12 疑わない
「うあ~、つっかれたぁー。初日からこれってハード過ぎんでしょ……」
シーツ布団に倒れ込む。もうへとへとだ。夕飯食べてお風呂入って、回復するどころか体力が尽きてしまった。
はやいとこ眠ろ。そんでもって体力を戻そう。
でないと明日も続く訓練に耐えられない……あ、でもその前にこれだけは聞いておきたい。
「皆の進捗はどうなの? 私みたいに辛い人いる?」
いてほしい、という願望が透けて見えたのかコマレちゃんはちょっと苦笑気味に答えてくれた。
「たぶん、いませんね。コマレたちは四人とも順調みたいです……今日の段階では、なので明日からの課題に関してはわかりませんけど」
「うぐぇ。やっぱり苦労してるのは今んとこ私だけかぁ」
いやまあ、そんなのわかってたんだけどね。
だって皆、バロッサさんに言われたことをできるようになったって途中で報告しに来てたし。それ聞いてバロッサさんガチでびっくりしてたしさ。
もうすぐ夕方になるからってことで今日の訓練はそこで全員お開きになったわけだけど、そうじゃなかったらおそらくもっと続いてたんだよな……あの地獄のような殴り合い(一方的)が。おおくわばらくわばら。皆の才能がすごくて助かった。
「ねね、今日できるようになった課題ってどんなのだったの? ちなみに私は自分の魔力を感じて操れるようになることだったんだけどさ」
「あ、じゃあウチのと似てる~。魔力を纏うのを全身と一部で切り替えられるようになれって言われたんだぁ。拳を握るのと同じくらいのスピードで出来たら合格だって」
「へえ……聞くだに難しそうだけど、できるようになったんだ?」
「うん!」
屈託なく笑うナゴミちゃんにくらくらしてしまう。私なんてさんざっぱら殴りに殴られてようやく、本当にようやく魔力らしきものの片鱗を内側から感じた……かなぁ? くらいだっていうのに。
ナゴミちゃんのレベルの高いことと言ったら、私がよちよち歩きだとすればスプリンターの全力疾走並みじゃんね。
「コマレは四つの属性の全てで初歩の術を使えるようになること、でしたね」
「私もそう……光と闇の、初歩の攻撃術を撃てるようになった」
こっちもすごい進歩だ。攻撃術って何さ。私が泥臭く肉弾戦であくせくしている間に皆どこまで行っちゃってんの……?
「わたしは、その。ショーちゃんに、わたしの意思が宿っているのを、確かめることが課題でした……」
「ショーちゃん?」
「あっ、こ、この子のことです……名前を付けるといいと、バロッサさんが言っていて」
緩く伸ばされたシズキちゃんの人差し指の先っぽから、ぬるりと小さな黒いのが出てきた。
はえー、やっぱり自由に出したり引っ込めたりできるんだ。
「じゃあ私もショーちゃんって呼ぼ。何か由来があるの?」
「えっと……飼っていた犬の、名前です。黒くて大きくて、優しくて……わたしの唯一の、友達だったんです。さ、三年前に死んじゃったんですけど……」
「そうなんだ。じゃあ、犬のほうのショーちゃんも喜んでるかもね。自分の代わりにシズキちゃんを守ってくれる後輩ができてさ。ねっ、不気味なほうのショーちゃん!」
「ぶ、不気味はやめてあげてください……えへ」
あ、笑った。ちっちゃいシズキちゃんは笑うとすごく愛らしい。小さかった頃の妹を思い出して和む。妹があっという間に私より逞しくなっちゃっただけに余計にね。
「ハルコさんはどういった訓練を行なっていたんですか? 昼も夜もご飯を食べながらぐったりしてましたが……」
それでもしっかり食べてましたけど、と別に言わなくてもいいことを付け足しながらコマレちゃんが訊ねてくる。
私が何をしてたかって? ……うーむ、何をしてたんだろうか。
ただぼこすかやられたい放題になってただけだから、何もしていない。いやさ何もできなかったっていうのが正しいんだけど。
