141 コウモリとヘビ
何が起きたのかを説明するのは難しい。というより、不可能だ。
目の前の勝負だけに全神経を傾けていた私が認識できたのは事が起きてしまったあとの、結果だけだったから。
「なんじゃぁっ!?」
「こ、こいつは!?」
叫ぶドードンさんとロゴンさん。だけど私は、声すら上げられなかった。倒れているカザリちゃんと、コマレちゃん。そして彼女たちを足で踏みつけている二人の女。その怜悧な眼差しと目を合わせて、唖然とする。
一方は小さい角に、小さいコウモリみたいな羽。もう一方は縦長の瞳孔とヘビみたいな尻尾が特徴的な──あからさまに魔族の女たち。黒一色でボンテージ風の、下品なまでに露出だらけな服装をしたこいつらが。
カザリちゃんとコマレちゃんを、傷付けた。
「……!」
理解が及んだときにはもう体が勝手に動いていた。
あの二人を一瞬で無力化できるほどの強敵。おそらくはただの魔族じゃなくて四災将。軽率に仕掛けちゃいけない強敵。何より奴らの足元にいる二人の安全もどう確保するべきか。
なんていう、本来なら考えなくちゃいけないあれこれも全て振り切って、私は近いほう。コマレちゃんを足蹴にしているヘビ女の下へと辿り着いていた。自分でも何をどうやったかわからないくらいの高速移動。シズキちゃん相手にやった全速力があくびの出るスピードに思える接近の仕方──それすら私の意識は彼方に捨て置いた。
とにもかくにも。
「その足をどけろッ!!」
右足での変形蹴り。最短最速、最強の水平蹴りを叩き込む。インパクトの瞬間に鋭い槍に変わったミギちゃんはしかと女にぶち当たり、大きく吹っ飛ばした。
「「!」」
槍でどてっ腹をぶち抜くつもりだったのに、刺さった感触すらない。止められた──だけど止め切れずに女は蹴りの威力に押し飛ばされた。互いに予想を外した形。でも構わない、コマレちゃんの上から退かせることには成功した。それに一発で決めきれないんだったら何発でも食らわせてやればいいだけだ。
そしてシズキちゃんのほうについても、心配ない。
「あなたもだよぉ、お姉さん?」
私が動くのと同時にナゴミちゃんも動いていた。衝動に突き動かされている最中でもそれくらいはちゃんと見えていたさ。ナゴミちゃんの立ち位置がカザリちゃんに近かったこともあってスムーズに役割分担ができたのだ。
ナゴミちゃんの、見るからに魔力が込めに込められた拳がもう一人の女を叩く。重い衝撃音を発生させながらコウモリ女は打ち上げられて……ばさり、と羽をはためかせることで天井付近で停止し、そのまま浮遊している。小さくてもあの羽はお飾りじゃないんだな。ちゃんと飛行ができるらしい。
「あらあら、ご挨拶。勇者と言うにはちょっと乱暴じゃなくて? ねえイレイズ」
「いえ、キャンディ姉さま。私たちからの挨拶を思えばとても真っ当な返事の仕方かと」
「あら……言われてみればそうね。じゃあ、乱暴は撤回するわ。勇者らしくとっても元気なお嬢ちゃんたちね♪」
コウモリ女はぱたぱたと羽を動かして浮いたまま、ウインクなんてしてくる。名前はキャンディ? で、私の目の前のこいつがその妹のイレイズ? 姉妹ってことか……あれ、魔族に姉妹なんているのか? そういう血縁関係みたいなのはこいつらにはないはずなんじゃ。
いや、それもどうでもいいことだな。この二人が本当に姉妹だろうとそう名乗っているだけの他人同士だろうと、ぶっ飛ばす上ではてんで関係がない。まったく重要じゃない情報だ。
知るべきはこいつらの関係性なんじゃなく、能力。何ができて何ができないのか……どれくらい強いのか。それだけ。
「改めて名乗りましょう。私はキャンディ、魔王様にお仕えする忠実なしもべ。四災将の肩書きも貰っているわ。そしてその子が私のかわいい妹──」
「同じく四災将の一席を預かります、イレイズと申します」
どうぞよろしく、なんて丁寧な言葉遣いをされても私は目を細めるだけだ。姉のにたにたとした笑顔も鬱陶しいけど、こっちの感情の見えない無表情もそれはそれで慇懃無礼が際立っている。
「あんたら、なんでここにいんの」
名乗り返さずにそう訊ねた私に答えたのは姉のほうだった。わざとらしく肩をすくめた彼女は。
「なんで? ナンセンスな問いじゃないかしら、それは。だって私たち魔族が勇者のいる場所へ現れたとなれば目的なんて決まっているじゃない?」
「私たち勇者が──勇者を潰すのが目的だってことね」
「その通り♪ そのためだけに私たちはやってきたのよ」
「いえ、キャンディ姉さま。主目的としては間違っていませんがそのためだけに来たのではありません」
は?
