136 とは、思わないよ
ミニちゃんの反応は早かった。当初こそ私がどんなルート取りをしようと対応できるように広がらず固まらずの布陣でいたけれど、すぐに「直進ルート以外にはない」と見抜いてそれに合わせた位置取りに変わった。私の迷いのない足取りがそうさせてしまったか?
これではあえて最短最速を突っ切るというこの作戦とも言えない作戦のあえての部分、つまりは相手の意表を突くという肝がなくなって単に敵の懐へ飛び込んでしまうだけになる……わけでは、なかったりする。
確かにミニちゃんは直進ルートを潰すように狭い範囲に集まったが、それでもシズキちゃんにはまだ疑いがあるはずだ。本当に真っ直ぐ来るのか? そう見せかけて、またしてもミギちゃんの突拍子なしの機動力を活用した方向転換を行うのではないか──と、既にこの右足での大立ち回りを見せつけているからには、いくら私の足取りに迷いがなかろうとも。いや、だからこそ自分が騙されている可能性が頭から抜けきらないだろう。
迷いは思考の遅れになり、思考の遅れは行動の遅れになる。特にシズキちゃんの場合、彼女が迷えば彼女の操作しているショーちゃんやミニちゃんの反応が劇的に悪くなる。思考がついていかなくても咄嗟に体が動いてくれたりもする私みたいなタイプと違って、シズキちゃんは良くも悪くもそういう脊髄だけで生きるようなテンションも特技も持っていない。
だからチャンスはまだ継続している。ここで本当に真っ直ぐ突っ込めば、ミニちゃんの攻撃はおそらく最速よりも一拍か二拍か遅れる。それでも不定形ボディの三体がこぞって捕まえようとしてくるのを避けつつ駆け抜けるのは至難の業ではあるけど、最高難度ではないってんならやったろうじゃないの。
私にならできる。そう信じられているだけ、信じ切れていないシズキちゃんよりも私が有利だ……!
「あ、らよっとぉ!」
一体目! 体積っていうより面積を広げて投網みたいに迫るミニちゃんを、広がりの弱い右方面から抜き去る。うひぃ、ギリギリ! 左肩を掠めたけど大丈夫、捕獲されるには至らなかった。だけど安堵している暇なんてない、もうそこに二体目と三体目がいる。
二体目はさっきのショーちゃんみたいに無数の触手を伸ばしてその内のいくつかを私に向けてきて、残りを進路の妨害として使っている。そして三体目は派手な変形をしている二体目を隠れ蓑にするようにして、変形なしかつ速度も控え目に近づいてくる。これはおそらく、二体目をどうにかしようと集中する私の不意を突くつもりでいるな。そしてこのまま一体目みたいに機動力だけを頼りに抜き去ろうとすれば確実に捕まるだろう──そう、わかっているなら。
「鞭糸! アンド! ミギちゃん!」
新しく得たものをフル稼働だ。鞭糸を振り抜いて三体目のミニちゃんを打ち据えてその動きを止めつつ、体のほうはミギちゃん主体でアクロバティック。側転やベリーロールの動きで襲ってくる触手の全てを掻い潜りながら前へ。そして妨害用の触手の壁に対しても体一個分の隙間を見つけて、即座にそこへ自らを捻じ込んだ。
体操の選手でもここまで複雑な動きはしないしできない。そう言い切れるだけの超絶技巧を決めて私は見事にミニちゃんたちを乗り越えた。まあ、決めたのは私っていうよりミギちゃんなんだけど、右足以外を動かしていたのは私だし? とんでもない動作へ導こうとするミギちゃんに逆らわずに動くっていうのもこれはこれでけっこう難しいんだってことを一応は主張しておきたい。……そもそもミギちゃんの動作だって元々は私のイメージから来ているんだから逆らうもクソもないってことも、フェア精神のために付け加えておくけども。
うーん、私って謙虚な女。って悦に浸っている場合じゃないんだった。ようやくショーちゃんもミニちゃんズも振り切れたんだ。目の前には夢にまで見た本丸ことシズキちゃんが単身でいるだけ。私の接近や攻撃を阻む邪魔者はもういない──つまり!
