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150 予定調和だった

 奥義──スタンギルの「支配下の沙汰(ドミネ・クオス)」や、あるいはロードリウスの「麗渦鎧ストゥルムメイル」のように、魔族は各々の技・能力を磨き上げた先で得る奥の手。有り体な言い方をするなら「必殺技」を所持している。


 それは齢四十ほどという魔族としては若輩であるイレイズにおいても例外ではない。それも年若くとも四災将の一角を占める彼女なのだから当然に、その技も相応に強力なものであった。


 イレイズの奥義とは彼女の彼女らしさそのものと言っていい蛇に似た身体的特徴を活用する。格納と展開を自在に行なえる鱗は硬く、それでいて肉体に完全に沿って動作性を落とさない究極の生体鎧。だけでなく、彼女の筋肉もまた蛇のそれのように全身くまなく剛健かつ柔軟。緩めれば水の如く、固めれば鋼の如く。そこに生まれる落差が彼女の殴打の瞬発力と破壊力にも繋がっている。本人が微関節と称している人類種と瓜二つながらに人類種には存在しない各部位の関節が更なるメリハリと()()()を与えており、その全てを噛み合わせて放てばイレイズ以上の体格や腕力を持つ魔族との力比べでさえ悠々と打ち勝てる。


 鱗と筋肉による二重鎧。そしてそれらを攻撃に転化した独自の複雑軌道の打法、また打法における筋肉の使い方を応用しての移動法を持つイレイズは走攻守に取りこぼしのない均整の取れたハイステータスが売りである。


 彼女が本気で防御を固めればそれを崩せる者は魔族にもそうはいない。また彼女が本気で攻め込めばそれを凌げる魔族もまたそういない。まったく予測のしようもない打法「蛇鱗打ち」。それを息つく間もない乱打として何十発も放つのが「蛇鱗殺法」。


 それをもう一歩押し進めて、イレイズの限界・・いっぱいまで乱打を放ち続けるのが奥義「蛇鱗殺法・極彌きわみ」である。打つ間はまさしくそれだけに徹する。呼吸も瞬きもせずにひたすらに打つ! その境地に達したイレイズは秒間で十二発もの蛇鱗打ちを敵へ浴びせ、無論のこと餌食となった者は助からない。一度食らえば物言わぬ肉塊に成り果てるのみ。


 必ず殺す、ではなく、絶対的に殺す。必殺を超えた絶殺。それがイレイズの奥義であり──ハルコへのトドメとして奥義を選択したのは間違いなく、彼女なりの強敵に対する敬意の表れに他ならなかった。


「死になさい」

「ッッ!!」


 口調は平坦ながらにそこに込められた殺意は重く、打ち込まれた拳もまたこれまでで最も重く──それを感じ取る間もなく既に次の打撃が来ている。両手に尾も加えて迫る致死の攻撃は不規則変幻自在角度無限の雨霰! ハルコは驚異的な反応速度で最初の三秒間だけはその全てにブロッキングを間に合わせた。充分な偉業。充分な異常。やはりハルコという人間はまったく人間的ではない。この血みどろの有り様で三秒三十六発の攻撃を防ぐなど、たとえ身体能力に優れた獣人であっても不可能だろう。


 過度なまでの集中力の高まりとそれに追いつく肉体。イレイズの目からも今のハルコが「神懸かっている」ことは疑いようもない。魔族が勇者を揶揄して呼ぶ女神憑きという呼称が何より相応しい状態にハルコはある……だが、蛇鱗打ちの恐ろしいところはその独特の筋肉が生み出す打力の著しさもさることながら、それに耐えたとしても無数の鱗による切れ味まで伴う点だ。避けない限り被害は必至。今こうして三十六発の打撃を防御したハルコは新たに三十六回削られたということでもあった。


 嵐のような連撃の勢いで更に激しく血の飛沫が舞い上がる。それはあたかも風に散る花びらのよう。ハルコの命の残量が目減りしていっているようだとイレイズは感じた──無尽蔵ではない。限界は、ある。ハルコが耐えられるタイムリミットは確かに近づいてきているはずなのだ。そこまで一気に持っていく。神懸かりだろうとなんだろうとイレイズの奥義にはそれができる。


