155 団体さん
「来たって、何が?」
「団体さんの足音が聞こえる〜……」
「それって……魔族?」
まず間違いない、とナゴミちゃんが頷く。彼女の表情で薄々と察しもついてはいたけど、やっぱりかい。打って出るまでもなくあちらさんからお出ましかい。
たった五分休む暇も与えてくれないのか、とうんざりする。まあ本音を言えば今すぐにでも飛び出していきたいくらいなんだから、その気持ちを押し殺さなくて済むっていうのは見方によっちゃありがたいことかも知らんけどね。けっ。
なんてぶつくさと考えている間に私の耳にも大勢が走ってくる足音が聞こえてきた。あー確かに、ドワーフの歩幅にしては随分と大きいっぽい。でも兵士(人間)とすると重いな。街詰めの衛兵たちは基本的に動きやすさ重視の軽装備をしている。それはドワーフタウンでも変わらないので、こんなに地に響くような大袈裟な歩き方にはならないはず。
こりゃ魔族っぽいな~。あいつら体がデカいもんな、まず。女(だよね、魔族だとしても性別的には)のキャンディ・イレイズ姉妹はそうでもなかったけどスタンギルは巨漢だったし、ロードリウスはそれに比べたら細身だけど長身だし筋肉もしっかりついてはいた。ロードリウスの部下たちもそう。要は魔族ってのは恵まれた体格をしているのがオーソドックスなんだろうな。男で貧相だったのはザリークくらいだもの。
「仕方ない……腹を括ろうぜナゴミちゃん」
「にゃは。うん、がんばろ~」
やるとなったらやるしかない。無策に戦場へ出るよりはと理性を働かせて休憩を優先させたけど、奴さん方がそんな猶予を与えてくれないっていうならこっちも相応に張り切るってもんだ。
死ぬ気で生き抜く。私たちがボロボロだからって簡単に勝負がつくと思ってちゃ痛い目見るぞ、こんにゃろう共。
気合を入れ直しつつも自己治癒に努めるのは忘れず、さて敵の数は何人かといよいよすぐそこまでやってきた足音に身構えれば──ドガン、と体育館の鉄製の扉が壊されて開いた。
ぞろぞろと侵入してくるのは案の定、角やら尻尾やらを生やした一目で魔族とわかる男たち。その人数……十一人? え、ちょい待ってさすがに多過ぎない? ドワーフタウンを襲ってる戦力の一割以上がここに集まってんの? なんで?
前言撤回してーわ。めっちゃ逃げてーんすけどマジで。五、六人とかでも死ぬほどキツいってのに十一人は本気で死ねる。
でも魔族たちはキャンディとイレイズの亡骸を見てはっきりと目の色を変えた。集団の殺意が濃厚に漂ってくる。これは上司的な立場の同胞がやられたことへの怒り──ではないっぽいな、彼らの顔付きからして。単に私たちを警戒して、その上で確実に殺そうとしている雰囲気だ。
くっそー、せめて油断してくれたら少しは活路も見つかったかもなのに。こんな死にかけの女子二人に全員でジリジリ距離を詰めてくるとか真剣になり過ぎでしょ。もっとこう、「こんなナリなら勇者だろうが余裕で殺せるぜー!」的な感じてバトル漫画の三下モブみたいなイキりを見せてくれよな。
傲慢さが売り? であるはずの魔族にここまで用心をさせるってことは、キャンディ・イレイズ姉妹がそれだけ彼らに実力者だと認められていたってことだよな……まあ当然か、そうでないと四災将にだってなれちゃいないだろうし。
「ハルっち、ウチの後ろに」
「わかった。援護は任せて」
一応は前衛と後衛(中衛?)に別れてフォーメーションを組むけど……言いたかないが焼石に水っぽい。魔族たちはどんどん横に広がって私たちを囲もうとしている。これじゃ前も後ろもなく攻められてナゴミちゃんとも分断させられるだろうな。そしてそうなったらお終いだ。今の私たちは辛うじてファイティングポーズを取っているだけで中身はスカスカもいいところ。それでもナゴミちゃんは少しの間なら善戦するだろうけど、私は一人じゃ果たしてどこまでやれるやら。
一分さえ持つかも怪しいけれど……なぁに、腹を括ったからにはなんとでもしてやるさ。ここでくたばるつもりなんてないし、たとえそうなったとしてもせめてこいつらは道連れにしてやろう。首だけになっても噛み付いてやる……!
