135 無理でも無茶でも無謀でも
ショーちゃんの振り回す触手を避けながらそのときを待つ。死角からミニちゃんたちが襲ってくるチャンスを、だ。
「!」
ミニちゃんたちが動きを見せた。来る! と思ったけど、肩透かし。ミニちゃんは三体が全員共にシズキちゃんの下へ撤収していった。ありゃ、攻めじゃなくて引きの判断とは。私だったら絶対に攻めるとこなんだけど、そこは考え方の違いか。それが結果的には正解だったわけだから、やるねぇシズキちゃん。
……いや、これをただの性格の差で片付けるのは危ないかもな。
考えてみれば、こうして視野外のミニちゃんの動きを追えているのがミギちゃんとの感覚共有のおかげだと閃いたのも、そもそもシズキちゃんが同じことをしているからだ。ショーちゃんはもちろん、彼女はその分体であるミニちゃんともしっかりと意思疎通し、意識を振り分けてそれがぞれが「見ているもの」を共有している。
エルフタウンの外れの森、穴ノールの巣穴をその力で探索してみせた。それは肉体的に一個になっている私とミギちゃんが行う感覚共有よりもずっと高度な技術だ──私は意識してそうしているんじゃなくて、たまたまこうなっているだけだしね。ところがシズキちゃんはちゃんとこれを役立てていて、自らの武器にしている。
ということは今もおそらく、彼女は視ている。自分の目だけでなく、ショーちゃんだけでもなく、三体のミニちゃんも含めて全部の目で私を見ているに違いない。
言ったようにミギちゃんから伝わってくる感覚は──私で言う眼球に相当する部位を持たないんだから当然だが──視覚で捉えているというよりもまさに感覚的に周囲の情報を受信している、という感じがする。目で直接見るよりはおぼろげだけど、それだけにぼんやりと全体を把握するのには視覚よりも向いている。そういうセンサー的な目で私を四方から観察していることになる……とすれば、今し方の引きの判断も決して偶然ではなさそうだ。
勘付いたんだ、きっと。合計五つもある視点から私をじっくりと眺めて、意図を察した。ミニちゃんが一斉に向かってきたところでもう一度ミギちゃんを使った大ジャンプで、今度は跳ぶ方向と強さを間違えないようにして、一気にシズキちゃんのとこまで距離を詰める。という密かな企みを抱いていると看破してみせた。
そこまで明確に私の狙いを読み取っていたかはともかく、なんだかヤな予感がしたんだろうな。一見して攻め時っぽくてもそうじゃないと感じたんだ。傍目にはショーちゃんの対応に精一杯で無防備に背中を晒しているだけにしか見えなかったはずなのに……そこで引いたのはシズキちゃんが臆病だからじゃあない。ちゃんと「私のリズム」を読んだからこその結果。
改めて、やるじゃないかシズキちゃん。私のほうこそシズキちゃんのリズムを読み取ろうとしているっていうのに、先に読まれてしまうとは思ってもみなかった。数の有利に任せた慢心をせず、きっちりと私を警戒している。最大限に注意深く戦っている。そういう証だな。
勝負開始前にナゴミちゃんと何やら話し合っていた中身はこれだったのかもしれないね。私がコマレちゃんに観察しろ(要約)というアドバイスを受けたようにナゴミちゃんもシズキちゃんに対して似たようなことを囁いていたんじゃなかろうか。それが見事、ショーちゃんの特性とシズキちゃんの慎重さ、どちらとも噛み合って強さになっている。ってところかな?
