125 ロックリザード
ナゴミちゃんからのアドバイスを受けて、物は試しにと右足を大きくしてみようとしたけど、これがなんとまー意外にも難しいのなんのって。足先を尖らせたり膝から棘を生やすくらいならともかく、ミギちゃんを膨張させるのはかなりの難度のようだった。
体積を増やすっていうのがネックなのかねぇ。このあたりシズキちゃんはショーちゃんを簡単に巨大化させているんだけど……その逆にめっちゃ小さくして体のどこか(体内なのか?)に仕舞ったりもしてるんだけどね。いざ真似ようとしてみてこれがいかにとんでもないことなのかよくわかったよ。
コツとか聞いても大小問わずサイズの変更はバロッサさんとの修行が本格的になる前から自然とできていたことだから、シズキちゃんも教えたくても教えられないみたいだった。元々からしてショーちゃんの操作は理屈立ったものじゃなくてかなり感覚的なそれではあるけど、サイズ変更に関してはその感覚ですらもうまく説明ができないとのことだ。
もっと正確に言うなら、私たちが「歩く」という動作をどのように行なっているかいちいち考えないのと似ていて、何をどうやっているのか言語化こそできずとも実行できているが故に、いざそれを一から十まで言葉にしてみようとしてもしきれない。筋肉の使い方、骨での支え方、重心の移動、手を振る等のその他多くの補助動作……それらを「知らない」人へどう説明すればいいのかわからない、っていう感じじゃないかとシズキちゃんのたどたどしい解説(のようなもの)を聞いて私はそう思った。
なるほどこれは無理めだな! というのも、妹の武術訓練にさんざん付き合わされてきている私にとってこういった経験は一度や二度じゃない。何せこと闘争に関しては天才にして鬼才にして異才のあの妹なので、コツとか訊いてもまともな答えが返ってきた試しがないのだ。あの子なりにちゃんと教えようとはしてくれていた(と思う、それすら曖昧だけど)ので、理解できなかった私も悪いっちゃ悪いけれども。教師が度を超えた感覚派だとしても生徒側も同じならなんの問題もないわけだからね。
でも残念ながら私は感覚派ではあってもそこまで飛び抜けていない……半端に理屈だとか理論だとかにも頼るタイプなものだから、妹にはついていけないし、それと同様にシズキちゃんの持つ感覚を自分に応用することもできそうにない。というのがよくわかったよ。
ちゃんと説明できないことにシズキちゃんはものすごーく申し訳なさそうにしていたけど、もちろん何も気にする必要はないとそれはもう念入りに言っておいたよ。いやホントに、この件で彼女が気に病むような要素は一個もない。つまりはシズキちゃんを安易にお手本とせず、私は私なりのミギちゃんとの向き合い方を見つけていかなくてはいけない。ってだけの話っしょ? そこで無理にシズキちゃんのやり方に固執してもひょっとしたら悪影響にしかならないかもだし……。
楽や横着ができるなら喜んでしたい私だけど、それが叶わないからって不貞腐れたりも理不尽に人を責めたりもしませんて。自分の力で頑張る、そんなのは当たり前のことだ。ミギちゃんの巨大化にはゆっくりと挑んでいこう。最悪、まったく形にならなかったとしてもしょうがない。それはそれとして、別の活用法を引き続き模索していくだけだ。
そうやっていれば案外、私にしか行けない道っていうのもそこから見つかるかもしれない。格闘のいろはも妹から習ったようなものだけど、妹と私の戦闘スタイルはだいぶ違うしねぇ。単なる劣化コピーってわけじゃなくて、私には私の型がある。それについては妹からもなかなかサマになっているとお墨付きを頂いているくらいなので……まあ、この右足での新スタイルに関してもそうなっていけばいいね、ってことで。
そんな風に自分もシズキちゃんも納得させたところで、タイミング良くバーミンちゃんの元気な声が響いた。
「見えてきたっすよ皆さん! ドワーフタウンっす!」
