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145 それで足る

 イレイズにはわかっていたんだろう。槍糸っていう突糸を更に突き詰めた、私の手札の中ではかなりの高火力を誇る技。を、土手っ腹にまともに受けても少し傷が付いた程度。だったらそれよりも弱い突糸なんて食らったところで、たとえそれが十発分だったとしても我が身が害されることなどあり得ないと。きちんと私の糸繰りの技の性能を見極めた上で不動の姿勢を取った。


 糸の弾丸に囲まれている状況だ。回避だとか防御だとかで中途半端に数発防いで残りの数発を貰うよりも、全身をガチガチに筋肉と魔力で固めた上で全弾を受け切る。そういう選択を取った──体中に生えたウロコが防御の最低保証(と言うにはあまりに強力過ぎるけど)が担保されているんだからその判断は正着のそれだ。私がイレイズでも弾丸に囲まれているなら同じことをする。


 ただしそれは、弾丸が糸で作られたものでなければ、だが。


「突糸、解除!」

「──、」


 無情にもイレイズのウロコを突破できず、BB弾か何かみたいに軽く弾かれてしまった十発の突糸。それらをまとめてただの糸に戻す。


 以前までの私なら突糸が空ぶったり防がれたりした直後に糸操作を間に合わせるなんて芸当は不可能だったけど、今は違う。手元からでなく、鞭糸として既に伸ばした糸から変化させた突糸にも充分に速度を乗せたのと同様に、前にはできなかった糸の操り方ができるようになっている。細々とした融通が。大幅に利くようになっている。これは小さなようで大きな変化だ。


 糸繰りの売りは自在さ。バロッサさんの師匠であるアステリアさんがそうだったように、私の発想と技術次第で糸に千変万化の多様性をもたらす。その土台となる技術が各段に上がったんだから私にできることも各段に増えた。


 だからこうして敵を翻弄するのにも役立つ!


「これは……!」

「糸縛り。まんまとかかったね、イレイズ」


 尻尾も含めて体の末端と胴体部を十本の糸でキツく縛り付けられたあられもない姿のイレイズを見ながら、私は言う。


 鞭糸が無力化されるだけじゃなく、そこから撃った十連突糸が弾かれることだって織り込み済みだったのだ。いやまあもちろん、鞭糸や突糸が直撃して、その上でイレイズにダメージを与えてくれるならそれが一番だったんだけどね。でもそうはならないだろうと思っていたし、実際に予想通りイレイズには通じなかった。なので三の矢である糸縛りを本命にさせてもらった。


 普通に両手から糸を伸ばして捕まえようとしても、イレイズはノロマじゃない。絶対に捕まりっこないのは目に見えている。しかしノロマじゃないからこそ──そして動きが捉えづらい独特な格闘術を封じるためにも、やはり拘束は必須。でないと変形蹴りや槍糸といった強力だけど十全に威力を発揮するには若干の溜めが必要な技をちゃんとぶち込むことができない。


 イレイズの硬さを前には大技がいい。だけど大技を当てる隙を作るための拘束を行うための隙を作るには、突糸みたいな出の早い技では力不足。ではどうするか、ということで突糸と拘束を同時に繰り出すことにした。


 弾いた十発の弾丸がそのまま自分を拘束するとなればさしものイレイズも初見では対処できまい。それも事前に気付かれないために鞭糸からの突糸、突糸からの拘束という二重の変化を経させればばっちりだ──と、鼓舞のためにもそう信じつつも、複雑な糸操作をぶっつけ本番で行うとあって上手くいくかは正直かなり運任せだったんだけど、想像以上にどんぴしゃりと嵌った。


 私の糸はがっちりとイレイズの全身を固定している。

 これで隙が作れた。


 大技を叩き込むための隙がね!