それは本当にお見事と言うしかないけど、対戦相手である私からすれば感心してばかりもいられない。わざと大掛かりな攻撃を誘ってカウンターする、という作戦がすっぽ抜けた上に今こうしている間にも着々と観察されている──いくつもの視点から丸裸にされてしまっているんだから、時間をかけてもいいことは何もない。かと言って無理攻めを通そうとしては逆にカウンターを食らうのが目に見えてもいる。
参ったな。大人しくしていたんじゃジリ貧だけど、暴れようとしても勝機は薄い。というかほぼほぼ皆無。ショーちゃんとミニちゃんに挟まれるってこんなに厄介な盤面だったのか。普段は味方だからあまり真剣に考えてこなかったけど、いざ敵になると恐ろしいなシズキちゃんは。
……シズキちゃんからも、私にそういう感想を持ってほしいもんだ。そうじゃないと彼女もエオリグを安心して着られないだろう。
そう、私はただ勝てばいいっていうものじゃない。シズキちゃんのあの、心の深い一部を曝け出すような言葉を聞いたからには狡い勝ち方なんて望めやしない。瀬戸際で判定上の勝利だけを貰っていくようなしょぼくれた決着は、何も彼女には響かないだろうから。
強い勝ち方をするのだ。極上の装備を押し付けるからにはシズキちゃんの強さに負けないだけの、打ち勝つだけの強さを私は見せつける義務がある。
だったら。
「無理はできない、なんて弱いことは言ってられないね」
無理でも無茶でも無謀でも、どこかで押し通さないことにはどうにもならない。大事なのは見極めだ。それがしていい無茶なのかどうか。どれくらい掴める勝機があるのかを見極めて、押し通らなくても押し通す。求められているのはそういうもの。私がシズキちゃんに勝つにはそんなギャンブルにだってまるで勝って当然みたいな顔して勝たなくちゃいけない──。
「鞭糸」
回避に専念するのをやめて私からも攻撃。切れ味を求めたところでショーちゃんは切れやしないので、糸は斬糸用の鋭さを持たせたそれではなく、しなやかながらに硬度を意識した鞭用のもの。束ねた糸の上から旧ミニちゃんを纏わせていた以前とは違って今では糸の芯にミギちゃんが通っている。なので細くとも、見た目こそ普通の糸と変わらずともこれは新・鞭糸。
以前のは一目でなんだかヤバそうだとわかる威圧感もあったが、この鞭糸にはそれが欠けている。でも、だからこそ。細くて軽くて振るいやすくなって、だけど重みはそのままだからこそ新しい鞭糸はより凶悪になり、技としての完成度が上がっている。
ヒンッ、と今まで聞いてきた鞭糸の音とはまるで音色も感触も異なる空気を裂く音が鳴った。鳴ったその瞬間にはもうショーちゃんへ糸が到達していて、少しだけど位置を後退させた。ぬう、進化した鞭糸でもこの程度が限界か。ショーちゃんだって重いものな、そりゃそうか。だけどほんのちょっととはいえ彼我の距離が開いたのはラッキー。触手に掠りながらも反撃してみた甲斐があったってものだ。
掠ったくらいでは有効判定にはならない。と信じてみたけどやっぱり三人の審判の誰からもそういう判定は出ていない。これもラッキー。小さなことでもこうして背中を押されたからには、このままいってみよう。
「もういっちょ頼むぜミギちゃん」
右足で強く地面を蹴る。大ジャンプを果たした脚力で、今度は縦には跳ばず横方向にのみ進む。鞭糸を振るった体勢からほぼノータイムノーモーションで急激な方向転換&加速をした私にさしものショーちゃんもついてこられなかったようだ。ありがとうミギちゃん、イメージした通りの抜群のコントロールだ──そして頼り切りで悪いけど、こっから先も頑張ってもらうよ!
進行方向には滑るように走り出した私に目を丸くするシズキちゃん。と、その手前に三体のミニちゃんがVIPを守るボディガードの如くに立ち塞がっている。ただ突っ込むだけではこの子たちのどれかに足を取られて終わる。そう私が考えることをシズキちゃんも承知しているからにはどこかで進路を変えると予想するだろう。
だからあえて真っ直ぐで行く! 最短最速を突っ切る……!
さあ、無茶に挑ませてもらうぞシズキちゃん!