表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
140/154

140 嘘をつきました

「ぎ、擬態バージョン……!?」

「そうだよシズキちゃん、偽私メタルハルコが捕まえたのは私じゃなくて! その薄皮一枚上の鎧糸だったのさ!」


 限りなく透明にした糸を全身に纏っていたことで、メタルハルコに組み付いても引っ付いたのは糸だけ。私自身が捕まったわけじゃない!


 ミギちゃんが右足そっくりに擬態できているんで、ひょっとしたらミギちゃんが芯になっている新しい糸でもそれと同じことが可能なんじゃないかという思いつきから閃いたのが、身に纏う鎧糸を完全に相手から見えなくさせるというアイディアだった。


 鎧糸っていうのは体を守るための防御技なので、普段は服の下に着込んでその名の通り鎧の役割ながらに肌着にするのがセオリーだ。隠して着る防弾チョッキとかベストみたいな使い方だね。ただ、肌に密着させるのは固定化のためであって制約ってわけじゃない。やろうと思えば服の上から巻き付けることだって普通にできる。なのでショーちゃんに捕まれても変わり身として剥がすだけなら通常の鎧糸でも充分に役割を果たせるんだけど……でもそれだけだと何を狙ってるかシズキちゃんにもバレバレになっちゃうからね。


 意図を隠すことが重要なのだ。変わり身が露呈するその瞬間までシズキちゃんに見破られなければ、安全性が各段に増す。上手くやれば通常の鎧糸でもメタルハルコを掻い潜れるかもしれないけど、それだとほとんど確定的に糸で覆っていない剥き出しの部分を掴まれて終わりだろうからそこに一工夫が必要だったわけだ。


 シズキちゃんが「まさか」とも思っていない段階で自分から、鎧糸を纏っている部分だけでメタルハルコに接触し、捕まえたと確信した瞬間に糸を剥がして離脱! 意表と隙を同時に突く! それによってさっきまではちゃんと警戒して塞いでいたはずのメタルハルコの脇から私は悠々と抜き去ることができた。


「で、でもわたしにはまだもう一体──」

「そう、もう一体しかいない!」

「!?」


 一体だけならなんとでもなる。前衛としてメタルハルコAが大きな壁になっていたからこそ、時折できる穴を埋める役割のBも輝いていたんだ。一対一になっちゃえばなんとでもなる!


 後ろ回し蹴り。伸びてきたBの腕を躱しながら右足で蹴り抜く。もちろん、シズキちゃんがBでも取り込めるようにと硬度を下げている場合に備えてミギちゃんの上にもちゃんと鎧糸を巻いている。でも大丈夫だった、僅かな接触だけで済んだからか特に足を取られることもなくBを蹴り飛ばすことができた。


 背後でAが私の再捕獲に乗り出そうとしているのがわかるけど、それも大丈夫。メタルハルコの素早さはちゃんと頭に入っている。持続力はともかくとして、ほんの一瞬だけの瞬発力で言えば私のほうが上だ……!


「おぉっ!」


 蹴りから即、その足で踏み切る。やや強引な体運びながら全開の魔力と魔蓄の指輪のブーストも補助として受けた私は、迫るAを振り切ってシズキちゃんへと一直線。互いの距離をゼロにした。


「もう一発! 貰うよシズキちゃん!」

「……!」


 咄嗟にシズキちゃんも動こうとするけど、それは回避とも防御とも取れない中途半端なものだ。私やナゴミちゃんみたいに自分の体を武器にして戦っているわけじゃないからには、こういうときの対処に関しては露骨に差が出るね。万が一的の接近を許してしまった場合の課題として覚えていてもらおう。


 今日のところは私の勝ちだ──さっきみたいに懐からミニちゃんが出てくる様子もないからには決まりだろうと、そう確信していたんだけど。痛みを感じさせないようにとなるべく軽く打った掌打が脇腹に入るその瞬間までは持てていたその確信が、シズキちゃんへ触れた途端にどこかへ行った。


「──っ、これは」


「ごめんなさい、ハルコさん。わたし嘘をつきました。本当は、色も変えられるようになったんです。でもできないフリをしました……こうやって、あなたを騙すために」


 シズキちゃんからシズキちゃんが剥がれる。正確には、薄皮一枚のガワ・・がべろりと、まるで脱皮みたいに。私の掌打が叩いたのはこの皮。シズキちゃんの全身をそっくり覆っていたショーちゃんだったんだ……!


