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147 イレイズ

「ぼ、防魔の首飾り!」


 これはシズキちゃんとの手合わせを公平にするため、勝負の前にナゴミちゃんに預けていた物だ。なんたって防魔の首飾りは私に当たる攻撃を(それが害になるものなら)自動的に防いでくれる優れもので、傍から見ていると当たっているのになんの効き目もない、みたいなことになる。それだと有効打かどうかを見極めるカザリちゃんたち審判がちゃんとした判定を下せなくなるってことで、一時的に首から外していたのだ。


 ナゴミちゃんの魔力が込められているアイテムなもんでナゴミちゃんに渡していたわけだけど、それを返してもらう余裕もなくキャンディ・イレイズ姉妹との戦闘が始まってしまったために装備し直すのを諦めていた──のに、今こうして嬉しいタイミングで帰ってきてくれた!


「ナゴミちゃんサンキュー! めっちゃ助かる!」

「にゃは、なら渡して良かった……って、もう来ちゃうや。それじゃウチも頑張るからハルっちも頑張ってね~」


 もう来ちゃう? なんて疑問に思う間もなく答えが視界に飛び込んでくる。


「けけけーッ!!」


 イレイズの姉、キャンディだ。キャンディは小さかったはずのコウモリみたいな羽をうんと大きくさせていて、それをばさばさと羽ばたかせて向かってくる。真っ白だった肌もどす黒くなってるし笑い方(というより鳴き方?)も異様だし、なんだか最初の印象と随分違うんですけど……!?


 ぎょっとする私と違ってナゴミちゃんは迷いなく拳を握って動き出す。軽い踏み込みに見合わない凄いバネで、退くのではなく前へ。キャンディが来る方向へと跳躍。奴が振るう爪に拳打をぶつけて相殺して、そこから機動戦が始まる。


「速い……!」


 イレイズだけに集中していたから気付かなかったけど、向こうの戦闘もかなり激しい!


 キャンディは飛行能力を遺憾なく活かしてとんでもない速度で飛び回り、四方八方からナゴミちゃんへ襲いかかっている。でもナゴミちゃんも負けていない。飛べない彼女は機動力において圧倒的に不利だっていうのに、その不利を感じさせない。二本の足だけで悠々と飛行能力持ちについていっている。単純なスピードで言えばナゴミちゃんのほうが上なんだ。


 でも空中での攻防が多いせいで押され気味ではあるようだ。よく見るとナゴミちゃんは(ウロコで削られた私ほどじゃないけど)体中に切り傷を負っていて痛々しい姿になっている。だけど、顔色や動きからして深い傷はどこにもなさそうだ。ちゃんと大きな怪我をしないように上手く立ち回っているってことだろう。


 でも、掠り傷程度とはいえ土属性であるナゴミちゃんの優れた魔力防御を容易く切り裂くくらいにキャンディの爪は危険なんだ……制空権を持つ相手のそれを防ぎつつ重い一撃を加えるってのは相当大変だぞ。私だったらまずキャンディを地上に引き摺り下ろさないことにはどうにもならない。


 でもナゴミちゃんは冷静だ。あんまりにも素早くてちゃんとは確認できないけど、表情に焦りがないように見える。ぽわぽわとした普段の彼女らしからぬキリッとした顔付き。あれは、狙っている顔だ。虎視眈々とデカい一発を叩き込める瞬間を待ち構えている目をしている──ナゴミちゃんはきっと勝つ。不利だろうが押されていようが関係なく、最後には彼女の拳が上がる。そう確信できた。


「ふー……私も負けてらんないな」


 ということで、もう一度キャンディVSナゴミちゃんを視界から外し、意識上から省く。ナゴミちゃんの心配をする必要はない。私は私の戦いだけに全てを注がなくては、勝てるものも勝てなくなる。


 見据えるべきはただ一人、イレイズだけだ。

 向こうも、あっちの戦闘の様子を窺っていたようだ。でも私が視線を戻したからだろう、静かにこちらへ向き直った。その佇まいからは戦意がムンムンと漂ってくる。魔力の爆発にやられても気力はちっとも衰えていない……いやむしろもっと昂っているようでもある。