「賭けに勝った! ……とは、思わないよシズキちゃん」
「!」
立ち止まらずに走る。ショーちゃんたちに追いつかれる前にシズキちゃんから有効を取る。そのためには急がなくてはいけない。……私がシズキちゃんだったなら、急いてまでも仕掛けようとするその瞬間にこそ罠を張る。
「攻魔の腕輪──限定解除!」
魔力レーザーを直にシズキちゃんへ向けることはしない。これは私が私に立てたルール、何があろうと絶対に守る。だけど先ほども回避のために使ったように、シズキちゃんにぶつけさえしなければその使い方は自由だ。だからこんな風に回避だけでなく防御のために使うことだってする!
「っ……!」
「痛ツ……やっぱ用意してたねぇ、罠!」
一定の距離まで近づいた途端にシズキちゃんの胸元から飛び出してきた触手を、わざと指向性を持たせずに放つことで爆発させた闇の魔力で撃ち落とした。おかげで衝撃をいくらか私も食らってしまったけど有効打を貰うよりずっとマシだ。
四体目のミニちゃん! 他三体よりもずいぶんと小さく、ひっそりと隠し持つのに適したサイズで懐に潜ませていたそれの存在を、私は読めていた。だから暗器攻撃めいた不意打ちにもこうやって余裕(があったかは自爆込みのせいでなんとも言えないラインだけど)を持って対処できたのだ。
お互いに行動を読み合ったわけだけど、今回は私が一枚上だった。一発きりで攻撃が続く様子がないからにはもうミニちゃんの仕込みはないってことだ。とはいえ一応、油断なく姿勢を低くしながら肉迫。シズキちゃんも後退しようとしているけどもう遅い。そこは私の手が届く距離だ──む。
魔力の爆発に弾かれて落ちたミニちゃんが一瞬でシズキちゃんの身体を登り直してガードしようとしている。なんて速さだ。ひょっとしてシズキちゃんも私の糸繰りみたいに、体から離さない状態が一番上手に操れるとかあるんだろうか? それとも直の防御を行うときにはこれくらい素早く、それこそ思考を挟まない反射だけで実現できるように鍛えた、とか?
うん、それはありそう。ショーちゃんの自由自在さから見て本人とくっ付いているかはそこまで重要じゃなさそうだし、バロッサさんとの訓練でも特に防御面へ力を入れていたっぽいし。だからこれはシズキちゃんが自分の力と向き合ってきた結果なんだろう。
その点は素直に褒め称えたい、けれども。
「だけど! それくらいじゃ防げないよ!」
仕込みの二体目がいることを警戒していたくらいだ。当然、攻撃用だけでなく防御用のミニちゃんが出てくるんじゃないかって予想もしていた。まあ、予想に反して一体が攻撃も防御もこなそうとしているわけだけど、だとしても起こっていることは同じ。だったら私のやることも同じだ。
踏み込みを右足で、ミギちゃんで行う。加えて魔蓄の指輪の魔力ブーストも一瞬だけオンにして、脚力の強化のみに使用。そうすることで全速力からの更なる加速を果たした私は、ほんの少しだけ速くシズキちゃんへと到達する。
短縮された時間はほんの少し。刹那もいいところ。だけどシズキちゃんが想像する以上の速度を出すってのが大事だ。彼女の想像を超えるっていうことはつまり、それに対応しようとしているミニちゃんを追い越すってことでもある。一瞬すら持たない最速超えの最速で、私はまだミニちゃんのガードが及んでいないシズキちゃんの二の腕へフックの軌道で軽くパンチを放った。
「あぅっ、」
命中。打撃に流されてたたらを踏むシズキちゃん。ちらりと横目で確認すれば──よし。カザリちゃん含め三人の審判が揃って左手を上げている。私の有効打判定だ。
あと一発与えれば、勝ちだ!