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143 血沸き肉躍る

 どうもみなさまごきげんよう。私です、ハルコです。

 現在私は、ハッキリ言ってかなりのピンチです。


 コマレちゃんとカザリちゃんっていううちの二大火力担当がやられちゃっている上に、体育館(と私が勝手に呼んでいるドワーフたちの運動施設)の外では推定百人の魔族が大暴れを始めようとしていて、しかも目の前にはなんと四災将を名乗るキャンディ・イレイズ姉妹がいる。一人ずつでも死を覚悟して挑まなくちゃいけない相手が二人揃ってしまっている──これが何よりもマズい。もうこの時点で今までのどの戦いよりも激闘になるって確定しちゃってるもんな。


 勝つにしろ、負けるにしろ。最も苦しい戦いになる。

 ま、もちろん負けてやる気なんてさらさらないけどね。


 状況的にはピンチでも、私たちも何もしていないわけじゃない。魔族姉妹は倒れている二人から引き剥がしたし、会話している間にシズキちゃんがショーちゃんを使って二人とも回収してくれている。ナイスな判断だ。下手に加勢するよりもそっちのほうが絶対いい。ロゴンさんとドードンさんもコマレちゃんとカザリちゃんの安全を最優先に付き添ってくれている。それもありがたい。


「シズキちゃん、そのまま二人を外まで運んでほしい。そんでもって街の皆に何が起きているか伝えて。……こいつらを倒したら私たちもすぐ助けにいくから。ね、ナゴミちゃん」

「そうしよっか~。そのためにはサクッとやっつけちゃわないとね~」


 キャンディから視線を外さないままナゴミちゃんが心強い返事をくれた。シズキちゃんは少し迷ったようだったけど、動けない二人を抱えたままではこの場にいても危険なだけだと彼女も当然にわかっている。だから。


「りょ、了解です。二人のことは、任せてください。わたしが必ず守ります」


 これまた心強い返事だ。私たちを置いていくことに躊躇いがないわけじゃなさそうだけど、今はそうせざるを得ないと納得してくれたっぽい。早速シズキちゃんが気絶した二人を包むショーちゃんとロゴンさんたちを引き連れて体育館を出ていく──その直前に、ドードンさんが大声で言った。


「ドワーフタウンには常に兵士も大勢詰めとる! わしらだって戦士でなくとも最低限は戦える! 街のことは何も気にせんでええから自分の戦いに集中することじゃ!」


 ……またまた心強い言葉だね。私とナゴミちゃんは振り向かずにサムズアップでそれに応える。「武運を!」という応援を最後に彼らはこの場を後にした。残されたのは、私たちと姉妹。


「逃げちゃったわ。トドメを刺したほうが良かったかしらね?」

「いえ、キャンディ姉さま。始末を急いで背中から撃たれたのではそれこそ始末に負えませんので」

「そうね! まずは目の前の元気な子から、よね」


「はん、どっちみちだっての。私らは元気良すぎてあんたたちの手に負えやしないんだからね」

「そうだそうだ~」


「ふふ、本当に元気がいい……嬉しいわ。そういう子の死に様を見るのが私の掛け替えない癒しなの」


 シン、と空間が静まり返る。体育館の外では相も変わらず断続的にあちこちで大きな音が響いている。既に戦闘が始まっているんだろう。


 そんな中をシズキちゃんたちは無事に移動できているだろうか? コマレちゃんとカザリちゃんの容態を診るだけの余裕があるだろうか? 二人は意識を失っているだけじゃなく出血もしていた。早く治療しないと命にかかわるだろうけど、ドワーフタウンに腕のいい癒者はいるのか。せめてやられたのがコマレちゃんじゃなければバーミンちゃんのときみたいになんとかなっただろうに──。


 ああ、いけない。心配事が多過ぎて思考が散り散りになりかけている。こんなんじゃダメだ、余計なことに気を回していてなんとかなるほど四災将ってのは甘い敵じゃあない。それを私はよくわかっている。わかっているからには、どんなに皆や街のことが心配でも今は考えちゃいけない。頭から追い出して、たったひとつだけに専念しないと。


