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118 どうなってんだ、私の体?

「出てきたっす! 群れてるバーゲストは群れてるゴブリン以上に厄介っすから気を付けてくださいっす、ハルコさん!」

「オッケー。忠告ありがと」


 私が一人で馬車の前に立てば、前方の林の中からぞろぞろとバーゲスト……犬が妖怪化したみたいな魔物が連れ立って出てきた。犬っぽい見た目に相応しく嗅覚がいいみたいだから、既に私たちを獲物として捕捉していたんだろうな。これは偶然じゃなく連中の意思での出会いってことだ。


 普段ならこうして向こうが顔を見せた時点でコマレちゃんかカザリちゃんが魔弾をぶっ放すか、ナゴミちゃんが単身で突っ込んでいって一打一殺でさらっと殲滅させて終わりなんだけど。今回は私がその代わりをする。


 正確には、代わりが務まるかを確かめるってのが本旨だね。


「さーて」


 敵の総数は六匹、バーミンちゃんが言っていた通り。でも以前に見かけてきているバーゲストよりも体格が立派に思えるな。ゴブリンとかスライムにも(亜種以外でも)個体差はけっこうあったし、同じ種類の魔物でもやっぱ細かく違うものなんだな。


「ハルコさん、くれぐれも無茶は禁物ですよ!」

「しんどそうだったら交代するからね~」


 生身の足じゃなくなってから初の単独戦闘。それもあえて素の実力を見るためにせっかく戻ってきた魔蓄の指輪も攻魔の腕輪も馬車に置いてきているもんだから、仲間からの心配がぶ厚い。


 思わず苦笑してしまうけど、まあわかるよ。やってることはトロールのときと一緒だけど、あれは一対一だったもんね。危険度で言えばバーゲストよりトロールのほうが上だが一人で複数の相手をするっていうのはすごく大変で、六匹のバーゲストとなると下手をすれば一体のトロールよりもずっと危険でもある。特に、何体いようとまとめてぶっ飛ばせます、ってくらいの火力を持たない私みたいなタイプにとってはなおさらだ。


 そんでもってこの新しい足が文字通りに足を引っ張る可能性だってあるわけだから、心配もさせちゃうわな。かくいう私だってドキドキしてるもん。心臓がえらくうるさい。


 でも、なんて言うんだろうな。このドキドキ、そんな悪いドキドキじゃないっていうか。ネガティブなものには感じないんだよね。


 むしろその逆。私としてはかなり珍しいことなんだけど──戦いを楽しみに思っている気がする。だからそう、ドキドキっていうより正しくはしているのかも?


 魔物と相対してこんなに怖くないのは初めてのことだ。でも、なんぜそんな風に余裕があるのかは自分でもよくわかんない。


「バウッ!」

「糸繰り」


 わかんないままにバーゲストへ自分から距離を詰めていけば、向こうも駆け出して迫ってきた。そのまま噛み付こうっていう腹だろう。


 土蛇に散々に噛まれてそういうのにはうんざりしているところである。また牙の餌食になるのはご免被る、と糸を伸ばして妨害しようとしたんだけど──おろ? なんだこれ。糸がいつもと違う。


 するする作れる。するする伸びる。強度を意識するまでもなく頑丈に出来上がっていく。操作性もいい。指に通じているというよりも指そのものって感じで操れる。そのおかげで糸繰りの難度が各段に下がっている。こんな感覚は初めてのことだ。


「よっ」


 一瞬で長く、これまでにないほど丈夫に作れた糸で試しに先頭を走る一匹を縛り付けてみる。──自分でもびっくりするくらい上手くいった。今までは網でも編まない限りは一度の糸繰りで一箇所を縛るのが限界だったけど、今回はなんとバーゲストの全身を雁字搦めにすることができた。


