137 メタルハルコ
もう一発当てればいいだけ、ならこのまま攻める。下手に時間を与えるよりも勝利まで持っていくほうがいい──そう思って踏み出そうとした私は、けれど気付けば横へ飛び退いていた。
これぞまさに脊髄行動。思考を介していないまったくの反射。狙いとは裏腹に自分がシズキちゃんから距離を取っていることを、取ってから認識した。我がことながらたまげもした……けれど同時に、それが正しかったことも私はしっかりと認識していた。
私がいた場所を三体のミニちゃんが、続いてショーちゃんが通り抜けていく。背中を襲われていたんだ、私は。これまでに目にしたショーちゃんたちの様々なアクション。それらから大まかに算出した移動や攻撃の速度を参考に、予想としてはもう少し猶予があるはずだった。振り切った彼らに追いつかれて背後から撃たれるまでまだもうちょっと、勝利のために必要なあと一撃を加えるくらいの時間的な余裕はあるものだと想定していた──けど、どうやらそれは大間違いだったらしい。
こんなに早くタイムリミットがやってきているからには、私の予想は甘かったんだろう。どこかで自分に都合のいい計算ミスをしていたってことになる……のか? 本当に?
これでも精一杯シビアに組み立てたつもりだ。シズキちゃんとショーちゃんを甘く見ては、いない。その強さや強みをきちんと把握している。そしてその情報は先の攻防によって最新のものにアップデートされてもいる。そこからの組み立てだ。私はちゃんと現状のショーちゃん&ミニちゃんの機動力で計算していた。できていたはずだ。なのに打ち立てたそれよりも速い、となると、三味線を弾かれていた? あえて今の今まで最高速を出さずにいた……?
なんのためにだ? 最初からこの速度で連携されていたほうが普通に困っていたと思う。これまでの認識と機動力が違い過ぎてアジャストできずに最低でも一発は有効判定を取られていた可能性が高いし、なんならそのまま負けまで行っていたかもしれない。
私は攻撃の直前で加速することでシズキちゃんの予想を超えたけれど、それはその速度が一瞬しか持たないから。初めから見せていたら数で劣る以上それなりの対応をされてしまうのが確定しているから……こそ、隠し札としての意味があった。対するシズキちゃんはショーちゃんとミニちゃんによって数の有利を得ているんだから、あえて速度を落とすことにメリットなんてほとんどない。
と、いうことは。
「たったいま速くなったってこと……!? この戦いの最中に成長して!」
ミギちゃんで踏み切って生み出した速度を、ミギちゃんで急制動をかけることで殺して止まる。そんな私よりもずっと上手にショーちゃんたちはその速度をゼロにして、旋回。UFOとかを連想させる非現実的な挙動でシズキちゃんの周囲に留まった。
なんだ、これ。すげー猛烈にイヤな予感がするんだけど。
「や……やっぱり、ハルコさんはすごいですね。捕まえられる気が、ぜんぜんしません」
なんて言いながらもシズキちゃんの目は静かで、でも燃えていて。言葉とは反対にまったく諦めの気配なんて感じさせないもので──むしろもっとギラギラしだしているとしか思えなくて。そして、その意思が反映されるかのようにショーちゃんにも変化があった。
形が変わっていく。不定形が売りなんだから変形は当たり前、なんだけど、違う。今までの変形とは何かが決定的に違っている。明確なひとつの形を目指して変わろうとしているのだと、何故か私にはわかった。いや、そう感じたのは私ではなくミギちゃんなのかもしれない。
三体のミニちゃんのほうも集まって、懐に入れていた暗器ミニちゃんまでそこに合わさって大きくなって、ショーちゃん本体と同じくらいになって、そこから形を作っていく。これはショーちゃんと同じ形? なんだ、何になろうとして──え。
「これ、は」
──私?
「ハルコさん、です。わたしのイメージする『強い人』。それはやっぱり、あなたです。あなたしかいない」
いや……いやいや、それはどうなんだか。私は自分を弱いとは思わないけど、ことさらに強いとも思っていない。せいぜい同年代女子よりは動けて、人並み以上には痛みに慣れている。それくらいのもの。単純な戦闘力で言うならコマレちゃんにもカザリちゃんにもナゴミちゃんにも、それこそシズキちゃん当人にだって負けている。そこに精神力の評価を加えたって優劣はきっと変わらない。皆だって命懸けの戦いをしているんだから、私だけが特別ってわけじゃない。
そう、私の理屈ではなっているんだけど。そんなこと言ったってなんの意味もないってことはわかり切っている。シズキちゃんの理屈はそうじゃないんだ。どういうわけか彼女の中では、彼女から見える私は、とんでもなく「強い」みたい。
メタリックな二人の私からは言い知れない迫力が醸し出されているし、それを付き従えているシズキちゃんは、私の知っているシズキちゃんではなくなっている。
ショーちゃんの変貌はもちろん、その操作主であるシズキちゃんの変貌とイコールなんだ。
「擬態……右足そっくりになったミギちゃんを見て、わたしにもできるかなって。ハルコさんみたいに色まで変えるのは、今のわたしにはまだ難しそうですけど。形だけならどうにか、です。……ショーちゃんを他の何かに似せるなんて、わたしだけじゃ思いつきませんでした」
えへ、とシズキちゃんが照れたように笑う。その笑い方と表情はいつも通りの、ふんわりとした彼女そのものだけど……でもやっぱり違う。その笑顔の裏には隠しきれないだけの勝利への執念が潜んでいる。
「だから、真似っこなんです。形もやっていることも、ぜんぶ、ハルコさんの真似っこ。ハルコさんの強さ、温かさは、わたしの目標だから……追いつけなくてもいいって、思っていました。でも」
「……でも?」
「何度も傷付いて、足まで失って……なのに変わらず笑うあなたを見て、わたしは……わたしを、殺してしまいたくなった。何故あなたを守れるくらい強いわたしじゃないんだろうって、自分に失望したんです」
「それは──」
「わかってます。ハルコさんがなんて言うのか。わたしの烏滸がましさもよくわかってます──それでも! 負けられないと、思ったんです! こんなに何かを欲しいと強く願ったのは、初めてなんです……!」
だから超える、と潤んだ眼差しで彼女は言う。
「あなたの真似っこで、あなたを超える。あなたのために、わたし自身のために! ハルコさんに勝ちたい……! 勝たなくちゃ、いけない!」
負けたくない、ではなく、勝ちたい。に変わった。
この変貌はその違いだったのかもしれない。自分の弱さを認めて、なりふり構わずに強さを求める、その覚悟が形にした闘志。それが、二体の私型ショーちゃんであり──それを操るシズキちゃんであるとしたら。
「あは」
本当の勝負はここからなんだろう。
それも、とびきり厳しい戦いになりそうだ。
──いいね、シズキちゃん。すごくいい。
あなたの燃えるような闘志が、私についた火をもっと熱く滾らせてくれる……!
「絶対に勝つ。私も改めてそう決意し直したよ。たとえシズキちゃんがどんな手を使ってきたって関係ない」
その全てをこっちこそ超えていく。何もかもを突破して、必ずもう一撃をシズキちゃんへ与える。
と、言葉にはせず構えることで意思表示。それを受けてシズキちゃんも、そして彼女を挟んで立つ二体の偽私もそれぞれが臨戦態勢になった。
幾ばくかの間、無言の時間が流れて。
次の瞬間。