15 一週間の成果披露
「うおお見よ! これぞ私の集大成──『ビッグブリッジ』!」
「『橋』ですよね、あやとりの」
「ふふん、ただの橋じゃあないよ。これは四段はしごと吊り橋を組み合わせた私のオリジナルなのだ。糸繰りだからできる幻の技ってところかな」
「はぁ、そうですか……あやとりが上達したのはわかりましたけど、それがハルコさんの集大成でいいんですか?」
意気揚々と技を繰り出している私に反してコマレちゃんはローテンションだ。カザリちゃんに関しては見てもいない。
冷たいねぇ、現代人のよくないところ出ちゃってるよ二人とも。それに比べてナゴミちゃんとシズキちゃんは優しい、拍手してくれている。
表情からしてシズキちゃんのほうはたぶん、ナゴミちゃんの真似をしているだけっぽいけれども。
「いやなに、実際に大したもんだよ。複雑な糸の絡め方ができるのはそれだけイメージが出来上がっている証拠だからね。あえて強度を落とした糸でやってるって点も含めてなかなかの上達速度だ。まあ、こういう初歩の練習……糸繰りやら浮き玉やらを一切やっていないあんたらからするといまいち価値を見出せないだろうがね」
「そーだそーだ、この天才どもめ。特訓風景が公園で遊んでいるようにしか見えない私の身にもなってみろい」
「そんなこと言われましても……与えられた力なんですからコマレに責任はないと思います」
うん、仰る通りだ。なんもかんも女神が悪いよ女神がー。
魔力があることや、一応は無属性に限れば「悪くない」くらいの評価を貰えていることからして、ナゴミちゃんの言う通り女神は私にも祝福をくれていた。
それは間違いないんだろうけど、中身がね。あからさまなまでに皆とは規模というか、規格が違う感じ。
その差をこれからありありと見せつけられるのがわかっているから自ら一番手を志願したんだよ。
「一週間の成果披露。ハルコのお次は誰だい?」
「私」
お、カザリちゃんが率先するとはなんだか珍しい。私が強引にビッグブリッジの披露を押し切ってなかったらカザリちゃんが一番手になっていたのかな? それだけ見せたい欲が強いってことだろうか。
「魔弾……」
ぽつりと呟いたカザリちゃんの周囲に三つ、拳大ほどの球体が浮かぶ。
魔弾は字面の通り魔力で作られた弾丸を発射する術、だと聞いた。おそらく闇属性と思われるもわもわとした黒いそれが、思いの外に低速度で飛んでいくのを「お~」と目で追いかけたところに、続けてカザリちゃんに動きがあったことで視線を引き戻される。
また三つの球体が浮かんでいる。けれど今度のは黒くない。
光属性の魔弾? そう私が推測した瞬間にそれは発射されて、闇の魔弾を同じ軌道で追いかけていく。速度は光弾のほうが上。とくれば当然。
「うわっ……相殺した?」
ばしゅぅっ! と巨大な風船から空気が漏れたみたいな音を立てて闇と光がぶつかり合い、消えてった。
対消滅ってやつ? 自分の術へ自分の術を当てて処理って、カザリちゃんめっちゃ器用なことしてませんか。
や、これがどれくらい高度な技なのか私にはよくわからんけど、ぱっと見の印象ね。
成果お披露目の演目としては充分。に見えたんだけど、カザリちゃんはそう思っていないようで、何か言おうとしたバロッサさんを制して言った。
「まだ、です。──光。闇。混合魔弾」
ぐぐっと両手で何かを押し付け合うようなポーズを取るカザリちゃん。その手と手の間に光と闇が出現して混ざっていく。
さっきのことを思えばこのままふたつの属性は互いを食い合って消滅しそうなものだけど、そうならないよう何かしら工夫をしているんだろう。
カザリちゃんの手の中で白と黒が複雑に絡み合った新たな魔弾が誕生した──デ、デカい。拳大どころかバレーボールくらいはある。
属性を混ぜると強力になったりするのかな? そういうオマケみたいなのがないと混ぜる意味がそもそもないか。
