117 どれだけ戦えるのか
「コマレちゃん。ちょっと見てもらっていいかな」
「見る? 何をですか?」
バーミンちゃんの確固たる宣言に触発された、って言うほどのことでもないんだけど。でも少なからず感化はされたかな? 彼女の強い責任感に押されて私も勇者としての万全を期すべく、折に触れて行っているアイテムたちのメンテナンスを移動中の今の内にしておくことにしたのだ。
こんな言い方をするといかにも専門的なあれやこれをしてそうに聞こえるだろうけど、知っての通り私には魔道具を調整するような技術も知識も持ち合わせがない。なのでやることと言ったら傷がないかとか、ちゃんと作動してくれるかのチェック。その次に綺麗な布で空拭きするだけ。ま、その程度の簡単なものよ。だから揺れる馬車の中でもできちゃうのだ……けども。
今朝になって魔蓄の指輪と攻魔の腕輪も満タンになって戻ってきたからちょうどいい、とこのふたつのチェック&お掃除は順調に終わった。続いて私が恒常的に装備しているアステリアリング──バロッサさんの師匠の指輪にも、何も気になることはなかった。いつも通りに磨いて終わり。
で、これまたいつも通りに最後はパワー手袋と聴力強化イヤリングを拭けばひとまずメンテナンス完了。となるはずだったのだが、そこで緊急事態が発生。
「むむ……確かに。見た目ではわかりにくいですがどちらも破損しているようですね」
「やっぱり!?」
どっちも反応がめちゃくちゃ鈍くてさー。手袋は念じても効力発揮までに数秒のラグがあったし、イヤリングはいつもなら一回指で弾けばいいところを五、六回はやらなきゃ動かなかった。これ明らかにヤバいでしょ、ってことでコマレちゃんに相談してみたら案の定だ。
「壊れちゃったってこと?」
「壊れた、というより著しく耐久性が下がってその分だけ機能も劣化しているといったところでしょうか。原因としては……例の土蛇に飲み込まれた際などが怪しいのではないかとコマレは推測します」
「あー、ありそう。ものすごい圧力だったからねあいつの中は」
広々ならぬ狭々のキッツキツだった。もう少しでぺしゃんこになるところだったんだから身に着けてたアイテムだってそりゃあ被害を受けるわな。
「はっ! ナゴミちゃん、防魔の首飾りは平気そう?」
あのとき身に着けていたアイテムがもうひとつあることを思い出して、魔力補充のために預けてあるナゴミちゃんに慌てて確認を取れば、彼女は懐から取り出した首飾りをじっくりと眺めてから。
「ん~、見た感じ何もなさそうだよ? 魔力の溜まり方もいつも通りって感じ~」
「あ、そう? よかった、そっちは無事なんだ。ヒヤッとしたよ」
「純魔道具ですからね。通常の魔道具とは耐久性が桁違いだという話ですから、まさにそれが証明された形でしょう。そのアステリアリングも無事なんですよね?」
「そういやそうだ、これだって一緒に飲み込まれたのにね」
本当に純魔道具って頑丈に出来てるんだなー。魔術師ギルドの長であるトーリスさんが機能面だけでなく丈夫さにも自信を持って太鼓判を押していたのも頷けるね。そしてそんな彼の姉貴分だったというアステリアさんが自作したこの指輪も、勇者への贈り物である三つの純魔道具に劣らないだけの逸品だってことだ。さすがはバロッサさんのお師匠さん。
それに対して手袋とイヤリングは、元々は王都の市民が持っていた一般的なアイテムでしかないもんなぁ。比較しちゃうと差はあって当然だ。むしろ激しい戦いを繰り返しながらよく今日まで持ってくれたもんだと感謝すべきかもしれない。
特に手袋が与えてくれる膂力には大いにお世話になった。これと魔蓄の指輪による魔力ブーストを合わせると大き目の魔物にだってそうそう力負けしないだけのパワーを手に入れられるのだ。それがいったいどれだけ私の戦闘を助けてくれたか。
イヤリングも……えーっと、うん。手袋と違ってそこまで頻繁に助けられた覚えもないけど、トラウヴの地下水道探索とかでは心強かったし、これもありがたいアイテムなのは間違いない。本来タダで貰っていいものじゃないはずだ。
