大きなゴーレム? ゴーレムと言えばロウジアでタジアさん一家が操っていたあれが思い浮かぶけど、そのスケールアップ版みたいなのがドワーフタウンには置かれているのか。見た目そのまんまで大きくなっているとは限らないけど、なんにせよ目印としてはわかりやすいだろうから迷うこともないだろう。
もう一度二人に礼を言って出発しよう、としたところで「あ!」とコマレちゃんは思い出したように追加の情報をくれた。
「街中にロックリザードが入り込んでいますが、攻撃しないように! 味方ですので!」
「えっ!? わ、わかった!」
いやなんでロックリザードが? 味方って何?? と一瞬で頭の中は疑問符で埋め尽くされたけど、魔族たちが咆哮を上げながら向かってきたからにはもう足を止めてはいられない。コマレちゃんとカザリちゃんが再び一斉射撃で迎え撃つのを背に私たちは体育館を出た。
それにしても連中、気迫がすごいな。本領に入る前に一人だけでも倒せたのはかなりラッキーだったのかも。何せ私もナゴミちゃんもコマレちゃんたちを心配なんてできないくらい絶不調なんだから。
「うっ、これは」
「うわぁ……大変だぁ」
体育館はドワーフタウンの外縁部付近、街の外れの位置にあると言っていい。しかも標高は高めで街の景色が一望できる場所だ。だから、入口から伸びる屋根付きの通路を遡った先でパッと広がった光景は現状のドワーフタウンがどうなっているかを一目で教えてくれた。
あちこち建物が崩落している! 火の手が回っているのか色んな所から黒煙が上がっているのも確認できる。そして大きな被害の合間で新たに生まれていく破壊痕。魔族が暴れている。けど、それに負けじとドワーフや兵士もチームで応戦している。数の上ではこちら側が有利、だけど質においてはあちらが上。それが釣り合っているのか戦場のバランスとしては割と五分五分らしい……いやまあ、街中が戦地になっている時点で損失の観点で言えば一方的にやられているようなものなんだけど。
しかし決して魔族側も無事ではない。その要因としてはやはり──。