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148 根性ってやつだよ

 拳を襲う、まるで肉食獣にでも噛み付かれたみたいな鮮烈な痛み。実際それとよく似た状態に私の右拳はなっている──牙の代わりにウロコが突き立ち、ズタズタにされてしまっている。


 こ、こいつ……! ここまで急な角度でウロコを立てられるのか!


 イレイズのウロコの硬度は鎧糸を上回っている。だからさっきは私の肌がもみじおろしにされてしまったわけだが、これはもう逆立っているとかいうレベルじゃない。直立だ。ウロコがまるでそういう武器みたいに立ち上がり、私の拳を直接迎え撃ったんだ。


 鎧糸は右拳だってもちろん覆っていたけどあっさりと突き破られている。そりゃそうだ、ただでさえ頑丈さで負けているのに私のほうから思いっきり刺さりに行ったようなものなんだから。


「──ッ、」


 痛い、痛い、痛い。骨に届くまでズタズタにされて痛くないわけがない。イレイズのほくそ笑む気配。誘った通りに敵が動き、まんまと罠にかかった。それを見て悦に浸るうすら寒い感情がすぐ傍から沸き立っている。痛い、けど、この痛みに負けて拳を止めるのはマズい。次の瞬間にはもっと酷い痛みに襲われることになる。


 だったら、止まらない。


 痛みなんぞ構うもんかぁ!


「ふぅんぬっ!!」

「!?」


 ボロボロだろうがズタズタだろうが拳は拳、握っていればしっかりと硬い。突き刺さったウロコごとぶっ飛ばす勢いで殴り抜ける!


「っぐふ!」


 いい感触。おそらく私がもう殴れないと思って気を抜いたな? どうやらウロコの上からであっても、その奥の筋肉を奴がしっかり固めていなければそれなりに通ってくれるようだ。これはいい発見だ……なんて言っても、今のはたまたまイレイズが油断してくれたから決まったラッキーパンチみたいなもの。そうそう期待できはしないが。


 しかも一打を入れる代償としてこっちは右手がヤバいことになってんだから差し引きとしてはぜんぜん得もできていない。やれやれって感じだ。


ぅ~……腹立つわマジで。そのウロコ落としてきてくんない? それから殴り合おうよ」

「そうですね。あなたがその妙な右足と装備品の全てを外すのであれば、一考しましょう」

「馬鹿にしてる?」

「こちらの台詞では?」


 そりゃ被害妄想ってもんだよ。だって本気でウロコ剥がしたくて仕方ないもん私。凄腕の料理人が包丁でパパっとやってくんないかな。

 はいはい、現実逃避は終わり終わり。軽く頭を振ってから血だらけの拳を構え直す。


「まだ殴れますか? 手がそのようになっても、わたくしを」

「とーぜん。後付け・・・以外じゃ殴る蹴るだけが能なもんで」


 そしてそっちが私本来の得意でもある。


 そもそもあんだけ鋭利なウロコが立ちまくっていると、もう糸繰りでの拘束も体に触れた瞬間に切られちゃって不可能。かと言って突糸やら斬糸やらだって通じないのは変わらないし、ならもう挑むなら格闘戦しかない。


 どうにかしなきゃいけないのはこっちから殴りにいくとどうしてもウロコに傷付けられる上に、防魔の首飾りのオートガードも機能してくれないって点だ。敵からの攻撃から私を守ってくれるためのものである以上、自傷扱いだとガード判定が出ないってことなんだろう。これも思わぬ発見だ。それなりに便利に防魔の首飾りを使ってきていながら初めて知った仕様だものな。


 ま、解決策は結局シンプルに。


「ダメージレースに勝つ……!」


 今度は私から攻め込む。鎧糸を三重にした左拳で縦拳。踏み込みの速度そのままに真っ直ぐ放ったそれをイレイズは腕で受けた。打撃と刺突が互いに響く。いってえ、けど、鎧糸を普段より厚くしたおかげでさっきみたいに深々とは刺さっていない。精々が皮を割かれたくらいだ。筋と骨は……無事とは言えないけどまーなんとかなる。アドレナリンでどうにか誤魔化せるくらいだ。