「おー!」
山岳の狭間の道を抜けて、一気に開けた景色の先にはこれまで見てきた街の様相とは一味も二味も違った、一見すると街には見えないソレがででんとあった。
「あれがドワーフタウン、なんですか? 街というよりまるで……」
「要塞みたい」
そう、カザリちゃんがぼそっと言ったようにまるで要塞だった。
街を区切る一方が崖肌になっていて、そこにいくつもの穴があり、そして奥のほうは見るだに堅牢だとわかる石造りの巨大な建物が鎮座している。崖を突き破って出てきた怪物が街を飲み込もうとしている途中、というような光景だ。そんな印象を受けてしまうくらいにデカくて、オシャレさなんて皆無の質実剛健な灰色の建造物なのだ。
巨大建造物以外の建物も全体的に色味もデザインものっぺりしていて、ひたすらに赤土と石灰の集合体って感じ。これは確かにモルウッドみたいに景観目当ての観光客はやってこないな……便宜上は隣町と言ってもあそこからここまでの道のりもけっこう長くて険しかったし、何かしら「どうしても」っていう強い目的がなければなかなか来られるような場所じゃないな。それこそ、私たちみたいにさ。
「さっすが、ドワーフが集まって出来た街。エルフタウンにも負けない異国情緒感がマシマシだね。他の街みたいに分厚い塀で覆われてないのも一緒だし」
「でもエルフタウンにはおっきな川があったよね~」
「あっ、そうだった」
エルフタウンは街全体が川に囲まれていて、水流は穏やかだけど非常に深いあれは紛れもなく自然の防壁だった。塀はなくとも堀はあったのだ。あと一応、ロウジアみたいに柵も。で、入街するには必ず橋を渡る必要があり、そこには門番ならぬ橋番のエルフがちゃんといた。つまり魔物が寄って来ることへの備えはちゃんとしていたってことになる。
でもドワーフタウンはそうじゃないっぽい? 見た目の印象こそ今までのどんな街より荒事に強そうだけど、その実周辺の守りは小さめの外壁くらいしかなくて極端に薄いっていう……これじゃいくらなんでも危なくない?
という私たちの疑問に、いつものようにバーミンちゃんが案内人らしく答えてくれた。
「大袈裟な塀はドワーフタウンには必要ないんすよ。この山岳地帯にはリザードっていう魔物の亜種がいるっすから」
「リザード? それって危ないやつ?」
「そうっすね、通常種でもゴブリンやバーゲストより危険度は高いっす。特にロックリザードは岩みたいな外殻を持っている上にオーガ並みの巨体で、力も強いんで、剣士とかなら断然オーガよりも手を焼くっす。しかもオーガとは違って必ず数体で組んでいるんで戦闘になったら相当ヤバい相手っすよ」
ほほー、トロールよりも危険と言われるオーガ。まだ遭遇したことはないがトロールと戦った経験からおおよそオーガの強さも想像できている。そのオーガに劣らない戦闘力を持っていて、しかも群れている魔物。となったらそりゃヤバそうだ。そもそもこの世界では雑魚扱いのゴブリンとかバーゲストでさえも群れていたら一気に危険度が上がるもんな。
「そんな危ない魔物がいるのならますますドワーフタウンの構造が理解しがたいのですが……」
困惑を隠さずに言ったコマレちゃんに、こっちを向いたバーミンちゃんはちょっといたずらっぽい表情でくすくす笑って告げた。
「そうっすよね。勇者様方にとっては意味わかんないっすよね。でも百聞は一見に如かずっす。アレを見ればすぐに理解できるはずっす!」
アレ? バーミンちゃんが意味深に指し示した方向へ、私たちは馬車の窓から顔を出して何があるのか確かめる。するとそこには……いた。
馬車が通り抜ける山岳の合間の道、その一方側の丘の上からこちらを見下ろす巨体。ごつごつとした岩にしか見えない肌を持った、トカゲ。いや、そのサイズとフォルムで言えば羽のないワイバーンだ。そんな威圧感マシマシの魔物──が、三体も。
「マジ……!?」
しかもたぶん、奥にはもっといるっぽいぞ……!