127 ドワーフタウン
「ほほう! おんしらが勇者ってやつかい!」
「こんなめんこいお嬢さんらとはたまげた!」
「体が細いな! それでどうやって戦うんだ?」
「知らんのかお前、ヒュームの女子ってのはこんなもんだ!」
「わしらドワーフの女と一緒にするもんじゃないわい!」
「それにしても幼く見えるがのう。本当に勇者なのか?」
「これ! 慈母の女神が遣わす救世主になんてことを言う!」
「そうだそうだ罰当たりめが! 誰かぶん殴ってやれ!」
「ならわしが!」
「いいやわしがやろう!」
「ここはわしに任せとけ!」
「静まらんかぁ!!」
わいわいと騒がしい空間に響く一際大きな声での一喝。それでようやく、私たちの登場からずっと盛り上がっていた場が落ち着いた。と言っても、まだちょっとがやがやしてるけど。
「すまんのう勇者様たち。馬鹿たれ共が興奮してうるさかったろう」
「馬鹿たれとはなんじゃい馬鹿たれとは」
「ロゴンおぬし、総会長だからと口が過ぎるんじゃないか?」
「いんや、先のやかましさはそう言われて仕方ないもんじゃった」
「おぬしもその一員だろうに!」
「わしはずっと黙っとったわ!」
「それはそれでどうなんじゃ、頭領会の場だというに」
「また騒ぐ気か貴様ら!? ならば外でやっとれ!!」
もっと語調を鋭くさせたロゴンさんの叫びによって、今度こそ室内は静まり返った。総会長? ってなんだろう、エルフタウンで言うタジアさんの長老的なポジションかな。だとしたらドワーフタウンで一番偉いのがこのロゴンさんか。座ってる場所も一人だけ上座だし。と思ったんだけど。
「わしが一番偉いなんてこたぁない。この場にいる全員が対等じゃ」
「そう、対等に偉い!」
「ロゴンはまとめ役ってだけじゃ!」
「まとめきれておらんがの」
「違いない!」
「「がはははは!」」
うお、ちょっと隙を見つけては一斉に喋り出すねドワーフさんたち。またロゴンさんが喝を飛ばして静かになったけど、どうせまたすぐ盛り上がるんだろうな。一時とはいえ叱られたら一応は黙るのがむしろ偉いなって思うよ、こんなにお喋りだとさ。
「ここにいるのは指揮長に採掘長に施工長に職人長に商会長に管理長に折衝長……まあとにかく責任ある立場に就くドワーフが十二人! それをまとめておるのがこのわし、総会長であるロゴンじゃ」
ふんふむ。司会席についているロゴンさん含めた十三人が、つまりドワーフタウンの責任者たちってことだね。特定の一人がトップに立っているんじゃなくてこの頭領会そのものがドワーフタウンの最高意思決定機関、と。賑やかすぎるのが少し気にはなるけど、組織の形としてはしっかりしてるっぽい?