 こいつらに勝つこと、それだけに。


「始めの合図は──」

「──要りませんよね」


 いきなりだった。キャンディは急降下して尖らせた足先をナゴミちゃんに振るい、イレイズは滑るような動きで私の懐へ入り込んできて打突を放ってきた。そうだ、これはさっきまで私とシズキちゃんがやっていたような安全に配慮された手合わせではない。実戦であり、殺し合い。命の奪い合いなんだから始まりの合図なんてあるわけもない。


 だけどスイッチならもう入っている。ナゴミちゃんは鋭い爪をやり過ごしいているし、私もしっかりと二連の裏拳を防いだ。対応できている。ただし、ナゴミちゃんの頬には切り傷ができていて、拳を止めた私の腕はビリビリと衝撃に痺れている。


 こんにゃろう、魔力を集中させてガードしたってのにこれか。ほっそい体してる割にとんでもないパワーしくさってからに。だから魔族ってのはズルいんだよな。


「やりますね」

「不意打ちを凌がれたら高評価? いいプライドだねそれって」

「ではまず、その減らず口を叩く余裕から削ぎ落しましょう」


 ぬるりとイレイズの身体が揺らめき、複雑な軌道で腕が迫ってくる。手型は鉤手、手首を曲げたまま打つ独特の打撃。それもこいつの動きは打つっていうより振るタイプの打ち方だ。直線ではなく曲線の殴打。そこにイレイズのまるで関節がいくつもあるような独自の挙動が合わさって芯が見えない。ズレるしブレる。


 くっそ。なんとか脆い部分への直撃は避けているけど見切れない、防ぎ切れない。守れば守るほど追い詰められていく。


「しいっ!」


 ここで私はキャンディVSナゴミちゃんも意識から追いやった。完全にイレイズ一人へと全神経を傾ける。

 魔蓄の指輪で魔力ブーストをかけ、更に擬態バージョンとして見えにくさだけに振り切った鎧糸の性能を通常通りの鎧として機能するように作り直す。単純に言って私は硬くて速くて強くなった。


 一瞬での切り替わりにイレイズが反応を示すよりも先に私は打撃を掻い潜って、奴のボンテージ風の衣服の胸ぐらを掴んでいた。


「おっらぁ!!」


 鎧糸でガチガチに固めた右拳をイレイズの顔面へとぶち込む。クリーンヒット。ぶちぶちと掴んでいる部分が破けてイレイズの白い胸元がもっと露わになる──そこにぽたりと赤い雫が垂れ落ちる。


「……痛い」


 と、イレイズは淡々と言う。痛がっているというより痛みがあるという事実をただ口にしているだけって感じの、機械的な物言いだった。


 むう、渾身の右ストレート。それも左手で引き寄せて衝撃を散らさないようにした危ない殴り方だったっていうのに、ちょいと鼻血が流れる程度か。それももう止まっているみたいだし、痛みこそあってもダメージにはなってないみたいだな。


 打った感触と、この軽傷ぶりからして確信した。

 こいつの肉体強度はロードリウスよりもずっと上。戦い方からしても魔術師タイプじゃなく、魔闘士タイプだってことを。


 だからって厄介な術を使ってこないとは限らないから格闘戦だけに備えるつもりもないけど、少なくとも水の鎧っていうパワードスーツを着込まないとそれが選択肢に上がらなかったロードリウスと違って、この女が自分の身体を武器にしていることは間違いない。……って、こんな言い方だと悩殺のほうにも聞こえちゃうかもな。だけどそうじゃない。


 こいつがやるのは殴殺であり鏖殺だ。長い舌でべろりと口元に伝った自身の血を舐め取ったイレイズ。その瞳に湿度を感じさせる仄暗い欲望が浮かんだのを見逃さず、私は慎重に構えを取り直す。


「血沸き肉躍る。キャンディ姉さまのお好きな言葉です」


 勿論、わたくしも愛してやみません。


 そう言ってイレイズは──。



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