「この距離なら糸のカタパルトもいらない。さっきよりも強烈な蹴り(モノ)お見舞いしてやんよ……!」

「……ッ」


 イレイズの全身に力が籠る。糸越しに私にはそれがわかる。パワーで強引に拘束を破ろうとしている……そしてそれは遠からず実行されるだろう。きっとこいつは雁字搦めに縛られた状態からでも糸を引き千切る。ミギちゃんと合体したことで強化された糸にもそういう真似ができてしまうんだ。


 現にもう糸が悲鳴を上げ始めている。拘束が破られるのは時間の問題。


 だけど、それよりも私の蹴りのほうが速い!


「ガチ! 変形蹴りィ!!」


 ショーちゃん相手にもやった水平蹴り。ただし狙いはもっと上、水平というには高すぎるイレイズの顔面を的にする。ミギちゃんが棘として伸びてくれるおかげで高い位置も無理なく蹴ることができる。それによって見えている範囲で唯一ウロコのない、顔の中心。おそらくは最も無防備と思われるそこへ最高の蹴りを叩きこめる──っ、なんだって!?


 接触の直前にイレイズが大口を開け、そしてなんと、噛み付いてきやがった! 私の蹴り脚、まさにイレイズを貫かんとしているミギちゃんに、ずらりと並んでいるヘビらしからぬ獣めいた牙を突き立ててきたのだ!


「ッく、こなくそ!」


 まさかの反撃? に度肝を抜かれたが構わず蹴り抜く。というよりそれ以外にできることがなかった。


 脚もミギちゃんも伸ばし切って蹴っ飛ばす。ぶちぶちと糸縛りが千切れてイレイズの身体が宙を舞い、かけたところでまた尻尾がその勢いを止め、一本の轍を残して停止。着地するイレイズの挙動に危なげな部分は一切見られなかった。


「……けほ」


 咳をして、からんころんと。イレイズの口内からいくつかの牙の残骸が吐き出された。それと一緒に血も。さっきの鼻からのものとは比較にもならない大量の血液が口から零れている。噛み付きでは変形蹴りを完全には止められなかったんだ。魔族らしく顎の力も人間とは運泥なんだろうけど、さすがにそれだけで防げるほどミギちゃんと私の協力技は甘くない……けれど。


 被害はそれだけだ。牙が折れて、口の中が傷付いて、いくらか衝撃で体を痛めたかもしれないが、結局のところ大したダメージにはなっていない。戦闘に支障の出るような傷には、なってくれていない。


 絶好のチャンスに放った最高の一撃でもイレイズを仕留めるには程遠いものでしかなかった──。


 けっこうなショックだな、これ。あわよくば痛手を負ったイレイズを攻め立ててそのまま決着まで持っていこう、なんて皮算用していただけになおさらへこむ……だけどそれを表には出さないぞ。へこたれた様子を見せたら敵の調子付けになっちゃうからね。


 私は足を元に戻しながらなんてこともないように、努めて不敵に見えるよう笑みを浮かべて言う。


「とんでもないことするね。歯で蹴りを止めるなんて、スタンギルとかロードリウスだってそんなやり方しないでしょ」

「彼らも必要とあればするのでは? まあ、わたくしにはあの二人との交戦経験などないので、あなたほど彼らを知り得ているわけでもないのですが」

「私だって一度戦っただけなんだから言うほどあいつらを知っているってこともないけどね」


「ですから、それで足る(・・)と申し上げているのです。殺し合うこと以上に濃密なコミュニケーションなどないのですから」


「…………」

「おや。これも魔族わたくし人間あなたの感覚の差、というものでしょうか?」

「──いや。それに関してはちょっとだけわかるよ」


 命懸けで戦う。全身全霊でぶつかる。互いにそうすることで、不思議と、何かが通じ合う。そういう感覚は私にもあった。特に一対一でやり合ったスタンギルとは深く繋がったように思う。あいつも私も相手について知っているのは名前と、あとは強さくらいのものだけど、でもそれだけで充分だと思えるくらいに「理解した」……気がしたんだ。


 二人ともボロボロで死にかけていたあのときは、確かに。



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