とにかく訓練の内容を伝えれば、サンドバッグに身をやつしていた私に皆が軽く引いていた。うん、いい加減このリアクションにも慣れてきちゃったよ。
「た、大変だったんですね」
「ホント大変、しかもまだまだ終わりが見えないってんだから参っちゃうよね」
「……ボコボコにされたっていう割には、傷がない」
「あー、本当だぁ。ハルっち怪我とかしてないの~?」
「おろ、そういえば。あんなとんでもないパワーでぶたれたってのにどこも痛まないぞ」
怪我どころか打ち身で腫れたりしている箇所もない。不思議なこともあるもんだなー、と思ったけど「いやいや」とコマレちゃんが勢い込んで言ってきた。
「たまたまでそうはなりませんって。鉄球が投げつけられたくらいの威力があるパンチを何度も受けたんですよね。それでも無事なのは……女神さまがくれた祝福のおかげなんじゃ?」
「えー? 『健康で丈夫な体』のこと? 関係あるかなぁ」
「無関係と思うほうが難しい」
「カザリちゃんまで」
この二人に揃って言われるとじゃあそうなのかって気分になる。
まあ確かに、軽い組手でもどこかしら痛めたりすることがよくあるっていうのに、あれだけやられてピンピンしてるのは変ではある。
私の受け方やバロッサさんの殴り加減がいくら上手くてもこうはなるまい……ってことは、やっぱり私は貰っているのか。健康で丈夫な体を?
「丈夫なのはありがたいけどさ……めっちゃ受け身じゃない? どうせなら皆みたいにガンガンいける力が私も欲しかったなー。絶対に嫌がらせだよねこれ。わざと私だけショボい祝福にしたでしょ、あのインチキ女神」
「まあ……ハルコさんは女神さまをいきなり蹴ろうとしたわけですし」
「でもこっちは誘拐被害者なんだから、そこはどっこいっしょ。いや、先にやったぶんあっちのがワルだね」
「その匙加減を決めるのは向こう」
「そこなんだよな~。こんなことになるとわかってたら蹴らなかったのにな~。チョップくらいに抑えてたよ」
「結局殴るは殴るんですね……」
「それじゃどっちみちだよハルっちー」
あはは、と皆で笑い声を立てる。
笑いの種が私の不幸であるのは遺憾だが、明るい雰囲気なのはいいね。
ほんとバロッサさんには感謝しかないよ。あの人が色々と助けてくれなきゃこんなに楽しく過ごせてないんだから。訓練中はものごっつ鬼だけども……それだって私のためにやってくれてるんだもんね。
「ねえねえハルっち」
「ん、なぁにナゴミちゃん」
「魔力を体に巡らせるコツだけどねー」
いつでも眠れるように横になったまま話していた私だけど、がばりと起き上がる。魔力を使うためのコツ! これは是非とも教えてもらわなくっちゃ!
「ど、どうすりゃいいの?」
「魔力が人間の中にある力……生命力とか精神力とか、そういうのから生み出されているって話は聞いてる~?」
「あー、うん。殴られる合間の短い休憩時間にバロッサさんがそういう感じのことを言ってた、ような気がする。あんまし頭に入ってないけど」
なにせ息も絶え絶えで、全身全霊で酸素を補給している最中だよ? 小難しい解説されたって理解できるわきゃーない。
そう憮然と訴えれば、ナゴミちゃんは困ったように眉尻を下げながら。
「でもちゃんと聞いたほうがいいよ~。コツっていうのはね、その理解が一番大事ってことなんだ。何もわからないままじゃできることもできないよね? だからまずハルっちは、疑わないのが大事なんじゃないかな」
「疑わない? 何を?」
「女神さまから特別な力を貰ったことを、だよ」
「……そっか。そうかもしれないね……」
なんとなく、ナゴミちゃんの言いたいことを察して私は頷く。
彼女のふわりとした笑みを見てたら、途端に眠気の限界が来た。
座っていることもできずに再び横になる……そしておやすみを言う間もなく私の意識は闇に溶けていった。