 バーゲストはまったく動けなくなっている。それだけ縛り方が完璧で、糸自体の耐性もしっかりしているってことだけど……でもまだだ。この糸はそこで終わりじゃない。


 糸の性質を変えられる。今はニュートラル。特別硬くもなく柔らかくもなく、細くもなく太くもなく。私にとって一番操りやすい糸で縛っているわけだが──生きて動いている対象を捕らえるにはこれが最もいいやり方なんだけど、それだけに捕まえても割と抵抗はされちゃうんだよね。今だって糸が急に頑丈になってくれてなければバーゲストが全身で抵抗して私のほうが引き摺られることになっていた、かもしれない。手袋のパワーも魔力ブーストも欠いているからには大いにあり得ただろう。


 で、糸が強くなっていても「捕まえたあとにどうする」問題は解決されていない。捕まえるだけでそれ以上のことはできない、はずだったんだけど。ちょっとそれも変わってるっぽいな?


「こう、かな」


 できそうだ、と思ったことを手探りでやってみる。お、できた気がする。その成果を確かめるために糸を引いてみた。するとばっちり。


 先頭のバーゲストは糸によってバラバラに切り裂かれた。


「これはなかなか……」


 一度作り上げたあとから糸の性質を変えるなんてこと、糸繰りではできない。や、先達であるアストリアさんとかなら余裕でやれちゃってたのかもしれないが、少なくとも私には不可能だった。ほんのちょっと硬度を加えたりとかは今までもやってたけどそれも気休め程度の効果しかなかったからね。


 だけど今は違うようだ。どうやら私は、指から離しさえしなければ──いやひょっとすれば切り離した糸さえも? 後出しで性質に変更を加えられるようになっている。バーゲストを細切れにできたのもそのおかげだ。


 拘束は柔らかく食い込むいつもの糸で。そこから一気に硬さと鋭さを上げて、切る。そういうことができるようになった。言うまでもなくこれは大きな成長だ。


 成長? んー、少し言葉の使い方が違うか。この変化は私の成長によるものではないと、なんとなくわかっているからには。


 糸がこうも操りやすくなったのは私の糸繰りのレベルが上がったとかそういうんじゃなく……たぶんが通っているから。右足にくっ付いたミニちゃんが芯材になってくれているから、なんだと思う。


「すごいな。どうなってんだ、私の体?」


 先頭の一匹が細切れにされて、残りのバーゲストは直進をやめた。三匹と二匹で別れて私の左右から襲おうとしているようだ。賢いな、数の有利を活かす戦い方がちゃんと理解できているんだ。


 でもお生憎、昨日までの私になら通じたその戦法も、今日の私には通じない。バーゲストがもっと一体一体強ければ別だけど、こんなに脆くて遅いんじゃあね。


「斬糸」


 今度は初めから硬度と鋭利さを持たせた糸を振るう。すると予想通りの手応えであっさりと、すっぱりと右手から来ていた二匹のバーゲストはまとめて横から真っ二つになった。


 か、軽い。自分でも驚くくらいの手軽さで切れる。糸の質が上がったことで斬糸の威力もめっちゃ上がってんね。……言うなればこれは、糸にミニちゃんを纏わせたりしていたのと反対になってんだ。糸の中にミニちゃんがいる。私と一体になっているミニちゃんが糸繰りにまで出張してくれているんだ──何がどうなってそんなことに? とは思うけど、ぶっちゃけ私は興奮していて疑問よりも欲求のほうがずっと強くある。


 どこまでやれるかを確かめたい。だってそうだ、そのために一人で相手してるんだから、バーゲストにも最後まで付き合ってもらわなくちゃね。


「突糸」


 わお、こっちも軽い軽い。負担も手応えもサクッとだ。こればっかりはどう上手に説明したって他の人には伝わらない感覚だろうけど、本当に以前までの糸繰りとはまったく違う。さほど力みもせずに放った糸の弾がバーゲストの正面からお尻までを貫いて仕留めてしまった……いいね、コマレちゃんやカザリちゃんの魔弾一発分くらいの威力はありそう。これで少しは火力不足も解消されたかな?


 なんて呑気に考えている間にも、機敏なジグザグ走行でなおも接近を試みる最後の二匹がいよいよ間近になった。……この距離でも糸で充分に対処できる気はするけど、せっかくだ。


 ちょっと蹴り技のほうでも工夫をしてみよっかな。



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