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144 即ち勇気と向上心

 見た目が変わった。腰のあたりから生えたヘビみたいな尻尾、そこにしかなかったウロコが手足と言わず顔と言わず腹と言わず、とにかく肌が見えている部分に余すことなくびっしりと生えて。その体も一回りほど太く大きくなったようだった。と言っても元が枯れ木のように細い体躯をしていたものだから一回り太くなってようやく私と同程度ってところだが(ちょっと自分の細さを強がっちゃったかもしれない)、言うまでもなくこれは大問題だった。


 だって枯れ木みたいな細腕でも私以上のパワーだったんだよ? それがもりもりと太くなって、つまりそのぶんだけ筋量を増したってんなら……ここから発揮されるイレイズのパワーってのはどれだけになってしまうのか。まず間違いなく魔力ブーストなしで組み合ったら一瞬で潰されるだろうな。


 でもなぁ、魔蓄の指輪を考えなしに全開にはできないんだよなぁ。だってシズキちゃんとの手合わせでそれなりにブーストを使っちゃっているからね。指輪の魔力残量がもうだいぶ減っているのよ。


「むむむ……」


 すり足で距離感を調節しながら悔やむ。せめて勇者装甲エオリグは置いてくるべきじゃなかったな。私とシズキちゃんのどちらが最後のひとつを持つか、それが決まるまではということで皆もエオリグを装備せずに頭領会の会議室に置いてきちゃったんだよね。律義さが仇になったな……所持が確定しているコマレちゃんたちには何も気にせずに身に着けていてもらうべきだった。そうすればもしかしたら不意打ちにやられるのも防げたかもしれないのに。


 なんて、たらればで悔やんだってなんにもならないわけで。私たちはそうしなかったからこうなっている。それはもう受け入れるしかないことだ。その上で最善を尽くすってのが大事なんだろ、ハルコ!


 気合入れてけ……!


「槍糸!」


 臆しては窮する。ということでこちらから積極的に仕掛けていく。よりヘビ女らしくなったイレイズの変貌が見かけ倒しであるのを願って束ねた糸の槍を放つ──が、止められる。それも片手であっさりと。鋭く尖らせた槍糸の先端を掴む手には傷ひとつないようだった。


 おいおいマジか? 出の速さを優先したことで最大威力は出せていないとはいえ、私の技の中では変形蹴りに次いで火力があるんですけど……それを無造作に受け止めるとか勘弁してほしいんですけど。


 だけど、ただ力任せに止めたってだけじゃないみたいだ。槍糸の突破力を殺したのは腕力だけじゃなく、穂先が刺さっていないウロコもその助けになったと見える。つまり全身がウロコ状態になっているイレイズは、私が鎧糸を纏っているみたいなものか。


「硬いみたいだね……そのウロコ。掌にまで生えてるとか不便そう」

「そうでもありませんよ。普段は皮膚の下に仕舞っていますし、出していてもこのように──」


 べきべきと掴んでいる穂先を握り潰しながらイレイズは言う。


「手の動きを邪魔したりはしませんから」

「……あっそう。そりゃよかった」


 硬度の高い糸が集まって出来ている槍糸を、まるでクッキーでも砕くみたいに簡単に。引くわー。いやでも、もっとちゃんと作っていればもっと硬くできたし? それならイレイズだって片手で潰せたりはしない……と思いたいところだ。


「斬糸! アンド、鞭糸!」


 槍糸の残りを回収せずに斬糸へ転用。そしてもう一方の手でも鞭糸を繰り出す。天然の鎧として働いているらしいイレイズのウロコには斬撃と打撃のどっちがより通りやすいのか検証の意味も込めた二種類の攻撃による挟み撃ち。


「ふ」


 を、イレイズは左右の手それぞれで掴んで止めた。槍糸のときと変わらない──わけじゃない。今のイレイズは両腕が塞がっている!


