14 世界一の糸使い
「さて。どれくらいできるようになったか見せてみな。手を休めてはいなかったんだろう?」
「あ、はい。休憩中にも一応やってましたよ、あやとりみたいに」
言って、私は両手の指先同士を合わせてから離す。その間にはつうと糸が引いた。
これは魔力で出来た糸だ。一見してただの手品だけど、種も仕掛けもない……いや魔力っていう種はあるのか? ともかく道具の仕込みのない、正真正銘に私の身から出ている糸であり、これもれっきとした魔術である。
それも属性を持たない、一応は私の得手とされている無属性の。
バロッサさんが見せろと言っているのは単に糸を作ることだけじゃないので、続けてこの糸を伸ばしていき、片方の五指からは切り離して地面に振るう。バシン、と軽い鞭めいた音を立てて糸は私の足元にぶつかった。
その様をじっくりと見つめてバロッサさんは。
「言ったようにこいつは魔力が形を持ったもの。しっかり作られていなければ容易く霧散する。しかしこれだけ強く打っても形を保っているのなら上等だ。さっきの今でこれだけできるとはやはりあんた、こっちの筋は悪くないね」
魔力で糸を作り出すのは魔術練習の定番のひとつ? なんだとか。
コマレちゃんやカザリちゃんはやるまでもなく飛び越えた初歩の技術のようだけど、話を聞くにバロッサさんの師にあたる人はこの初歩を極めることで自分の武器にしたらしい。
「糸は糸、それをイメージして作られているからには魔力の糸だって脆い。簡単に燃え、切れ、微風にすら押されそよぐ。だがお師匠の糸は違った。糸のイメージを高めてより強固なものとし、その上で束ねて繋ぎ合わせ様々な形とした。この技ひとつで千変万化と呼ばれるにまで至ったんだ……つまりはまぁ、習熟できりゃその強みは確かだって話さ」
途中で、まるで師匠の自慢話をしているみたいになっていると気付いたんだろう。私が微笑ましく見ていたせいかもしれない。バロッサさんは強引に話題を着地させて、続けて言った。
「あたしとしては師匠と同じ糸使いの技術を磨くことを勧めるが、これはあくまでも提案だ。強要はしない。それでいいのかよく考えて決めな」
「え、拒否ったとしたらどうするんですか?」
「どうするも何も、また別の方法を考えるだけさ」
うーん。タイプも綺麗に別れてなくて、得意な属性もない私に他の道ってあるんだろうか?
あったとしてもそれは、同じ特徴を持つ先人であるところのバロッサさんの師匠が切り開いてくれている……つまり前例と実績がある道よりも良いものだろうか? 怪しいところだ。
ま、どうしようと結局は進んでみるしかわからないんだからここは。
「師匠さんと同じ道を行きます! 糸使いって響きもなんかかっこいいし」
「……本当によく考えたかい? かっこいいなんて理由で選んで後から悔やんだりしないだろうね。時間は有限、ただでさえ成長の早いあの子らについていこうってんだからあんたに無駄や無謀は許されないんだよ」
「わかってますって、あんまり見縊らないでくださいよバロッサさん。ほら、魔術は技量だけじゃなく感性も大事だって言ってたじゃないですか。糸を操るのはなんだか不思議としっくりくるんですよねー」
「ほう、そうかい。あんたが糸繰りにそう感じたってんなら、それを大切にするのもいいだろう」
ぶっちゃけ、これ以外の魔力操作の初歩錬に全て躓いたせいってのもあるけどね。
最初から割とすんなり上手くいったのがこの糸繰りだけなのだ。
だから向いてる、と信じるのは早計かしら。たまたまだったらどうすっぺ……ええい、そんときはそんとき! なんとかなるさ。
