138 バグるバグる
二体が同時に突っ込んできた。ただし速度に差がある。一体だけがべらぼうに速い! おそらくは私がやったミギちゃんでの踏み込みを真似している。あれは変形蹴りを応用して瞬発力を得るやり方。右足のみでやる私と全身がショーちゃんであるメタルハルコ(この呼び方でいいのか?)とでは多少なりともコツというか作法の違いがありそうだけど、しっかりと再現できているな。
この速度、下手をすれば本家本元の私以上じゃないか!
「糸繰り!」
人型になっているとはいえショーちゃんだ。まともに組み合えば不定形のボディに飲み込まれて身動きを封じられてしまう。迂闊に触れるわけにはいかないので、とりあえず至近戦には持ち込まれないようにと糸を放つ。こちらが先に拘束してしまおうという試みだったんだけど。
「うっ!?」
届いた糸がメタルハルコの手足へ巻きつこうとして──つぷ、と沈んでいく。そのメタリックな肌に触れていながら触れた感触はなく、素通り。そのまま通り抜けてあらぬ箇所で絡まった。当然、メタルハルコは何も気にすることなく向かってくる。マズい!
パンチ。腕の形そのままじゃなくぐんと伸びてきたそれを大きく躱す。変形がこれっきりとは限らない以上は大袈裟なくらいに回避しないとダメだ。普通なら回避と言えばギリギリを見極めて最小の動きで行うのが最上なんだけど、そういう達人マインドでいたらあっさりと捕まってしまう。ショーちゃんに常識は通じない。それは人型になっても同じ。
いや、むしろ。
「っく……!」
連続で繰り出される打撃とも掴みとも取れない攻撃を苦心して避けながら思う。これ、人型になったことで更にやりにくくなってんな!
形だけは人間と変わらないために、その一挙一動や距離間からやってきそうなことを脳が勝手に羅列してしまうんだよな。ところがメタルハルコは人間にはとてもできない動きで襲ってくるものだからまー認知がバグるバグる。そりゃそうだ、人と違ってこの子が人らしいのはあくまで外見だけ。手足の長さは随時伸縮するし関節だってどこにもない。……と、わかってはいるんだけどやりにくいものはやりにくい! なまじ私自身、人間との喧嘩のほうが経験豊富なだけになおのことズレが激しいんだ。
そしてそれだけじゃない。常に突出して私に張り付いてくる一体をサポートするもう一体がまた、この上なく鬱陶しくてしょうがなかった。おそらく私が両者をまとめて擦り抜けてシズキちゃんを狙いに行くのを警戒してのことだろう、この二体が「並び立たない」連携はきっちりと私が付け入るべき隙を潰していて、どこにもぬかりっていうものがない。ミニちゃんたちを操っていたときにはあったそれがなくなってしまっているのだ。
「あっ、ぶな!」
ほらきた、これだ。メタルハルコAの体幹を揺らさないまま行う両手と右足の同時攻撃という、人からすればわけの分からない攻めを必死こいてやり過ごした──かと思った瞬間に突き込まれる槍のような一撃。メタルハルコBの腕が伸びに伸びて刺しにきた。見事に私が避けた先で襲ってきたそれを、ミギちゃんに強制的に体を動かしてもらうことですんでのところで食らわずに済んだ。
くそう、あっちもこっちも距離に関係なくあぶねー攻撃してき過ぎだっての。接触がそのまま捕縛に繋がるからには実質どんな攻撃も──それがほんの軽いボディタッチくらいのものだったとしても──勝負を決する致命のそれになりかねないからには、私はご覧の通りに転がり回ってでも一発だって受けないように気を付けなきゃならない。
対するこちらとしては、基本的にAもBも関係なくメタルハルコを相手取ることでの旨味はまったくない。仮にこの二体へ何発も攻撃を浴びせてやったところでだからどうしたって話だ。有効判定を貰うためにはシズキちゃんを攻めなきゃいけないんだからね。