「同じように止めると思ったよ──縮め!」

「!?」


 地を蹴ると同時に最高速で糸を収縮させる。イレイズのパワーでがっちりと握り締められている斬糸と鞭糸はすっぽ抜けることなくしっかりと私の体を運んでくれた。跳躍力と糸移動がかけ合わさって弾丸のような勢いで発射された私を見て、イレイズは咄嗟に糸を手放した。けど、遅い! もうトップスピードだ!


 そしてこの速度に乗ったまま──。


「どっっせい!!」


 ミギちゃんを尖らせながら蹴りつける! カタパルト変形蹴りだ!


「ッ!」


 防御も間に合わずイレイズは変形蹴りの直撃を受けて弾き飛ばされた。けれどそのとき、奴の尻尾が動いた。地面を叩くようにして体にかかる作用を殺したイレイズは、そこから後方一回転を決めて綺麗に着地した。その鳩尾のあたりは傷付いている。何か先の鋭いものが刺さったような、痛々しいけど深くはない傷。もちろんそれは私の変形蹴りが負わせたものだ。


 ……たったあれだけの手傷にしかならないのか。魔力ブーストも忘れずに最大まで威力を高めた変形蹴りがまともに入って、あの程度。こいつ、腕力はともかく防御力に関してはロードリウスどころかスタンギルすらも超えているんじゃないか?


 ただでさえ人間なんかとは比べ物にならないくらいに頑丈な魔族。そこに自前のウロコまで加わるとここまで硬くなるのか……! まったく、重ね重ねズルいし厄介な連中だよ。


「あなたの糸での戦いぶり。お仲間の勇者との模擬戦も少々拝見させていただきましたが……こうして実際に相手取るとなかなかどうして厄介な術ですね」


 おっと。向こうは向こうで私に対して同じ感想をお持ちのようだ。奇遇だね、とでも言えばいいかな?


 でも同じにしてもらっちゃ困るぜ。こっちは人が戦うために編み出した技術。それも本来は訓練用でしかない糸繰りで必死こいて頑張ってるのに対して、魔族の武器それは生まれ持った天性のもの。言うなれば元から備わっている暴力性を力のままに振るっているだけ。どっちがお得でどっちが大変かなんて言うまでもない。


 人は弱い。魔族と戦っていると嫌というほどそれを思い知らされる──でも。

 その弱さが。弱いからこそ磨かれてきた、人類だからこそ持てる、魔族とは別種の強さ……即ち勇気と向上心。それが人の武器。


 そして誇り(プライド)でもある。


「存分に味わっておくといいよ、()の厄介さ。その内にそれがあんたの中の全部になる」

「いえ、そうはなりません。あなたにどのような技や勝算があれど、今からわたくしに縊り殺されることに変わりはないのですから」

「それはどうかな!」


 鞭糸を振るう。イレイズはそれを掴まず、自分も尻尾を振るって払った。そうか、そりゃ尻尾も武器になるか。姿勢制御のため以外にも使えるってのを体で食らう前に知れたのはよかった。鞭糸は無力化されたけどそっちはなんてことない。元から避けるなり懲りずに掴み止めるなりして鞭糸が通用しないだろうってのは織り込み済み。


「鞭糸、解除!」


 弾かれた先で束ねた一本が五本の糸に還る。そして糸操作。だけじゃなく、手首を返しつつ腕も大きく動かす。そうすることで払われた糸に再び力を与える。その間に空いている片方の手も追従させるのも忘れない。


「十連突糸!」

「!」


 鞭糸から変化させた五発はイレイズの周囲から降り注ぐように。そして最初から突糸として放った五発は真っ直ぐに正面から迫る。タイミングは思い描いた通り、意表も突けている。だったら決まった。


「これは避けらんないっしょ!」

「ええ。避ける必要も、ありませんので」


 む、全身を固めて受けの姿勢を取った? イレイズは十発の糸の弾丸全てをまとめて体のみで受け切るつもりのようだ。素の肉体の丈夫さだけを頼りとして。


 その結果。──無情にも、突糸はイレイズの体にほんの少しの掠り傷さえも与えられなかった。



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