「おらおらおらァ!」

「……!」


 ガンガン打ち込んでいく! 鎧糸は体に巻いて使うもの。だからあまり巻き過ぎると重くなるし、関節部なんかはできる限り薄くしないと自分の動きを阻害する。厚くすればするほど頑丈になるけど身動きが取れなくなってしまうんだ。


 でも手に限って言えば、形を拳から動かさないんだったらどれだけぐるぐるにして固定してしまっても大丈夫。ボクサーのグローブよろしく元の拳から何倍何十倍と大きくしたって戦闘の邪魔はしないと気付いた。


 もちろん指先から糸を作り出す糸繰りが、常に拳を握っていることでこれ以上できなくなってしまう──つまりは鎧糸のみで戦わなくちゃならなくなるっていうデメリットもあるにはある。私は足先からも糸を出せるけどそっちは片足で一本ずつ、かつ操作精度も手とは運泥だしね。


 私のメイン武器である糸が充分に操れないとなると、一人の戦士として総合的に見たら強度は落ちているだろう。だけど本気のイレイズに生半な糸はどのみち通用しない。唯一ダメージ源として期待できそうな槍糸もそれ単体じゃ決める隙がないってんなら、割り切ったほうがいい。


 糸繰りは身を守るため&打撃力を高めるための鎧糸だけに専念! 肝心のイレイズとのダメージレースそのものには「私自身」のパワーでなんとかする! うぉおおおお燃えろよハルコぉ!


「まだまだまだまだまだまだまだまだぁッ!!」

「ッッ……い、い──加減に! しなさい!!」

「まだまだまっがは!?」


 尻尾を打ち付けられて上体が跳ねる。い、いてえ。尻尾自体の重みもさることながら、しっかりとささくれているウロコによってもみじおろし再びだ。胸から腹にかけてざっくりとやられてしまった。だけど、聞いたぞイレイズ。苦しそうなあんたの声。私の三重鎧糸連打が効いてくれたってことでしょ?


 そうだよ、イレイズだって無傷じゃないんだ。どんだけ体が丈夫でも、硬いウロコに全身が覆われていようと、ダメージがまったくないわけじゃない。息は上がっているし血だって流している。今のところは打撲と出血の量で私のほうが追い込まれている、が。引っ繰り返せない差じゃない。どう攻め落とせばいいか見えていなかった最初とは違うんだ。私にはもうこいつをぶっ倒すための道筋が見えている……! だったら!


 迷いなくそこを駆け抜けるだけだ!


「っ、おっらぁあ!!」

「がッッ!?」


 たたらを踏みかけた足を踏ん張って止め、即座に殴り返す。横っ面へぶち込んだ拳にはやっぱりウロコが突き立ち、傷の上からさらに傷を付けてくる。ズタズタどころかジュクジュク。肉を耕されているような気分になる。連撃によって右手だけじゃなく左手もそんな調子だ。でも、止まらない。止まってはやらない。


 両手が潰れるくらいでイレイズをしこたま殴れるってんならお釣りがくるからね!


「どうしたよイレイズッ! あんたちょっと足りてないんじゃないの!?」

「ぐ……何がッ!!」

「根性ってやつだよ!!」

「そ──んなもの! 知ったことではない!」


 交錯。私の顔面とイレイズの顔面、どちらにも互いの拳が直撃した。打たれた部分と首にイヤな衝撃が回る。これは、お互いにカウンターを取られた形だな。そのぶんだけ打撃の威力が増した。目まで回りそうだ。だけど堪える。なんとか耐える。ここで攻め手を緩めるわけにはいかない。ましてや倒れてなんていられない。そうなったら私は負ける。


 攻め切ったほうが勝つ。これはそういう戦い。


 それをイレイズもわかっているんだろう、私と同じように後退しかけた足を無理矢理に前に出してきた。そして殴りかかってくる。どちらも下がらない、だからどれだけ打ち合っても距離は一向に変わらない。


 向こうもその気なんだ。常に私たちは私たちの間合いの中。そこだけで決着をつけようとしている──生死を分けようとしている!


「おぉおおおおっ!!」

 

 望むところだと、私は打撃に打撃で応えた。



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