「あら? そうだったかしら。じゃあイレイズ、あなたから教えて差し上げて」
「いいのですか? 説明する義務もありませんが」
「いいのいいの、だってどうせみんな殺すんだもの」
「それもそうですね」
では、と一連のやり取りの間にも一切表情を変えず、まばたきすらもしないままにイレイズは続けた。
「ここドワーフタウンは上質な魔石の名産地。数多くの魔術指導者や魔道具職人を輩出しているエルフタウンと並び、連合国の主要地である……と、これはザリークが調査によって得た情報ですが」
またザリークか。そうだよな、いの一番に第三大陸へ……この国の中へ踏み入った魔族はあいつなんだもの。それはもう色々と好き放題に、舐め回すみたいに連合国内のことを調べていっただろうし、だったら当然にスタンギルやロードリウスへああしろこうしろと──ただの仲間としての提案なのか、魔王であるアンちゃんを差し置いて強制的な指示を出しているのかはともかくとして──言いつけもするだろう。
で、あるならば。この魔族姉妹がドワーフタウンを訪れた理由も察しがつくというもので。
「端的に言ってぶっ潰しに参りました。仮にこの地が『女神の加護』との所縁がなかったとしても都市機能が破壊されればそれ即ち、急所を抑えられるも同然。手を出さない手はない──と、これもザリークの申したことですが」
「はっ」
「……何か可笑しなことでも?」
思った通りの内容を聞かされて、思わず鼻で笑っちゃった。それを咎めるでもなく、平坦な声音ながらに本気で不思議そうにイレイズは小首を傾げて訊いてくる。馬鹿正直に何をしにきたか教えてくれた彼女なので、私も素直に答えることにしよう。
「ロードリウスにも思ったことだけどさ。意外とみっともないんだなって」
「みっともない?」
「だって偉そうな態度してる割にはやってることザリークの言いなりなんだもん。いいの? 四災将でもないあんなただの魔族の子どもにいいように使われちゃってさ。魔族は何よりもプライドを大事にするって聞いたけどあれって嘘だった?」
スタンギル。ロードリウス。そしてこいつら、キャンディとイレイズ。これでもう四人だ。四災将を名乗った魔族が、四人いる。ということは推定四災将ポジだったザリークはそこから外れたわけだ。定員が四と定まっていないならその限りじゃないんだけど、まさか四災将なんてネーミングをしておいて──過去にも魔王直属の四人の幹部は確かにいたんだし──それはないと思われる。
つまりロードリウスもこの姉妹も、そしておそらくはエルフタウンを壊滅させようとしていたスタンギルも、四災将でいながら四災将ではない一般魔族にこき使われているってことになる。それがなんとも、伝え聞く魔族のプライドの高さ……傲慢さからするとそんなんでいいのか? って私としては思っちゃう。
だからこの問いかけは、挑発混じりのものでもあるけど割と本音でもある。イレイズがどう受け取ったかはともかくとして……と、そこで彼女は初めてぱちぱちと何度かまばたきをしてから。
「ザリークが、ただの魔族……?」