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132 譲れないもの

「本当にやる気なんですか!? な、仲間同士で戦うなんて」

「手合わせね、手合わせ。ガチで戦うんじゃなくてロゴンさんが言ったみたいにただの力比べだから……」

「同じですよそんなの! 危ないことをするのに変わりはないじゃないですか!」


 んまー、そうなんだけど。そこに関しては一切の反論ができないんだけれども。


 何をやってもいいバーリトゥードや実戦とは違ってちゃんとルールを定めてあると言っても、確かに危険はある。そもそもガチガチに禁止やマナーで縛られている格闘技の試合だって事故が付き物なんだしな。なんならそれは一般的なスポーツでもそう。どんなに平和的であっても「争う」ことにはどうしたって人を壊し得るパワーが発生してしまうんだろう……それだけ人が争いに夢中だっていう悲しい証明なのかもね、なんていつか妹はずいぶんとシニカルに笑っていたっけな。


 私としてはもう少しポジティブに、人は「競い合う」ことに夢中なんだと捉えたい。それは人類が持つ長所である向上心がそうさせるのだと、信じたいな。

 私だってボコボコにされながらもずっと妹の訓練に付き合ってきたのは自分が強くなりたいから。妹に並ぶとか超えるとは言わないまでも、妹のお荷物にはならない程度に。もしも妹が苦戦するような場面があれば助けくらいにはなってやれるようになりたいと、そういう目標があったからこそである。


 姉としての威厳ってものもあるし? いつまでも妹から子猫扱いされたんじゃたまったものではない。そういう見栄の部分を含めてもそれはやっぱり向上心に分類される動機だよね? 私の中ではそう定めておく。だからスポーツは人を熱くさせるし、競技者のひた向きな姿は人を感動させるんだって。


 ただし忘れてはならないのが、私もシズキちゃんも決して競技者でもなければ格闘技者でもないってことだ。私たちは勇者だ。魔力やら異能力ユニークやら超常の力がありふれたこちらの世界においても女神から見初められた一際に特別な存在──そこまで自分が特別な力に溢れているっていう自覚は未だにまったくないんだけども、とにかくそれはそうなのだ。既に何度も死線を潜ってきてもいるから、実感としてはともかく頭ではちゃんと理解できている。


 私は勇者、の一人。シズキちゃんも勇者の一人。


 そんな二人がルールありきとはいえ拳を交えようっていうんだからそこに危険な匂いが生じないはずもない。何かあればスポーツでの事故どころじゃないヤバいことにもなりかねないんだから、コマレちゃんがあわあわしているのも当然でしかなかった。


 ロゴンさんに案内されて場所を移した私たちが今いるのは体育館みたいな施設。その印象通りにここは運動のための場所で、採掘班や職人班と違って時期によってはまったく動かない日も出てくるというドワーフたちがよく利用しているらしい。同じような建物はドワーフタウン内に何個かあって、ちょうどここは利用者がいなくて空いていたので使わせてもらうことになった。


 足場(まさに体育館みたいな光沢のある床だ)の感触を確かめながら、向かいにいるシズキちゃんの様子を確かめる。私にはコマレちゃんがついているみたいにあっちにはナゴミちゃんがセコンドとしてついているけど、二人とも落ち着いているな。何か静かに話している。どうやらコマレちゃんと違ってナゴミちゃんはもうこの勝負をやるべきものとして受け入れているらしい。


 カザリちゃんはロゴンさんやドードンさんと一緒に(他の頭領会メンバーは不在である)審判役を務める。いつでも冷静冷徹なのが持ち味の彼女には中立の審判がピッタリだ。ちゃんとした判定を下してくれることだろう。


 有効打を先に二回入れたと認められるか、相手を動けなくさせるか、参ったを引き出すか。これがこの手合わせの勝利の条件だ。裏返すと負けの条件にもなる。これら以外は勝ちにならないし負けにならない。その他、手合わせであることを忘れた悪質な行為は相手のポイントもしくは即敗北。みたいな別の決め事もあるけど、まあそこは騎士道精神に則って戦っていれば気にしなくてもいい部分だ。