つまりこうしてショーちゃんに足止めされている現状が長引けば長引くほど、私ばかり体力を奪われてどんどん不利になっていくってわけだ。なので勝利のためには一刻も早くメタルハルコ二体の布陣を攻略しなくちゃいけないんだけど……。
「ふー……どうっすかね」
息を整えながら考える。
とにかく私がシズキちゃんの下へ辿り着けないように、と位置取りを調整しながらじりじり寄ってくる偽私たち……めっちゃ面倒だな、マジで。また大ジャンプに頼ろうにもおそらくそれも警戒されているだろうしな。それどころか待ち構えられていて、やった瞬間にお縄かもしれない。いや、今のシズキちゃんなら「かも」じゃないな。確実にそうなる。大ジャンプで楽しようとはもうしないほうがいいだろう。
だけど正攻法で抜き去ろうにも糸繰りで拘束できないってのがなんともね。縛ろうとしても通り抜けちゃったし。なんなのあれ? いくらショーちゃんが硬度や軟度を自在に変えられると言ってもさすがにあの水みたいな柔らかさで形を保てるとは思えないから、糸が触れた瞬間にその部分だけをめちゃくちゃ柔らかくしたってこと……だよね? なんの抵抗もなく糸が沈んじゃうくらいに。しかも、私型を維持するために糸が通ったあとは即元の硬度に戻した?
やっばいでしょそれ、どういう技術よ。どんな操作精度してればそんなことができんの? ひょっとしなくてもシズキちゃん、あのロードリウスの水人形と同じくらい、もしくはそれ以上に高度なことやってないか。
もちろんロードリウスのあれは魔術で、シズキちゃんのは異能力。力の出自? 種類? が異なるからには単純な比較なんてできないんだけど、少なくとも相対している私にとって厄介さはいい勝負。だからどうしたものかと頭を悩ませているんだけど……そうだな。
メタルハルコが水人形を彷彿とさせる戦法だってんなら、こっちもあのときと同じ戦法を取ってみるとしよう。
ただし私の糸は、あのときよりもずっと強いけどね!
「突糸!」
先だけ鋭く尖らせた糸の弾丸。を、五本の指それぞれで撃つ。以前は五指を使って一発が限度だったけど、ミギちゃんと一体化した今の私なら一本で一発分になる。それだけ糸の強度と操作性が上がっている証拠だ──当然、糸の使用量が五分の一でも威力は据え置き。いや、むしろそこも向上しているまである。
あえて近い位置のメタルハルコAではなくその奥のBへ放ったそれは、一発だけ外れたけど四発が命中。ばしゃばしゃとBの体中のあちこちを弾けさせた。
「……!」
「その躱し方はよくないよ、シズキちゃん」
ふふん、さっきと同じように着弾箇所を水並みに柔らかくしたようだけど(躱す動作を取らせながらそれができるってホントにやばい)、残念。ただ触れるだけの糸ならともかく突糸は言ったように弾丸みたいなもの。激しく当たれば水だろうとなんだろうとそりゃある程度は飛び散るってものだ。
ロードリウスの水人形みたいに一発で腕や脚を千切り飛ばすことはできなかったけど、やっぱ弱点は一緒みたいだね。ずばり衝撃への弱さ! どうせ身が飛び散ったところで再結集すれば元通りだろうけど、その再結集にかかる僅かな時間さえ稼げたなら私的にはオールオッケー。シズキちゃん本人を叩きに行ける。
目指すべきはメタルハルコ二体に修復を余儀なくさせること……!
「十連突糸!」
「っ、させません!」
両の手を使って十発の突糸を今度はAのほうに浴びせた──けど、シズキちゃんの対応は早かった。巻き付けと違って突糸には軟度を上げての回避が効果的でないと見るや、逆に硬度を上げてきた。容易に弾かれる突糸たちがそれを教えてくれている。
新しい糸での突糸でも、ある程度ボディを固めたショーちゃんには効き目がない。互いにそれを知った私たちの視線が交わり、そして二体のメタルハルコがまたしても俄然に私へ向かってきた。