 結局のところ「凌いだ」と評せるのは最初の三秒間だけだった。四秒目からはブロックが間に合わずに直に打撃を貰うことが増え、六秒を過ぎた辺りからはまるで守りが追いつかなくなった。ハルコはただ殴られ嬲られるばかり。辛うじて魔力防御の密度だけは変わっていないがもはや腕は動かず、鎧糸も体のどこにも残っていない。そうして十秒。合計百二十発の蛇鱗打ちを繰り出し終わったときには自然の理として、ハルコは真っ赤だった。


 鱗に叩きつけ続けた拳のみならず全身が余すことなくズタズタのぐちゃぐちゃ。無事で綺麗な皮膚などもうどこにもない。まだしも人の形を保てているのが不思議なほど、命を落としていないのが奇妙なほどに彼女はまさに「死に体」であった。


 しかし生きている。粘土の高い血の泡と共に荒く小さく、その口と鼻から酸素を求めて呼吸が繰り返されている。急所だけは最低限のカバーをしていたか。喉元や腹部あたりの傷が──辛うじて読み取れる程度に──比較的浅いことからそれは確かだった。偶然ではなくハルコは生き残るべくして生き残った。打撃の嵐に飲み込まれながらも諦めずに生存の目を探し、それに縋り、なんとか掴み離さなかった。並大抵の気力ではない。あるいはこの、魔族からしても空恐ろしくなるほどの精神力、類い稀な生存本能こそがハルコという勇者の最も人間離れした部分であり、最も評価すべき利点・・なのかもしれない。


 だがそれはイレイズにとって予定調和だった。


(ええ、あなたならばと予想をしていましたとも。わたくしの奥義にもハルコならば生き残るだろうと──それはなんらあり得ないことではないと。だから早くに切り上げた!)


 無為無念の無呼吸連打である「蛇鱗殺法・極彌きわみ」の限界持続時間は十三秒。イレイズは三秒だけ早く技を終えていた。残り三秒いっぱいを使い、もう三十六発加えてやればハルコを倒せただろうか? その時こそハルコは息絶えただろうか? 答えは否。それで仕留められると信じるのは些か望み過ぎというものだろう。少なくともこれからイレイズが行おうとしているに比べれば確殺とは言い難い。


「蛇穿ち」


 極彌きわみに限界まで注ぎ込まなかったからこそ可能となるシームレスな次なる技への移行。それによって技後と技前の隙間をなくし放つのは、言うなれば極彌きわみも超えたイレイズ真の絶殺技たる究極の奥義。


 自在の筋肉から生じるエネルギーの全てを一点に集約させ、一打に乗せる。それは蛇鱗殺法の乱打を一撃に集中させるようなものであり、その破壊力は単発のそれとしてはスタンギルの「支配下の沙汰(ドミネ・クオス)」に次ぐ四災将内の二位に着けている。


 魔術ではなく殴打によってそれを成すイレイズの才覚は年齢の若さも相まって魔族でも一際に輝いており──その才気煥発の威光で以てハルコを殺す。純粋な殺意が運ぶ掌打は正しく究極と呼ぶに相応しいものだった。


 戦闘のダメージと疲労。少なからずの負担が圧し掛かる極彌きわみの後遺症。それらの障害があって尚に完璧。イレイズ自身をして打ち出す瞬間からそうと確信できるだけの技の出来は既に死体も同然のハルコを本物の物言わぬ躯へ仕立て上げるになんの不足もなく、確実に掌打は彼女の心臓を技名通りに穿ち抜く──はずだった。


「!!??」


 止められた。今度こそ絶殺となるはずだった渾身の奥義が、蛇穿ちが防がれた。

 ハルコにではない。ハルコの腕は上がっていない。以前として死に体のまま、ただ瞳だけをギラギラさせてイレイズを見ているだけ。


 その口元が、薄っすらと持ち上がった。


「防魔の……首、飾り」


 予定調和だった。

 と、息も絶え絶えの彼女の口調が物語っていた。



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