 クリーンヒットしていない。シズキちゃんにダメージがないため、有効判定は上がっていない。


 勝負はまだ終わっていない──。


「ショーちゃん!」

「っ、ミギちゃん!」


 ショーちゃんが私の手に吸い付きながら攻撃しようとしてくるので、こちらは腕を取られないように引きながら反撃を試みるけど……ダメだ、今回は私のほうが予想外の事態に意識を奪われたせいで反応が遅れた。なんとか捕まることだけは避けたけど胸元に手痛い一撃を受けた。


 その衝撃を利用して距離を取ったが、審判たちは右手を上げている。シズキちゃんが有効打を入れたという判定がしっかり入ってしまった。これでポイントはお互いにひとつずつ。どちらもあと一打で勝ちっていう互角の状況へ持ち込まれたことになる。


 参ったな、完全に勝ち確だと思っていただけにショックが大きいぞこれは。まさかシズキちゃんまで鎧糸・擬態バージョンと同じような発想をしていたなんて。それも、ただ透明な糸を巻いているだけの私と違って全身を満遍なく覆い尽くしながら違和感なく自分自身を再現するっていう、とんでもなく難しそうなことをさらっとやっている。いやさらっとやっていいことじゃないっしょこれ。


 てかいつだ? いつシズキちゃんはショーちゃんを纏った? さっきは有効打を取れたからには、あの時点ではまだだよね。あそこから今までのどこにそんなタイミングが……あー、考えられるとしたら鎧糸を巻いているときかな。


 メタルハルコとの間合いを保ちつつ見えないよう慎重に透明な糸を紡いでいたあのとき、いくら以前より視野が広がったと言ってもシズキちゃんの様子にまで完璧に気を配れていたとは言いにくい。何せ初挑戦のことに集中していたものだからね。んでもってシズキちゃんも私にバレないよう慎重に、こっそりとミニちゃんに色を付けながら纏っていたんだろうから、察知できなかったのも無理はないか。


 もしも事前に気付けていたら違った展開にもできただろうに、と内心でため息を吐きつつ構える。ヤバいなー、シズキちゃんから剥がれたミニちゃんが膨張して、またぞろ私の形になっちゃったよ。まさかのCの登場だ。そしてAとBも戦線に復帰しているし、私は三体の私に囲まれている状況である。ガチでヤバい。


 何が一番ヤバいかって、この包囲網を突破してもシズキちゃんがまた皮を纏っていないとは限らないってことだ。一瞬の隙を突いて攻めに転じても今みたいに逆に一撃を貰ってしまうかもしれない。それを警戒するには攻め方にさらなる工夫が要るが……そんな悠長に何かできるか? 三体のメタルハルコを掻い潜るだけでもいっぱいいっぱいになるだろうに?


 さすがに三体分のメタルハルコを操りながらミニちゃんの皮を纏うだけの余裕はないと信じたいけど、どうだろうなー。戦闘中でも器用なことを色々とできるようになってるあたり、技術だけじゃなくキャパシティに関しても上がってそうな気はするんだよな。


 そうなると私は、数の増えたメタルハルコをもう一度抜き去って、シズキちゃんからミニちゃんを剥がして、その上で有効打を一発入れなきゃいけないってことになる。鎧糸の擬態を見せちゃってる上に、もう一発も食らえないっていう条件付きで、だ。


 あはー。思わらず笑っちゃうくらいに無理ゲーだわ。……だけど無理でもなんでも、やらなきゃいけないならやるだけだ。その覚悟はとっくにしているんだから今更臆することもない。


 ふうー、と一旦肺の中の空気を入れ替えてから。


「行くぜ、シズキちゃん。これで終わりにしよう」

「……っ。望むところ、です」


 高まる緊張。硬化する空気。それが弾けようとした──その直前に。


「!?」


 衝撃音が別の場所から響いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