「ま、そうだよね。魔族なんだからこれくらいでへこたれやしないよね」


 受け取った防魔の首飾りを装着。そして、右手首の功魔の腕輪を取り外して──ミギちゃん扮する右足の、足首へと装着。……うん、思ったよりはしっくりくる。動きの邪魔にはならなさそう。だったら、これまで試したことはないけど今はこれがベストに違いない。


 さっきまでは、残り一発となった最高出力を再び自爆で使って蛇鱗殺法を凌ぎつつ、どうにか変形蹴りか槍糸に繋げられないか……という流れを組み立てていたんだけども。ナゴミちゃんが激しい戦闘の最中にも防魔の首飾りを届けにきてくれたおかげでもうそんな下の策に頼らなくてもよくなった。この首飾りのオートガードによる守りさえあれば自爆なんてしなくていい。


 攻魔の腕輪の残りの魔力を、純粋な攻撃のためだけに使ってもいい。


 それは今の私にとって何よりの朗報だった。


「変形蹴り+全開闇レーザー……! 私の最大中の最大の一撃をお見舞いしてやる」


 殴りつけてから、ゼロ距離で闇の魔力を放出。アンちゃん相手にもやった、そしてちゃんと効果があった我ながらかなりえげつない攻撃。それを拳打ではなく蹴撃で行う。それもただの蹴りではなく、変形蹴りに乗せる。まさに最大を超えた最大。これ以上の威力はどれだけ頑張っても今の私には出せない……けど、これが決まりさえすればたとえ超がつくほど頑丈なイレイズだろうとだ。私はそう信じている。


 信じて、やり遂げるのみ。ベストポジションからクリーンヒットを奪ってみせる。


 そのためにはイレイズの恐ろしい猛攻を掻い潜って懐に入り込まないといけなくて、それがめちゃくちゃ難関なわけだが、なぁに。私には防魔の首飾りと糸繰りがあるんだ。それらを駆使すればなんとかなるさ。それも、そう信じる。


 イレイズが近づいてくる。もうふらつきも消えたその足取りで一歩一歩私の下へ。それに応じるように私も前へ。一歩ずつイレイズへと歩み寄っていく。互いに接近し、魔力爆発によって離れた距離はすぐになくなった。踏み込めば届く射程圏内。目と鼻の先と言っていい至近の間合いで私たちは見つめ合う──睨み合う。


「何やら勝機を見出している。そういう匂いがあなたからしますね」

「匂いね……それって比喩? それともホントに鼻で嗅ぎ取ってんの? 魔族の言うことだからどっちかわかんねー」

「どちらであろうと同じこと。正すべきは『あなたに勝機などない』というその一点のみです」

「言ってくれんじゃん。スタンギルもロードリウスも似たようなセリフ吐いてたっけな」


 でも生きているのは私、と笑えば。イレイズも笑った。

 彼女が初めて見せたその笑みは、子どもが笑うみたいに無邪気なもので。

 だからこそ私はヒシヒシと感じ取った──殺意という名のプレッシャー。イレイズは本気で、全力で私を殺そうとしている。


 私がそうしようとしているように。


「改めて名乗りましょう。わたくしはイレイズ。四災将『透徹』のイレイズと申します」

「私はハルコ。勇者の一人の明野ハルコ……あんたを、そして魔王を倒す女だよ」


 名乗り合って、構え合う。イレイズの口角がますます上がっていく。


「それはそれは。ますます生かしておくわけには行きませんね」


 じり、とどちらからともなく再接近。ゆっくりと、でも着実に、間合いがさらに詰まっていく。もはや踏み込むまでもなく手の届く距離まで。果てには抱き合えるくらいの超至近距離まで──縮まる直前に、あっちが動いた。打ち下ろし掌打。豪速のそれを半身になって皮一枚で躱し、お返しのボディブロー。


「ッ!」

「ふ……」


 殴った私の拳に、針のように鋭く立ち上がったイレイズのウロコが突き刺さった。



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