とまあそれはわかったんだけど、じゃあ長方形の大きなテーブルを囲うロゴンさんたちを更に囲うようにしてずらりと立っているドワーフの皆さんはいったいどなた方なんだろう? 密集し過ぎて部屋が暑苦しく感じるというか、実際に温度が上がってると思うんだけど。
「ああ、雁首並べて立っておるのはおぬしら勇者を一目見たくて来るなと言っても来おった馬鹿者共じゃから、何も気にせんでいい。無視じゃ無視」
「うちの若手を馬鹿者とはなんだロゴン!」
「さっきから言葉が過ぎるんじゃあないのか!?」
「うむ、いつにも増して厳しいぞ!」
「さてはおぬしこそ勇者様の前だからと張り切って──」
「なんだと!? わしぁ尽くすべき礼を尽くしとるだけじゃ!」
とと、今度はロゴンさんまで巻き込まれての言い合いが始まってしまった。色々な意味で熱気に溢れているその空気感に、当然ながら外様の私たちはついていけない。バーミンちゃんが「あのー」なんて割って入ろうとしてもぜんぜんダメ、歯が立たない。どうしたものかと皆で顔を合わせていると、それを見かねてくれたのか立ち見のドワーフの人たちが口々に注意しだして、それが効いて喧騒も少しずつ収まっていった。
「重ね重ねすまん! どうもわしらドワーフというのは興奮しやすいタチのようでな」
お呼びじゃない見物客みたいな扱いをしておきながらその人たちに注意されたということでロゴンさんも決まりが悪そうだった。でもそのおかげでカッカせずに彼が厳粛な態度で改めて場に静粛を求めたことで、ようやく頭領会はそれらしい雰囲気を見せてくれた。酒場から会議場に移ったような……まあ端的に言って長職の皆さんが真面目な顔付きになってくれたってことね。
というかホント、酒盛りもしていない素面でこれってすごいな。この人たちが酒場で騒ぐとどうなっちゃうんだ? 街が一個潰れてもおかしくないんじゃないの。
「それで、その。コマレたちが勇者としてご挨拶すべき方はロゴンさん? それとも頭領会の皆さんですか?」
「おお、こうしてわしらが揃うまでお待たせした通り、この卓についとる全員があんた方を出迎える義務があったわけだ。そしてわしらは確かに勇者五人の顔と名前を覚えた。これにて顔合わせは終了でいいじゃろう」
「ありがとうございます」
「なんのなんの、言ったように義務を果たしたのみ。あんた方こそ遠路はるばるご苦労に」
「コマレたちも勇者の義務を果たしているだけですよ」
「ほほう! 違いないな」
うーむ、周囲からの横やりがないとものっそいスムーズ。まあ話を邪魔しない程度にはぼそぼそと何か言い合ってるけどね、他のドワーフさんたち。何々? もう挨拶は終わりなのか、いや酒を共に飲まずしては終われん、そもそもどうしてイングリードで集合じゃなかったのか……って、やたら私たちとお酒を飲みたがってるな。確かイングリードっていうのもドワーフタウン唯一にして最大(!)の施設だという居酒屋の名前だったはず。この会合場に来るまでの間にそう聞いた。
ほへー、ドワーフって本当にお酒大好きなんだねぇ。エルフがこう、魔法とか弓とかが得意みたいなイメージがあるのと同様に、物語に出てくるドワーフに関してもなんとなくそういうテンプレ的なイメージを持ってたけど、こっちの世界で実在しているドワーフの実態もそのものずばりだったようだ。
外見もずんぐりむっくりで髭もじゃっていうまさにテンプレ通りだしさ。着ているのも似たような物ばっかりで見分けがつかないや。辛うじて髭の色味とか鼻の形で差があるかな? いや気のせいか? ってくらいのレベルだ。
「この街に個人のトップがいないなら、気になることがある」
「気になること?」
カザリちゃんに目を向けたのは私だけじゃなく、この場の全員だ。オールメンバーがなんのことかと彼女の言葉の続きを待っている。視線の圧がすごいだろうに、だけどカザリちゃんが口にしたのはそれへの言及ではなく。
「人払いをお願いしたい。できれば、頭領会のメンバーだけに話したい」
人払い……を、しなきゃ話せないこと? それってなんだと考えを巡らせて、ハッと気づく。そうだ、個人の責任者がいないってなると確かに気になることがあるじゃないか──番人がいったい誰かっていう疑問が、出てくるじゃないか。
番人……それは連合国を瘴気から守るための大陸魔法陣。を、維持するための要点を要点足らしめる「人の楔」。八ヵ所それぞれに一人はいるはずの、そして托生紋で他の番人と繋がっているはずの人物。
要点のひとつであるドワーフタウンにも番人はいることになる。でもロウジアやエルフタウンでは村長のタジアさん、長老のルールスさんと一番立場が上の個人がそれを担っていたのに対し、ここには彼らに相当する人物がいないことになる。だけどそれはあり得ない。
本当に番人が不在となると、じゃあ托生紋はどうなっているんだっていう話になるし、そもそも大陸魔法陣が機能しない。だからいないわけがない。そして選ばれるとしたらこのメンバー以外には考えられない。そのはずなんだけど……不思議と、どうしても私にはこの中に番人がいるとは思えずにいた。