「発射」
まさしくボールでも放るような所作で両手を上に向けるカザリちゃん。それに合わせて、でも明らかにカザリちゃんの軽い動きには見合わない速度で打ち上がった魔弾はログハウスの屋根の高度の二倍ほどに達したあたりで爆散。
地上の私たちにまでビリビリと空気の震えを届ける衝撃を撒き散らしてその役目を終えた。
わーお、すごい火力。弾っていうより爆弾じゃんもう。こんな派手にやっといてカザリちゃん涼しい顔してるし。
これにはバロッサさんもいたく感心したようだ。
「あんたならできるとは言ったが、もう属性の混合を習得したのかい。本当に大したもんだね。だが、通常の魔弾と違って詠唱は省けないか」
「はい。混ぜる段階にも撃つ段階にも必要、です」
「ふむ……ま、その上達速度なら時間の問題だろうがね」
おっとぉ? 詠唱とかいう私の習っていないワードが当たり前のように出てきたぞ。そういうのあるんだ、魔術って。
それとも属性魔術だけの特徴なのかな。あり得る。無属性と違って属性魔術は術式の確立が複雑で難しいようだから、その補強のために言葉を口に出すのが効果的なんだろうな。
だとすれば私が習得した糸繰り然り、他にも(習得したとは言えない)浮き玉やら物差しやら……ああいう魔力操作の初歩でできる魔術にはそりゃあ詠唱なんていらないし、教わっていないのも当たり前だわな。
「では、次はコマレが。──魔弾よ」
お披露目の番をカザリちゃんから引き継いだのはコマレちゃん。指揮でも執るように腕を上げた彼女の周辺に四つの球体が浮かぶ。
それらはひとつひとつ色味が違っていて、つまりは属性が異なっていることが明らかだった。
うお、四属性を同時使用? これはこれで混合と同じくらい凄そうっていうか、私のレベルじゃどっちが高度なのかちっともわかんねえや。
「はっ!」
気合の入った掛け声と共にコマレちゃんの腕が伸ばされ、その方向に四つの魔弾が飛ぶ。
やや下方向きに発射されたそれらは裏庭の地面の一角へと着弾。土煙が起きて、それが晴れると……おお、四属性それぞれの被害が。
土が燃えてドロドロになっているのは火属性、反対にぬかるみになっているのが水属性。一際深く抉れているのがおそらく土属性の弾が当たったところで、その傍にある切れ込みみたいな鋭い痕が風属性の弾によるもの、かな?
やっぱり一概に同じ術、魔力の弾丸だと言っても、属性ごとに起こる結果が違うものなんだなぁ。
「大きなのいきますね。──火、増大……発射!」
ごうっと出来上がった火球。色味だけでなくハッキリと火の塊だとわかるそれが飛翔し、地面に着弾。四属性それぞれの被害痕を炎一色に染め上げた。
立ち昇る熱気がここまで伝わってくる……これまたド派手な術に私はお口あんぐりなわけだけど、案の定コマレちゃんは当然とばかりに淡々としていた。
「と、これぐらいの威力であれば他の三属性でも撃てます。カザリさんのように属性同士を混ぜることはできていませんが……」
「そりゃ仕方ない。同じ魔術師タイプの複数適性持ちだと言っても性質は一人ずつ違うもんさ。属性の混合ができなくたってあんたには四つもの適性があるんだから、その強みを伸ばすことだね。ひとまずは強化した魔弾を四属性同時に撃つのを目指しな。会得できれば大概の敵は一捻りだ」
「はい!」
コマレちゃんはコマレちゃんで、バロッサさんとの間に信頼関係ができている。それがよくわかる返事の仕方だった。
そーだよね、ほぼ私に付きっ切りだけどちゃんと全員の指導をしてるんだもんな。
改めて頭が上がりませんよ。一番苦労をかけているだけに余計にさ。
「次はウチがいくね~」
お、ナゴミちゃんのお披露目の番か。さて、魔術師の前二人と違って魔闘士である彼女はどういう技を見せてくれるんだろう?