なんとかして修理したいところだけど……。
「コマレちゃんってこういうの直せたりする?」
「それは……すみません。魔道具への魔力補充は習いましたが、修繕までは」
ダメ元で訊いてみたら案の定ダメだった。そうだよね、いくらコマレちゃんでもそこまではできないよね。となるとやっぱりあれか、魔術師ギルドへ持っていって魔道具作りの職人さんとかに見せなきゃならないか。
まずこれが直せる類いの不調なのかもわからないけど、仮に修理可能だとなっても、直ったそれをまたそのギルドに取りに行かなきゃいけないってのがなかなか難しいねぇ。
だってほら、今って旅路の最中だし。旅路が終わってもたぶん、儀巡最後のスポットである魔闘士ギルドの本部へ向かうことになるでしょ? そうじゃなくてもなるべく早く王都に帰らなきゃだろうし。そうなるとここらで魔術師ギルドへ寄ってアイテムを預けても取りに戻ってこられるのはいつになるのやら。
最悪、展開次第では魔族との戦争の終結まで預けっぱなしになってもおかしくない。
「預けるだけ預けて、直ったら王城へ届けてもらったらどうっすか? 勇者なんすからそれくらいのサービスはしてもらえると思うっすよ!」
ほほー。なるほど、お届けね。それができたら一番いいな。バーミンちゃんの言い方からすると普通はやってないサービスみたいだけど、ここは勇者特権に甘えるべきか……私のアイテム事情ひとつ(個数はふたつだけど)のために予定を大幅に曲げるわけにもいかないし、かと言ってここで手袋ともイヤリングともすっぱりお別れってのもなんというか心細いし──。
いや……でも、待てよ。
言ったように手袋には幾度となく、数え切れないくらいに助けられているけど。その効果は魔道具としては微弱。ほんのちょっとパワーを引き上げるだけで、魔力ブーストと合わせないと大幅な腕力アップには繋がらない。そして実戦を通して私も少しずつではあるが強くなり、魔力強化の質も上がっているので、強化に乗らない手袋の効力は旅路に出た当初よりもその恩恵が薄まってもいる。
イヤリングの聴力強化もこれに同じだ。魔力で視力なんかが強化できるのと同様に、聴力だって自前で強化できて、今はその強化幅が以前より上がっている。そうなるとちょっとの上乗せしかできないこのアイテムの効力はどんどん微々たるものになっていっている──つまり、私が成長したことで手袋もイヤリングも、役割が薄く小さくなったってことだ。
これから先の戦いでもまだこの子らに頼るようで、いいのだろうか? 耐久面の不安も今回で明らかになった。仮にギルドの職人にしっかり直してもらって、多少今より頑丈になったりしたとしても、四災将や魔王との戦いについてこられるレベルになってくれるのか──まずそうはならないはずだ、というのが私の正直な感想だった。
だったら……すごく名残惜しいではあるけど、これを機にこのふたつのアイテムから卒業するというのも、ひとつの手かもしれない。
「む! 前から魔物が近づいてきてるっすね。足音からしてバーゲストが五……いや六匹! 馬車止めるっす!」
考え込んでいると、いつものように耳で魔物の接近をキャッチしたバーミンちゃんが熟練の手綱さばきで馬に制止をかけた。なだらかに、だけど距離は使わずに馬車が停止する。中にいる私たちにかかる慣性も少しだけ。さすがの索敵能力と運転技術だね。
「私が──」
「いや、カザリちゃん。ここは私に任せてもらえない?」
短い揺れが収まって立ち上がりかけたカザリちゃんに私がそう申し出れば、さっと皆からの視線が集まった。
「今の内に確かめたいし、皆にも見てもらいたんだ。この足でどれだけ戦えるのかってのを」
今朝方に調達した新品の靴とハイソックスで隠れている鋼鉄の足をとんとんと叩く。皆ははっとした顔をするけど、否定の声は誰からも上がらなかった。カザリちゃんも無言で席に座り直す。
許可は下りたってわけだ。
「よーし。じゃ、いっちょやりますか!」