 目潰しや後頭部狙いのラビットパンチとかの危険な急所攻撃はもちろん、実戦なら積極的に狙う人体の脆い部分を攻めるつもりなんて元からない。シズキちゃん相手にそんなことをしたいわけがないし、そもそも有効打二発で勝ちになるルール上、わざわざ急所に拘る意味がまったくない。


 急所を打つ価値があるのはしっかり入れば一撃必殺が叶うからだ。一打で勝つ、どんな状況でも闘争ではこれが理想。時間をかけず、反撃の隙を与えない。路上格闘では確実にそうだ──でもこの手合わせで目指すべきは二撃による判定勝ち。肩や額への打撃みたいなダメージとしては有効打になりづらい攻撃でも審判たちが有効と認めれば有効になる。


 要は「防御できていなかった」と見做されればそうなるわけで、そう見せるための工夫や駆け引きみたいなのもポイント制の勝負にはあるが……まあ、そういう細かな範囲で左右されるような戦いにはならないだろうな。


 繰り返すが私たちはスポーツマンでもなければグラップラーでもない。どちらがより強い勇者なのか、それを競うためにこの場に立っているんだから。


 なおも乗り気ではないコマレちゃんに、私は言う。


「仕方ないよ。確かに危ないことだし、なんなら馬鹿げたことにしか思えないかもだけど。でも譲れないものがあるんだったら、仕方ない。こうやって決める以外に私とシズキちゃんの両方がちゃんと納得できる方法はないんだから」


「っ……もうっ、わかりましたよ。そこまで言うならもう止めません!」

「ありがとうコマレちゃん。止めないついでに、何かアドバイスとかくれたりもしない?」

「アドバイスですか……そうですね」


 ちらりとシズキちゃんたちのほうを見たコマレちゃんは、すぐに視線を戻して続けた。


「見た感じ向こうはだいぶクレバーに戦ってきそうな気がしますね」

「クレバーに?」

「はい。そしてそれを徹底されるだけでハルコさんは厳しい。有効打を二回で勝ち。これは明らかにシズキさんに有利なルールですから」


 シズキちゃんの操る力、ショーちゃんは如何様にも姿を変えられる不定形が売り。その変則かつ変幻自在な攻撃から有効を取られないようにするのは難しい。対する私は、ショーちゃんの攻撃を掻い潜った上で本丸であるシズキちゃんへ攻め入らなくちゃならない。ほぼ確実にミニちゃんで身の守りを敷くと考えると……うん、厳しいね。コマレちゃんの分析は正しそうだ。


「バロッサさんが例に挙げていた魔術師対魔闘士の戦いに近いですね。力寄らせなければ魔術師の独壇場、近寄れば魔闘士の独壇場。ただしお二人はコマレたちのようにきっちりとタイプが別れているわけではないので、必ずしもそっくりそのままとはならないでしょう。ハルコさん、あなたには糸があります」

「糸繰りでどうにかして近づく、か」


 コマレちゃんが頷く。実際私の取るべき戦法はそれ一択だろう。パワーアップした糸は遠距離攻撃の手段としても性能が上がっているけど、ショーちゃんは硬い。常にシズキちゃんへの射線を塞ぐ位置取りをするであろうショーちゃん&ミニちゃんの壁を越えて糸で有効を奪うってのは現実的じゃない。そんなことしてる間に私があっという間に二発貰ってしまう。


「探るしかないでしょう。いかにショーちゃんが脅威的だとしても操っているのはシズキさん。ミニちゃんも合わせて大元の思考はたったひとつ。癖や呼吸というものは必ず表れます」


 それを読み、突く。勝機はそこにしかない。

 とコマレちゃんは言った。



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