「糸繰り──鎧糸」
よし、どうにか鎧糸くらいなら出せるな。イレイズに剥がされたのを巻き直して鎧兼ギブス兼包帯にする。わお、一挙三得だ。それで何が劇的に変わるってわけでもないけど気分的にはだいぶマシになった。自己治癒も気休め程度には進んだし、動けるっちゃ動ける。動けなくても無理矢理動くけどね。
「よっし。来るなら来いや、魔族共!」
ナゴミちゃんと目配せし、包囲が完成する前にこちらから仕掛ける! わざと全方位に展開させて強引に一箇所を突破、そのまま逃げるっていう策ももうちょっと元気なら悪くはなかった、てか確実にそうしていたと思うけど、言ったように私たちはボロボロのヘロヘロ。連中を振り切れるだけの足も残されていないからには覚悟を決めて戦り合う以外にはない。
てなわけで機先を制する!
「えいっ!」
十一人の中でも特にデカい男にナゴミちゃんが狙いを付けて殴りかかった。その動きは血の跡を残しつつも負傷を感じさせない疾風怒濤。男に反応を許さずに右拳が振り抜かれる。男が吹っ飛んでいく──のを私が伸ばした糸でキャンセル。糸を縮めてむしろナゴミちゃんのほうへと戻してやる。
「受け取れナゴミちゃん!」
「もういっぱーつ!」
今度は返す刀の左拳でまた男がぶん殴られる。自分から突っ込んでもいるから余計にキくだろう。めぎめぎと打たれた腹から色んなものが潰れる音が響き、ぶちぶちと私の糸も千切れ、そんなヤバいパンチを二連続で浴びた男はその場に沈み込んで沈黙。立ち上がってくる気配はない。
よっしゃ! 戦闘開始から僅か二、三秒足らずで一人削ったぞ! ……と言っても何か好転したわけじゃないが。まだあと十人いるし、こんな速攻のかけ方ももうできないしな。
一人打ち倒されたのを切っ掛けに、思った通り魔族たちは興奮した様子で一斉に襲いかかってきた。もう包囲もクソもないって感じ。その血気は空恐ろしいほどだけど、勝負を急いでくれるってんなら望むところだ。淡々と数を頼りに処理的な戦い方をされるほうがよっぽど苦しいし……何より私たちには時間がないんだから。
ナゴミちゃんのパンチはスペシャルパンチじゃなくても充分に魔族を仕留められる。けど、それだっていつまで威力を維持できるかわかったものじゃない。体力だって元からガス欠寸前な以上、短期決戦に望みをかけるしかない。
それに私たちがちんたらすればするほどドワーフタウンの状況もマズくなっていくんだから、余計に時間をかけちゃいられない。
「おぉおおお!」
雄叫びを上げて強引に自らを鼓舞! まだまだ活力いっぱいだと体を騙す! 騙されてくれよ、ほんのちょっとの間でもいいから!
そう願いつつ変形蹴り。近い魔族を遠ざけつつ糸移動。移動のために掴むのはもちろん魔族だ。だって体育館には他に掴める物なんてないからね。んでもってミギちゃんをバネにジャンプして攻撃を躱しつつ、縛り投げでそいつを他の魔族にぶつけてやる。
完全に囲まれないようにしつつ、少しずつでもいいからダメージを与えていく。もどかしいが今の私にできるのはこんな戦い方だけだ。一撃でも貰ったらゲームオーバーになりかねないからにはとにかく回避を最優先にしないとなんともならない上、三つの純魔道具全てが魔力切れで派手な攻撃もできないってんだからどうしたってこういう姑息なやり口の繰り返しになる。
ああでもダメだな、こんなんじゃどう足掻いたってこの人数は倒し切れっこないぞ。ちらっと見たがナゴミちゃんも敵が多過ぎて決定打を出せないでいる。私は四人、ナゴミちゃんは六人。いい割り振りじゃないかよちくしょう、これじゃジリ貧だ。
どうする!? と魔族の腕から生えた剣みたいなのをすんでのところで避けながら本気で焦りを抱いていると──。
「「発射!」」
掛け声が聞こえ、そしていくつもの魔弾が魔族たちに降り注いだ。