「糸繰りの利点はいくつかある。まずひとつ、魔力の消費が低い。術の規模も小さければ属性も盛り込まれておらず、魔力が術へと変換される工程がごくシンプル。故にロスがなく、また使えばそのぶんの魔力を失う一般的な攻撃術と違って糸は回収ができる。指に繋がったままならそれを引っ込めればいいわけだ。そして離しても短時間なら回収可能だ。使った魔力そのまま、とはいかないが大幅な節約になるよ。これはあの子らに比べて魔力総量が多くないあんたには大層な利点だろうよ」
やってみな、と言われて私は出したままにしてある糸を引っ込めるイメージを脳内に描いてみる。
この「イメージ」こそが術式と呼ばれるもので、大規模だったり高火力な術ほど術式を成立させるのが難しく、消費魔力も上がっていく。
という理屈で魔術は行使される……なんて聞いただけじゃいまいちピンと来ていなかったんだけど、こうして糸繰りの練習を始めてからはそれもなんとなく、頭というより体で理解できてきた気もする。
「こう、っすか」
「お、いいじゃないか。できてるよ。魔力も戻ってきたろう」
「確かに……でもめっちゃ微量ですね、使ったぶんの一割くらい。これって言うほど利点になってます?」
「一割でも恩恵としちゃ充分だが、あんたの場合はイメージに雑念が入り込んでいるせいで魔力を取りこぼしちまっているんだよ。糸を作るだけじゃなく仕舞うイメージも固めることだね。洗練させればさせるほど回収できる魔力も多くなる」
「うっす!」
「利点のふたつめは、ひとつめと通じることだが術の成立の工程がシンプルなだけに『出が早い』って点だ。今のあんたじゃそれなりに集中しないことには糸を出せないだろうが、最速を目指しな。術の撃ち合いは言わずもがな早撃ち有利。相手の集中を乱すのに大した威力は必要ないからね」
「うっすっす!」
「……利点の三つ目は、自由度の高さ。あたしの師匠がそうだったように極めれば糸繰りはなんでもできるようになる。無論、当人の練度と発想次第だがね。どちらも兼ね備えれば状況を選ばず活躍できるオールラウンダーになれるってわけだ。こいつは有利な距離が決まっている魔術師タイプや魔闘士タイプにはない、中間にいるあんたこその優れた点とも言えるね」
ふんふん。バロッサさんの師匠はどっちつかずという欠点に思える部分を、しかし見方を逆転させて、どっちにもできない戦い方を突き詰めたってことか。
だけどこれ、半端にやると結局は器用貧乏というか、器用にも達さずにただの貧乏になりそうな予感もひしひしとするな……果たして私はバロッサさんが思い描いている器用万能のレベルになれるだろうか?
いや、だろうかじゃないな。なるっきゃないんだ。気合入れろ、ハルコ!
「やったりますよ! 世界一の糸使いに、私はなる!」
「糸繰りを主武器にする物好きはそうそういないだろうがね。あたしも師匠以外の実例を知らんくらいだ」
「えっ、マジすか。思ったよりも茨の道っぽい」
でも考えようによってはライバルが少ないorいないってことで、ちょっと上手くなれば自動的に私が世界一になれるってことでもある。
おお、それはアリだな。どんなニッチな分野でも一番はやっぱりかっこいいし清々しいもの。
「それじゃあ限界を探ってみるとするかね」
「限界?」
「糸をどれだけ伸ばせるか。強度や操作精度はどうか。現時点での最高がどの程度か把握しておくのは大事だよ。それは分を知ることでもあり、成長の度合いを測る基準にもなる」
バロッサさんの教えはいちいち含蓄があるなぁ。尊敬しちゃう。
私はまだこの人について料理と物を教えるのが上手だってことくらいしか知らないんだけども、好感を持つには充分だ。そもそもこれだけ面倒を見てもらって嫌いになれるわけがない。
「ようやくあんたの方針も定まった。ということでこっからが本格的な訓練になる。覚悟はできてるかい?」
「当然!」
「いい返事だ」
途中でを音を上げたって勘弁してやらないよ、とわざと意地悪く言うバロッサさんに私も望むところだと返して──更に三日の時が過ぎて。
そして大事件が起こった。